婚約者との出会い
俺には忘れられない出会いが二つある。二つと言うには語弊があるかもしれない。何故なら、二つとも同じ人物との思い出だからだ。でも、俺は彼女と二回出会ったのだと思っている。
初めての出会いは王宮のパーティ。俺と同じ年だというレイフィールド公爵家の令嬢が挨拶しにきた。この頃俺は既に、自分が女から見て好ましい容姿をしているだろう事に気付いていたから、初対面の令嬢に挨拶するのは憂鬱で仕方がなかった。
「初めまして。リオンと申します」
そう言って軽く微笑めば、女共は顔を赤らめ何かを期待するような目をしながら此方を見て挨拶を返す。
その、筈だった。
レイフィールドの令嬢は俺の顔を見つめてしばらく口をパクパクさせた後、盛大にぶっ倒れたのだ。
バターン!
「アリア?!」
彼女の家族が慌てて駆け寄る。
「まあ!酷い熱!」
「大変だ!早く医者を」
「とにかく、安静にできるところへ」
周りの大人が右往左往する。
倒れた令嬢が別室へ運び込まれ、会場がようやく落ち着いた所で漸く俺は呟いた。
「…何だったんだ」
それから一ヶ月後、星爛祭後の王宮のパーティで彼女と顔を合わせた。
「先日はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。私はアリア・レイフィールドと申します。」
そう言って優雅にお辞儀をする彼女の様子は流石公爵令嬢と呼べる程で、同時につまらないなと俺は思った。
(まあ、また倒れられるよりマシか)
アリアはそれ以上はなにも言わず、傍にいる兄に促されて去って行った。他にも挨拶をすべき相手がいるのだろう。星爛祭の日は王宮に各地の貴族が集まるから、さぞかし大変だろう。
…王族程ではないだろうが。
「リオン殿下、本日の星爛祭でのお姿、ご立派でした。」
「お初にお目にかかります、リオン殿下。貴方のお噂は予々、とても優秀だとか」
「先日剣の稽古を見学させて頂きましたが、とても素晴らしかったです」
「それにしても殿下はお美しいですね。娘は貴方に釘付けですよ。ハハハ」
…いい加減、ウザい。
繰り返される挨拶とそれに伴うおべっか、さらには女達の鬱陶しい視線に飽き飽きして、俺は会場を抜け出した。
王宮の庭園は広い。会場の喧騒が聞こえなくなるくらいまでひたすらに歩いた。
ちょうど庭の中心部に差し掛かった所で母が大切にしている薔薇に囲まれた東屋を見つけた。
(ちょうどいい。休んでいよう)
そう思って東屋に入ろうとした時、突然後ろから声がした。
「リオン殿下。何をしていらっしゃるんですか?」
驚いて振り向くと、そこにいたのはレイフィールド家の令嬢。
「貴方こそ、何をしているのですか?ここは王宮の庭ですよ」
暗にお前が勝手に出歩いていていい場所ではないと告げる。
「殿下が庭園に向かって歩いていくのを見かけたんです。それで」
「つけてきたんですか?」
俺の言葉に相手は少しムッとしたようだった。
「たしかに後を付けるようになったのは良くなかったと思います。謝罪します。でも、殿下こそいくら王宮内とはいえこんな夜遅くに誰にも告げずに姿をくらますなんて良くないと思います。」
偉そうに。いっぱしの貴族気取りか。
「俺は王子だから?何かあると困るって?」
「違います」
俺の言葉を全否定した相手に少し驚く。
「王子だろうと、庶民だろうと、子供はただの子供なんです。何かあっても、自力じゃ解決できないんですよ。」
ただの、子供。
生まれて初めて言われた言葉に目を瞬かせる。
「そんなのお前だって同じだろ」
俺の言葉に相手がたじろいだ。
「えっと、あの、そうなんですけど」等とゴチャゴチャ言う相手をその時になって初めてちゃんと見た。
月の光に照らされる銀髪は星を寄せ集めたように輝いている。今はあちこちに泳いでいる空色の瞳、陶器のような肌、そして面白いくらいクルクル変わる表情。瞳に合わせた空色のドレスもとても似合っている。
王族として、挨拶してくる貴族の顔は記号として覚えている。
だが、今初めてアリア・レイフィールドを人間として見た気がする。
「あの、殿下」
「なんだ」
ようやく思考が纏まったのか、恐る恐るといったようにアリアは切り出した。
「間を取って、二人ならセーフになりませんか?」
間抜けな提案に思わず吹き出した。
すると、アリアは俺の顔を驚いたようにポカンと見る。
「なんだよ?」
「わ…笑ったあ!」
そう言うアリアの方が目をキラキラ輝かせて笑っている。
「殿下が笑った!」
そう言いながら楽しそうに一人で東屋の周りを駆け回る。…何なんだ、コイツは。
あんな重そうなドレスでよく走れるなと思っていると流石に疲れたらしく、アリアはその場にへたり込んでいた。
「そんな所に座るなよ」
俺はアリアの腕を引っ張ると東屋の中に引き入れ、椅子に座らせる。
「すみません。ありがとうございます」
「ああ」
そうして暫く俺たちは黙って座っていた。
先程までは騒がしい奴だと思っていたアリアは黙って空を見つめている。
「星爛祭の願い事、殿下は何にしましたか?」
唐突にアリアが聞いてくる。
「決めてない。取り立てて願うこともないしな…お前は?」
「最初はマナーの先生に怒られなくなりますようにってお願いしようと思ったんです。でも変えました」
真面目な顔をしてアリアは言う。
「殿下がさっきみたいにいっぱい笑ってくれるようにお願いします。」
「は?」
その顔はご機嫌取りにしては真面目過ぎたし、俺に惚れているにしては真っ直ぐ過ぎた。
「殿下も何か素敵なお願いが見つかるといいですね」
そう言って俺と同じ年の少女は驚くほど大人びた笑顔を浮かべた。
この笑顔が悔しくて、俺は何かとこの少女に構うようになる。
頭はいいくせに阿呆で、子供っぽいくせに突然大人びた顔をしたりする、変わり者の少女の事を全て知りたいと思うようになるのは、もう少し先の話。