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銃と草3

おもな登場人物


ピエタ・リンソン — 25歳、イクストランの国のハースフという貴族の記録画家。イクストランの統治者から新城の壁面へ竜を描く命が下ったため、それを描く画家の選考試験に名を連ねようと、実際の竜を見ようとする。このお話の語り部。


カペロ ― 新大陸の先住民で、老齢のアカル乘り。リンソンが夜をさまよい行きついた集落の人々をイクストランの兵隊から逃がし救った。そして、リンソンが患った草の酩酊を治療した。


クーカ ― 新大陸の先住民、10才の少女。リンソンが行きついた集落の長の娘であり、夜を崇める呪術信仰の巫女。しかし、巫女としての能力を疑われ、排斥されたため、カペロとともに暮らす。

(銃と草からの追加)

集落がイクストラン兵の襲撃にあい、彼女の親代わりのカペロが行方不明となったいきさつから、リンソンと二人ぼっちの旅をすることになる。


狙撃手 — 25歳、リンソンを襲った少年チルと組んで盗賊をしていた。そのチルとの関係は、長く続かず、草の取引から仲たがいして、さびれた町へ追いやられた。イクストランでありながら、草を嗜好し、草に溺れてしまった異常者だが、独力で草の神秘を銃の扱いへ活かし、殺し屋稼業に従事する。





3




 狙撃手は、ポートンまで目と鼻の先だというのに道からはずれ、町の周辺でまた野宿しようと言い出した。彼には何か考えがあるらしかったが、私には、教えてくれなかった。私に教えると、自分の計画がうまくいかないと言う。その理由は、私が、戦闘の素人であるからだった。私は危険なことをするのなら、クーカだけでも町の宿を取らせたいと言った。狙撃手は、奴隷は、いい餌だから、いてもらわなくては困ると言い張った。


 ヘラルド・クロセス


 これが、狙撃手の名である。なかなか名前を教えないので、私は、また少し草をやった。まったくもって草が足りている間、彼が、不敵な振る舞いを崩すことはない。


 ポートンについた二日間、昼間のうちは、私たちをそこいらの岩場や木々の陰に身を隠させ、私に銃を撃つ練習をさせた。彼は、私の射撃の腕に頭を抱えた。私は、たった十メートル先の缶にさえ弾を命中させることができなかった。


「私も草を吸えば、凄腕になれるかな」、とクロセスに聞いてみた。


「そいつは笑える話だな。お前が草漬けになったら、誰が俺に草をくれる?」


 昼間、クロセスは、必要な食糧の調達ためだけに町へ行き、すぐに我々の元へ帰ってきた。夜になると、荒野の目立つ場所で我々を野宿させた。


 クロセスは、私に「チルを相手にするのは、一筋縄ではいかないんだよ」としか言わない。とうとう、堪忍袋が切れそうになった三日目の夜に、クロセスが待ちわびたものがやってきた。


 大地を蹴る、馬のひづめのかすかな音だった。町のほうから、我々の焚き火の明かりを見つけて、誰かがやってくるようだ。


「四人か」


 クロセスは、渋い顔をし、私にガンベルトを外して、渡せと言った。私は、戸惑いつつも従った。クロセスは、ベルトから銃を抜いて、弾倉を引き出し、弾が詰まっているか、確認する。


「やつらが来たら、あわてたふりをして言うとおりに金目のものを差し出すんだ。間違っても抵抗するな。俺は折りをみて、しかける。銃声がした後は、じっと伏せてろ」


 私から銃を取り上げたのは、相手をなるべく油断させるためらしい。私は、直前になるまで、言ってくれなかったことを抗議した。


「あんたは嘘をつくのが下手そうだからな。銃声がしたら、ガキといっしょに伏せてるんだぞ。いいな」と念を押して、低い木が集まる方へ消えていった。


 クーカは、かたわらで固まっている私に言った。


「あの人、なにか無茶なこと、言ったのね」


「言葉がわかるのか?」


「うん。ちょっとづつ、心が開いてる感じがする」


「そうか…あいつは信用していいんだな」


 クロセスの言うとおり、四頭の馬が道を外れて、我々のいる荒野へ進入してくる。私は、クーカを後ろにやって、立ち尽くした。


 ひづめの音が弱くなり、四人の姿形が、火に照らされて、見えるようになった。どちらも開拓者崩れのゴロツキという風体で、先住民二人とイクストラン二人の混成の一味だ。人種の区別はないらしい。不潔そうなヒゲをたくわえている頭目らしきイクストランの男が、私に言った。


