言い出せ9話
ー9話
春菜のアパート前は、野次馬と分厚い報道関係者で塞がれていた。
警察が規制線を張っている。
カメラを持って報道の腕章をした男が野次馬の中から出てきた。
小林を見て言った。
「小林さん?こっちに…」
「僕を知ってるんですか?」
「タケシです。覚えてないですか?」
学生服を着たひ弱な中学生のタケシが、日に焼けた歴戦の記者で立っていた。
「おまえ。記者になったのか?」
「びっくりでしょ?ヘタレのタケシが、泣く子も黙る芸能記者ですよ」
5分程歩いて、タケシのバンに乗った。
「春菜さん。危なかったですよ。カメラ放り投げて割って入らなかったら殺されてました」
タケシのカメラは左側がへこんでいた。
顔に爪で引っ掛かれたような傷も有る。
「ネットは軽傷って書いてますが、レッドフォードバンクスの事務所が圧力掛けてます。意識不明の重体です」
小林の目の殺意を見て、タケシは言った。
「入院してる病院に行きます。僕がこの車で運びました。僕以外しりません」
「タケシ…カメラすまない」
「レンズ痛かったですけど、また買えばいい。でも、小林さんの女に手を出す奴は許しません」
春菜は集中治療室に入っていた。
酸素マスクをして目を閉じている。
医者は外傷はないが内臓にダメージが有ると言った。
面会時間は5分だった。
廊下に出た。
「傷がなかったな…」
「全部ここで受けました。ただ、蹴りがね。一発腹に入った。すいません」
タケシは顔と、腹のアザを見せた。
「謝るな、春菜は生きてる。返せない借りができたな」
タケシは真顔になった。
「いえ。小林さんに強くなれって、しつこく言われて、今の自分が出来上がりました。その借りを返せて、今凄く嬉しいです」
小林はタケシの肩に手を乗せて泣いた。
「ここもじきにバレます。看護士から漏れるのは時間の問題です。意識が戻ったら、知り合いの病院に移します。金持ちシンゴ覚えてます?」
「たしか、院長の息子?」
「今、院長です。僕らに任せてもらえますか?小林さんの女は、命に掛けて守ります。一日も早く、カラオケ仕上げてプロポーズして下さい」
小林は人の不思議さを思った。
何気ない一言が人生を変える。シンガーの難しさと責任を感じた。




