逢引の邪魔者
燦々と木漏れ日が降り注ぐ夏の森は美しい。が、いかんせん眠くなってしようがない。特に、興味もない男女の逢瀬を眺めているとすれば余計だ。
私が隠れている茂みの向こうにいるのは一組の男女。男の方は青みがかった黒髪に漆黒の瞳、切れ長の目は少し冷たく見えるがそれ込みで一級品の美青年と言えるだろう。女の方もこれまた美少女で、小柄で華奢な体にウエーブのかかった肩くらいまでの金髪がよく似合っている。二人とも白を基調とした制服を着ており、年齢は16、7歳ほど。つまりは、見目麗しい年頃の男女の逢引という訳である。
一方、茂みに潜むこちらは勿論ぼっちだ。クルンと縦にカールさせた長い銀髪、つり目がちな水色の目がキツそうな印象を与えることは重々承知しているが、それでも私は美少女の部類に入ると思う。だが、やっている事が逢引中のカップルの尾行なので、せっかくの容姿が台無しだという自覚はある。
正直いい加減に帰りたいが、私には役目があるのだ。帰る訳にはいかない。
「見てください、リオン様。とっても可愛らしい花ですわ」
少女の方が少年ーリオンに微笑みかける。
「ああ。可憐な花だな」
リオンも優しい声で返す。セリフの後に(まるで君の様だよ)という言葉が聞こえるのは私だけだろうか?
「あー、マジ爆ぜろ」
思わず漏れた声だが、恋人たちに届く気配は無い。ヨカッタ、ヨカッタ。
その時、私が潜む方と反対側の茂みが揺れた。
(きったーーー!)
茂みから現れたのは4、5人の汚い身なりの男達。手にはそれぞれ獲物を構えている。
「こんなところで逢引たあ、いいご身分だなぁ」
「流石カスティーナ学院の生徒だぜ」
「あそこは貴族の集まりだもんなあ」
口々に好きなことを言う男達にリオンは胡散臭い目を向け、少女ーソフィーは怯えてリオンの後ろに隠れる。
「貴様ら、何者だ」
「ただの旅人だ。ただちょーっと金に困っててなあ、その高そうな装飾品を頂戴したいんだよ」
「ついでに、お嬢さんもくれてもいいんだぜ」
西の方の訛りがある。旅の途中ってのは服の汚れ具合からして本当だ。たぶんこの間壊滅させられたドラクロア領の盗賊団だろう。あそこの領主は爪甘いからなあ。
「断る、と言ったら?」
挑発的な目でリオンが盗賊を見る。
「そんな選択権はねえよ」
盗賊達は一斉にリオン達に襲いかかった。
リオンは細身だ。いくら腰に剣をぶら下げていようと、そんな物は貴族のお飾りだろうとタカをくくっていたのが彼らの最大の失策だろう。
リオンは素早く盗賊のうちの一人の懐に潜り込むと剣を引き抜きその男を吹っ飛ばした。大袈裟な表現では無い。軽く2メートルは飛んでいた。
呆気にとられた盗賊達を次々とリオンは倒す。
「きゃあ!」
しかし、その快進撃はひとつの悲鳴により止まる。
「動くとこのお嬢ちゃんが危ないぜ」
の喉元にナイフを突きつけ盗賊が言う。
「リ、リオンさまぁ」
目元をウルウルさせながらソフィーは上目遣いにリオンを見る。
…これはパーターンDかあ。私が来た意味があって何よりだけど、一番面倒くさいやつだ。
動きを止めたリオンに盗賊が襲いかかるより一瞬早く私は動いた。
を拘束する男の背後に忍び寄り、手刀で男を昏倒させると、その男の腰にぶら下がっていたサーベルを引き抜きリオンを襲おうとしている男の一人に叩きつける。
突然の私の登場に男達が目を丸くしている隙にリオンは残りの男を倒した。
この場で立っているのは私とリオンとソフィーだけ。気絶した男達がその周りに転がっている何とも奇妙な光景だ。
「でかした。アリア」
リオンは剣を収めると、私に向かって労いの言葉をかける。
「いえ、殿下の御身を守るのは家臣として当たり前の事ですから」
そう、リオンはこの国の第一王子なのだ。しかも現国王の一人息子、つまり代わりのいない世継ぎである。
「まあ、そんな事すらできない役立たずもいるようですが。」
そう言って私はソフィーを睨みつける。
「ひっ…ご、ごめんなさい」
涙目で体を震わせてソフィーは言う。
「まあそう言うな。人には向き不向きがあるだろう」
リオンがを庇う。
「殿下も嫡子としての自覚が足りないのでは?こんな所に護衛も付けずにか弱い少女と二人きりとは、命を捨てているのと同義ですよ。」
『か弱い』に皮肉を込めて言う。
「ソフィーと会ったのは偶然だ。婚約者のアリアを差し置いて他の女性と二人きりになったりしない。」
そう、アリア・レイフィールドはレオン殿下の婚約者なのだ。
殿下の言葉は婚約者を立てているように聞こえるけど、本当の所はソフィーを庇っているのだろう。
まあ、良い。
リオンが怪我をしなかったという事は私の役目は終わりだ。
「以後は軽率な行動は謹んで下さいね。ごきげんよう」
そう言うと私は踵を返して歩き去る。
早く学校に戻って衛兵に盗賊の回収をさせないと。
ふう、と思わずため息が出る。
「…悪役令嬢ってこんな感じで良いのかな?」