「なぜ町の宿に泊まらない?」


「はあ、手持ちがないもので」、私は適当に誤魔化した。


「俺たちの縄張りで、野宿はご法度だ。ルールを守らないものは、罰金を科すことになっている」


「あなたたちは?」


「ポートンの治安を守っている。文句でもあるのかね」


「いや、それは私がいたらなかった」


「では、有り金を出すんだな」


「有り金?」


「罰金だ!奴隷持ちのくせに手持ちがないとは、俺たちを虚仮にしているな。早く出せ!のろま!」、頭目にはべっていたイクストランの若造が、馬から下りて、空へ発砲した。


 なにが、治安を守っている者だ。やっていることは強盗そのものだ。私は、クロセスの言われたとおりに懐から金を出した。これが、全財産というわけではない。何ヶ所か小分けしている。


 若造が、高圧的な足取りで私に近づき、金をぶん取って、数えた。頭目以外の男たちが、馬から下りて、私の荷物をほじくり返し、クーカを私から離して、身体検査をした。


 隠していた金と草の束が見つかった。先住民の盗賊が、クーカに優しい言葉をかけていた。彼女は困った顔をするだけだ。


「頭、こいつ、草を持ってますぜ」


「見せろ」、頭目は、馬から下りて、私の草の匂いを嗅いだ。


「ここのもんじゃねえな。どこで手に入れた?」


 私は、黙った。嘘をつくにしても、なんと言えばいいかわからなかった。


 頭目は、私の腹を蹴り上げて、倒れ込ませた。クーカが、私に駆け寄ろうとするが、手下の一人に腕をつかまれた。頭目は、もう一度同じ質問をした。


 倒れこんだ私の視界の先、四人が乗ってきた馬の影でクロセスが息を殺して潜んでいるのが見えた。


 盗賊四人は、私に注目していて、そのことに気づかない。クロセスは、銃を携えた両腕を上げた。


 私の両端にいた二人の先住民が、銃弾に倒れた。


 撃たれていないあとの二人、頭目と若造が、振り向いた時には、クロセスは、頭目へ蹴りをかまして、倒れこませ、胸に銃口を突き当てた。クロセスは、二丁の拳銃を持っていたので、後の一丁を若造へ向けた。威嚇のための発砲し、弾丸が若造の頭をかすめた。若造は、銃を抜く暇もなく、まごついていた。


 クロセスは、興奮してそんな若造を笑った。


「お前!銃を取れ!俺は撃ちたいんだよ!」


 先住民の盗賊が、頭から血を流して、目を剥いていた。その側で、へたり込んでいるクーカに怪我がないか聞きき、クロセスの大胆不敵な手口に文句を言った。


「クーカにあたったらどうするんだ!」


「前に無駄弾撃った時から、かなり経つ。外すか。こんな距離で」


 自信過剰なことを言い、へらへら笑うクロセス。所詮、草漬けの異常者か。子供を気にして、銃を撃つことをためらう気持ちなど持ち合わせてはいないのだ。


「いいから、この間抜けどもを縛れ。狼の夢さんよお」、おどけている。


 私は、この盗賊二人を縄で縛り上げた。クロセスは、私に銃を返して、妙な素振りを見せたら真っ先に撃てと言った。そして、反抗的な目した頭目の鼻にパンチを食らわせた。


 それから、盗賊が乗ってきた馬の荷を解き、目当てのものを見つけた。草の束だ。彼は、「褒美がなくっちゃ、やってられねえな」とつぶやきながら、巻きタバコを一本作った。


 私は、そんな彼を見て、冷や汗が出てきた。


「たかが草のために二人、殺したのか?」


「見損なうな。こいつらチルの組織のやつだ―俺がチルの側にいた頃と比べると弱すぎる手下だがなあ―やつらの本拠地でチルのことを嗅ぎ回るより、この方がずっと安全だぞ」


 彼は、盗賊二人を指差す。


「これはついでだよ。夜の仕事に従事する手合いは、夜除け用の草を常備しておくもんだしな、へ、へへ」、草の束に小脇に抱えて、嬉しそうだった。


 彼は、私にクーカを自分に近寄らせないように言いつけて、草を吸ったそばから、散々文句を言った。クロセスにしてみれば、その草の味は、薄すぎるようだ。一瞬、恨めしそうな目を私に見せた。どうせ、さっきのどさくさにまぎれて、私の草を奪っておけばよかったと思っているに違いない。


