銃と草2
前回、クーカが草の神秘で垣間見たもの、狙撃手の過去が今回で明かされます。
おもな登場人物
ピエタ・リンソン — 25歳、イクストランの国のハースフという貴族の記録画家。イクストランの統治者から新城の壁面へ竜を描く命が下ったため、それを描く画家の選考試験に名を連ねようと、実際の竜を見ようとする。このお話の語り部。
カペロ ― 新大陸の先住民で、老齢のアカル乘り。リンソンが夜をさまよい行きついた集落の人々をイクストランの兵隊から逃がし救った。そして、リンソンが患った草の酩酊を治療した。
クーカ ― 新大陸の先住民、10才の少女。リンソンが行きついた集落の長の娘であり、夜を崇める呪術信仰の巫女。しかし、巫女としての能力を疑われ、排斥されたため、カペロとともに暮らす。
(銃と草からの追加)
集落がイクストラン兵の襲撃にあい、彼女の親代わりのカペロが行方不明となったいきさつから、リンソンと二人ぼっちの旅をすることになる。
狙撃手 — 25歳、リンソンを襲った少年チルと組んで盗賊をしていた。そのチルとの関係は、長く続かず、草の取引から仲たがいして、さびれた町へ追いやられた。イクストランでありながら、草を嗜好し、草に溺れてしまった異常者だが、独力で草の神秘を銃の扱いへ活かし、殺し屋稼業に従事する。
2
宿に戻る途中、格子の荷台の馬車が、私の前を通り過ぎていった。荷台には、なにも入っていない。
先の一角に、ちょっとした人だかりができていて、近寄ってみると、そこには、木製の檻があり、先住民の男女が、なかに何人か放り込まれていた。囚われの身が続き、疲れて、うずくまっている。まだ買い手の決まらない奴隷が、この町に流れてきたのだろう。
檻の前にいた町の子供たちが、囲いのすき間から、石を投げ、唾を吐いた。それが、寝ていた大きな男の奴隷へ当たった。
奴隷は、ゆっくりと立ち上がった。手首に木の枷をしている。足にも鎖を巻きつけられ、満足に動けないようだ。それでも、のそのそと檻の際までやってきて、していた木枷を囲いへ打ちつけた。囲いがぐらつき、子供らは、一目散に逃げ出して、物見遊山に奴隷見物していた人々が、わき立った。
檻のなかには、出会って間もない頃のクーカと同じくらいの年の先住民の女の子が、私を見ていた。その子と目が合ってしまった。
「奴隷が暴れてるぞ!」、見物人が、わざわざ囲いの端にある建物へ知らせた。
建物から、奴隷商の用心棒らしき人物が、棒を片手に出てきた。
男の奴隷は、わき腹を一撃され、倒れた。奴隷の腹を踏みつけにして、太ももや腕を棒で何度も打った。人々は、それを笑ってみていた。意地の悪そうな用心棒は、調子に乗って、うつ伏せになった奴隷のみぞおちに棒を振り下ろす。奴隷は、嘔吐して身体をくの字にし、もがき苦しんだ。人々は、用心棒をさらにあおった。
なんなんだ、これは?この人々が、私と同じイクストランの人間なんだろうか?
