真由
今回のエピソードは、本作で一番重いお話になりますのでご注意ください。
本作のラストへと向けてどうしても外せない内容なのですが、前話との落差よ……。
以前の真由は、よく笑う子供だった。
それが今のようにほとんど感情を表に出せなくなったのは、母親の桐と一緒に外出して、二人で一緒に交通事故に遭い、一人だけ生還して以来だ。
普段はあまり物も言えなくなったが、後遺症として夜中に時々不意に感情を爆発させるようになったので、真由と真梨子で同じ部屋を使うようにした。それまでは真由と翔が同じ部屋だったが、翔にまで影響が出ないようにする意味と、真梨子が元々使っていた部屋では二人が使うには狭かったこととで、以前真梨子の両親が使っていた部屋へと移っている。その両親も、一昨年と昨年に相次いで病気で亡くなっていたため、空き部屋になっていた。
そして眠りについた後、今夜も悪い夢を見てしまった真由は大声を出して泣き始めてしまった。
真由の背中をさすってあやすだけでは止まなかったので、真梨子はキッチンでホットミルクを作って飲ませることにした。
その音で起きたのか、武志とジュリアもキッチンに入ってきた。ジュリアは例の椅子型充電器でスリープモードに入っていたところから目覚めたようだ。
「大丈夫かい、真由」
泣きすぎてしゃっくりも涙も止まらなくなった真由の背中を、武志が優しく叩いてあげてもなかなか真由のしゃっくりは治まらなかった。
その時、そっとジュリアが両手で真由の手を柔らかく包み込み、ゆっくりと低めの声で真由に語りかけた。
「真由ちゃん、わたしがあなたの涙を全部受け止めてあげる。だから、あなたは好きなだけいっぱい泣いていいのよ」
ジュリアが莞爾として笑いかけると、真由はそれまで以上に顔をクシャクシャに歪ませて、勢いよくジュリアの体に抱きついて大声を上げた。
「お母ざ〜ん! お母ざ〜ん! うああーー!!」
真由はジュリアの胸元に顔を埋めると、力一杯の声で泣き始めた。ジュリアは優しく真由を抱きしめ、武志は真由の頭をゆっくりと撫でていた。
それを見た真梨子は、ホットミルクを温めていたミルクパンの火を止めた。
今真梨子の目の前にあるのは、一組の親子の姿だ。
思い出すのは、まだ真梨子が幼かったころに親の再婚で初めて武志に会って、異性の存在を強く認識したこと、その時にはとっくに歳の離れた義理の兄には結婚を意識するほどの恋人がいることを知ってからもずっと、真梨子が恋情を抱き続けてきたのは武志一人だ。
自分が幼かったこと、兄夫婦がお似合いだったことなど、いろんなことを理由に胸の奥へとしまい込んでいた想いは。
不意に起きた事故を切っ掛けに、再びうずき出していた。
だが、今己の目の前にあるのはなんだ。
つい最近この家に入ってきた、人間に姿形が似た機械にすら、母親代理の役割を奪われているではないか。真梨子は自分の中で、嫉妬、怒り、哀しみのどれともつかないような感情が湧き出てくることを感じていた。
(わたしは、亡くなってしまった桐さんだけじゃない。ジュリアにも勝てないのだろうか……)
と。
しばらくしてようやっと泣き止んだ真由がジュリアから体を離すと、ぬるんとぶっとい鼻水が真由の鼻とジュリアの胸元の間できらきらと輝き、見事なレインボ◯ブリッジを作り上げていた。
「キャー! 鼻水がー!!」
「……あ、ごべんなざい」
ジュリアが悲鳴を上げると、それに気が付いた真由が鼻声で謝った。武志は苦笑いを零していた。
(いいや、勝てる!!)
その様を見た真梨子は一人、心の中ガッツポーズをしたが、ちょっとだけ顔にも出ていた。
それをジュリアは視界の片隅で捉えており、こちらも心の中だけで独り言ちた。
(ふふっ、これでみんなが幸せね)
そしてシリアス展開からの、いつもながらにヒドイオチ。
実は、最後のセリフは昔みたTVドラマが元ネタだったりする。