 クロセスは、煙をくゆらせ、縄で縛った頭目の前にしゃがみ込み、訊問を始めた。チルの居場所についてである。しかし、頭目はなかなか口を割らなかった。クロセスに向かって唾を吐きさえした。その仕返しに彼は頭目の首筋へタバコの火を押しつけた。


 それから馬に乗って、私に移動することを伝えた。この盗賊二人を連れて、もっと夜の濃い山の方へと行くというのだ。私が、危険だと反論すると、彼は、死体と寝てろと言い返した。


 焚き木の側には頭を撃たれた先住民が二人倒れていた。確かにここにいることは、都合が悪い。


 我々は、四人の盗賊が乗ってきた馬の装具を外して、荒野に放した。そして、生き残った盗賊たちを馬で引いて、町から離れていった。町から遠くなるたびに、夜の空気のぬめり気が増していくのを感じた。


 クロセスは、岩陰を見つけると、そこで火をおこした。盗賊たちは、かなり歩かされて、疲労困憊していたし、怯えてもいた。特に若造の方は、たくさん汗をかいて、ぶるぶると震えていた。


 彼らは、クロセスがなにをするかわかりかけているようだった。


「お前ら、チルがどこにいるのか、知らないんだな?」


 クロセスは、二人を地面に倒して、私に、やつらの両足をきつく縛れと命令した。私は、不満を抱きながらも、言われたとおりにした。


 盗賊たちは、手と足を縛られ、芋虫のようになった。それから起こして、直立不動にさせる。


「夜は、長いぞ。どう思う?」


「しらねえ…さっさと殺せ」


 頭目は、強がって言った。


「死ぬのは怖くないか。この大陸にゃ、死ぬより恐ろしいことがある。ここは、なかなか重い夜だな。知らなきゃ知ってるやつを言え」


 若造は、不安げに頭目の顔をうかがった。


「仕方ない。朝、お前らが正気だったら、また聞いてみるか」


 クロセスは、盗賊たちを夜に取り込ませる気らしい。夜を拷問の道具として利用しようというのか。


 ここへ来たときは、気づかなかったが、盗賊たちの後ろは、崖になっていて、身震いするような夜の重圧が吹き上がってきていた。私は、間違っても崖の下をのぞきたくはなかった。きっと下には、どろどろした沼のような濃い夜があって、有無を言わさず、頭の中から狂気を引っ張り出させるに違いない。


「いやだ!こんなところで置き去りにされるのは!」


 若造は、荒い息をして、泣き出さんばかりの形相だ。


「俺たちは何も知らないんだよ!チルなんて会ったこともない!」


「さきにチルについて話してくれたやつの縄をといてやる」


「なんでもいいのか!?」


「ああ、なんでもいい」


「頭は、なにか知ってる!」


 クロセスが、若造の胸をどんと押して、彼は、崖の下へ落ちていった。


「んなわきゃねーだろ。クズめ」


 崖の下から、若造の悲鳴がする。崖は、それほど高くないようで、落ちても致命傷にはならないようだが、あの沸き立った夜の瘴気から逃れられるすべはないだろう。


 その間、クーカが、クロセスに気取られないよう、彼の馬の方に歩いていく。私は、彼女に声をかけたが、口元に人差し指を当てて、静かにするように伝え、お願いと唇を動かした。私は目を丸くして、彼女の様子を見守った。彼女は、クロセスの馬の荷を探っている。


「ここまで、口を割らなかったあんたを信じる。言え」


 頭目は、黙っていた。


 しばらくして、若造の嗚咽とも怒声ともつかない奇妙な叫びが、崖の下から聞こえてきた。


「意志が強いやつほど、夜はいつまでも遊んでくれる。せいぜい楽しめ」


 クロセスは、頭目の肩をぐいっと掴んだ。


「殺せよ…」、頭目は、命乞いをするように言った。さっきほどの威勢はなく、表情に恐怖の色があらわれてきている。


「話せば、夜除けしてやるさ」


 銃を抜くクロセス。


「うるせえな」


 クロセスは、崖の下を無造作に撃った。すると、若造の喚き声は、消えてなくなった。


 ようやく、クーカは、クロセスが盗賊から奪った草の束を馬の荷から見つけ出して、焚き火に一握り放り込んだ。私は、彼女を止めようとしたが、遅かった。見る見るうちに草の煙があたりを覆う。我々は、夜除けの煙を吸った。もちろん頭目も。


