言い出せ12
ー12話
駅を降りれば、ドルフィンホテルが目の前に有り池上商店街のアーチが有る。
ストラトキャスターにミニアンプを繋ぐだけだ。セッティングも何も無い。チューニングは合わせて有る。
偵察に来るレコード会社にカラオケ関係や路上ライブの仲間、スタジオミュージシャン関係など結構人は集まるはずだ。
デビューシングルイベントそのものだ。
商店街の中に人が溢れている。
「少し多すぎないか?」
小林に気づいた人が道を開けてくれる。
最後の人垣が割れた。
「これは…」
マーシャルアンプ3段積みが2つ。
マイクスタンドが2つ。
レザーパンツにジャケットの女性がストラトキャスターを構えていた。
「少年。遅いよ。みんな待ってるよ?」
小林はうろたえた。
「何やってるんですか美里さん?」
「いつかの少年がメジャーデビューするってポスターに書いて有ったから、一緒に歌おうと思って。これもついでに持ってきたけど…」
アンプとマイクスタンドを手で示した。
「いらなかった?」
小林は苦笑して、それが泣き顔に変わった。
「少年。いや小林。プロが何泣いてるの?仕事だよ。ちゃんと決めて。2弦はフラットしてないよね?プロだから」
小林は気持ちを引き締めて言った。
「はい大丈夫です。やります」
美里さんは誰かに目で合図を送って微笑んだ。
美里さんは気持ちよく歌えるようにバッキングしてくれた。
サビもハモってくれる。
シングルを買って、練習してくれたに違いない。
このクラスの人が、するはずがない事をしている。
新曲が終わった。
心を溶かす拍手に涙をこらえた。
「小林さいこう~」
美里さんが煽ると、観客が喜んだ。
「小林さぁ。なんで私がこんな事してると思う?」
「たぶん僕に惚れてるんじゃないですか?」
小林は笑いながら美里さんに戯れてみた。
「ば~か。うんな訳ないだろ。あそこに旦那がいるんだから殴られるよ!」
観客が笑う。
「旦那って、山崎恭之助さん?まじですか?」
「他に旦那も愛人もいないよ」
小林は感動して下を向いた。
「小林。シンガーってのはさ。下で足掻いて足掻いて、上を向いてる人を拾って行く仕事なんだよ。引き上げようなんて、思いあがっちゃ駄目。自分で這い上がるしかない。上がれるよって教えてあげるだけで良い。願わない未来は100%来ない。願えば0じゃなくなる。なら願いなよって事」
「はい」
美里さんは、その返事に笑った。
「よく信じて願った。稲沢さんに聞いたよ。それならもっと上に行ける。いつか、ヨーロッパやアメリカやアジアを一緒に回ろ。待ってるよ。上がってくるのを」
美里さんは右手を挙げた。小林はハイタッチした。
観客が拍手する。
「さて。もう1曲やろうよ」
「フィメールの新曲やれますよ?」
観客が盛り上がる。フィメールのチケットは簡単に手に入らないプレミアチケットだ。しかもエリアが歌えない状況でライブ活動は無期限停止している。
「小林。そういう気遣いをするようになった?でも不合格」
「どうしてですか?」
「私達がまだライブでやってないの。先に歌ったらエリアに殺されるよ?」
観客が笑う。
「私からリクエストして良い」
「どうぞ」
小林は何なのか見当もつかなかった。