 頭目と顔をつき合わせていたクロセスは、煙に気づいて怒りを込めて振り返った。炎の前に立ったクーカが、草の束を持っている。私は、彼女から草の束を取り上げた。


 クロセスは、それを見逃さなかった。私は、クーカへ飛びかかる寸前のクロセスの足にすがりついた。


「よせ!」、彼は、私を振りほどいてクーカの襟首をつかんだ。


 クーカは、そんなクロセスから一歩も引かなかった。目も反らせない。私は、最悪の場合を考えて、銃に手をかけた。


「台無しにしやがって!」


「どうしてこんなことするの?」、クーカは、おだやかに言った。


 クロセスが、なにか確かめるように私の方を振り返ってから、クーカへ思い切り顔を近づけ、怒鳴りつけた。


「ママゴトやってんじゃねえぞ!」


「そんなふうにたやすく人を死なせてはだめなのよ!」


「知ったことか!おい!このガキは一体なんなんだ?お前はチルに会いたいのか、会いたくないのかどっちなんだ?」


 クロセスは、クーカを突き飛ばして、私に聞いた。


 私は、自分に問いかけた。わからない。私は、尻餅をついたクーカの元にいく。


「あなたは、草で自分の心を痛めつけてる。人を死なせてもなんとも思わないように、人が死んでもなにも思わないようにしている。何をしたって人であることは忘れることは出来ない。カペロが言ってた。わたしも夢ばかり見てるわけにはいかないって、しっかり生きなくちゃって」


 私にとってもクーカの話すことは青天の霹靂だった。クロセスは、怒りと困惑のうめきをもらし、ついにはクーカと目を合わせていられなくなって、私へ睨みをきかせた。もはや、言葉の壁はなく、彼は、クーカの言っていることが理解できているようだった。草の神秘だ。


 クロセスは、衝動的に銃を抜いた。銃口は、地面に向けられている。


「草をやめるのよ」


 彼は、地面へ銃弾を放った。私は銃を取らなかった。この男、興奮してはいるけれど、クーカの話を聞いている。クーカは、私を押し退けて言った。


「あの人を離してあげよう。あなたも夜にたくさん友達をとられたでしょう?」


 しばらく反目の状態が続いた。


 やがて、クロセスは、弾かれたように突進してきて、私が手にしていた盗賊の草の束を奪い取り、馬へ飛び乗った。


 彼は、そのまま、夜の中に姿を消した。


 それから、私たちは、盗賊の頭目を連れて、夜の薄いポートンの荒野へと戻り、夜を明かした。私は、頭目の縄を解き、子分たちを殺してしまったことを詫びた。馬鹿げたことかもしれないが、そうせざるを得なかった。彼は、我々に敵意を抱いてはいないようだった。頭目は、去り際に言った。


「あんたら、チルの居場所を聞いてどうするつもりだ?」


「銀貨百枚の貸しがあるんだ」


「取り返せるわけがないぞ。そんなもの」


「今のところ、それしか生活のあてがなくてね」


 頭目は、朝日に目を細めた。


「チルは、今、レーザボで仕事をしているらしい。それ以上は知らん」


 彼は、レーザボは、ポートンから、馬で南に四日走ったところにあると教えてくれた。


「話していいのかい?」


「足を洗う。侠者ギャングが罠にはまって、仲間三人失った。おまけに子供に救われて、のうのうとねぐらに戻れるものか。風足のチルだって、そう言うだろうよ」


 結果においても、クーカのしたことは、正しかったのだ。




クロセスの拷問の場面は、すこし書き直しました。


クロセスというのは、扱いが難しく、リンソンとクーカから切り離し、かつ、チルへ近づける展開として、書いたんですが、


夜についての説明は充分したつもりですけれど、夜という非現実的なものを、拷問につかうというのは伝わりづらい気がします。


ネックは、夜によって、人それぞれ、死ぬより怖いものを見せるということで、そのキャラの恐怖に駆られた内面をリンソンの一人称では描写できないことですね。外面を描写するしかない。


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