檻の中の先住民の女の子が、男の奴隷が無残に叩きのめされる姿を成すすべなく見ている。少女は、泣くことも喚くこともない。私は、見ていられなくなって、そこから離れた。クーカをこんな町に一人きりでいさせてはいけない。
夜が明けて、我々は、すぐに町を発った。狙撃手も馬を調達していて、三日もあれば、ポートンへ到着するだろうということだった。
狙撃手は、このあたりの夜について、詳しかった。取り込まれる恐れのない夜の薄いところを知っていた。そこで野宿すれば、夜除けの草を使わなくても安心なのである。
狙撃手は、クーカを毛嫌いした。クーカが、彼の飼っている犬はどうしているのか知りたがり、私がそれを訳してやると、彼は、「お前と話したくない」と言った。なので、私は、「隣の家に預けている」とクーカに嘘を訳さなくてはならなかった。
そんな無愛想な狙撃手をクーカは、怖がる素振りを見せなかった。私は、この男に興味を持ち始めた。私と同じ人種でありながら、イクストランの人間特有の先住民を蔑む素振りがなかったからだ。クーカを嫌ってはいるが、それは、自分の内側を見られた戸惑い、恐れからくるものだとわかっていた。
夜には、荒野で火を炊き、毛布に包まって眠った。私の眠りは、相変わらず浅かったが、町の宿よりか気分が安らいだ。私の罪に対する追手もここまではやってこないだろう。
だが、狙撃手が、たぬき寝入りをして、夜中に起きだし、私の荷物を探り出そうとすることは、察しがついていた。
町を出て二日後の夜、案の定、私の寝込みを狙ってきた。私は、彼が絵の道具入れと食糧の袋を草むらに持っていく後姿を見つけて言った。
「絵を書きたいのか?」
そこに草は入っていない。草は、常に腰巻に挟んであった。
「ああ、そうだよ」
罰が悪そうにして、焚き火の方へ帰ってくる。クーカは、私の隣で眠っている。
「火がないと暗くて描けない」、私は笑って、身を起こした。
狙撃手は、自分の寝床に戻って不貞寝をする。
「悪かったさ…でも…手が震えてきやがったんだよ…」
「一本やってもいい」
「本当か?」
「ああ。その代わり話をしてくれ」
「なんの話しだ?」
「君の話だよ」
「…話すことなんてないね。草をくれよ。チルにあわせてやるだろ?」
「君は、兵隊だったのかい?」
狙撃手は、横になったまま、顔をしかめた。
「…あのガキ…」
私は、腰巻から草をつまみ出した。
「脱走兵か?」
「言うな。撃ち殺すぞ」
狙撃手は、毛布から腕を出して、震える手を握り締めた。
「そんなに話したくないことなのか?」
「お前だって…そのガキ、奴隷じゃないだろう。誰にだって、探られたくない腹がある。だから、俺はお前になにも聞かない。草をくれてりゃいいんだ」
「それを忘れたくて、草を吸うのか?」
「だからなんだ?なぜ、そのガキから、狼の夢って呼ばれている?俺には、蛮族語がわからないと思ったか?」
月と星明りが煌々としていた。静かでいい夜だった。こんな夜を感じたのは、二年前カペロと夜を歩いていた時以来だった。恐れも疑いもない気分だった。
私は、クーカの身の上を狙撃手に打ち明けた。クーカの夜の耐性や夢を見る巫女のことについては、伏せたが、兵隊が彼女の住んでいた集落を襲ったこと、彼女の頼れる人間は、私しかいないこと、そして、私は集落の人に助けられたから、この子を守る必要があると言った。そして、狙撃手がいた町にくるまで、クーカを守るために二人殺したことも話した。私は、奪った銃を狙撃手に見せた。狙撃手は、その銃を鼻で笑った。
「こんなもので、よく人が殺せたな」、ふざけて私に銃身を向ける。銃を返されると同時に、彼へ草をやった。彼は、目にもとまらぬ速さで草を巻きタバコにした。
クーカが眠っているかと私に問いかけてから、一服する。彼は、考え事をするようにうつむいて草のタバコをふかした。彼は、何の表情も浮かべていないのだけれど、私には、悲しげに感じた。
「十年くらい前の話だ。兵隊なんて言うが、立派なもんじゃない。俺は、半人前の新兵だった」
「銃の腕は、よかったんだろう?」
「そんなもの、この大陸に来てからさ。草をやって銃を撃つと、当たりがよかった。自然に身についたもんだ」
狙撃手は、深く煙を吸い込んで、くすぶった焚き火を見つめている。
「俺は、隊の中でも一番年下で足を引っ張ってばかりだった。一日中怒鳴られてた。でも、他の隊に比べりゃ甘やかされてたよ。俺の中隊は、もともと補給をやっていて、敵とやり合うことはなかったからな。今にすりゃ、それがいけなかった」
「突然、再編成が起こって、俺の隊は、先遣隊に組み込まれて、前線に駆り出された。山奥の蛮族の村を侵略しようとしたのさ。進軍している時、俺たちは、そこで、始めて夜の怖さを知った。何日か夜営をしている間に仲間が、おかしなことを言い始めた。それから、何人も姿が見えなくなって…夜になるたびに、こういうことが起こるものだから、隊長は、蛮族の仕業だと思って、斥候を繰り返した。それは逆効果だった。夜のうちに見回りに行った仲間は、消えたり、なにかわけのわからないうわ言を言って帰ってきた。隊は、人がいてはいけない場所に足を踏み入れていた。俺たちは何も知らない大馬鹿野郎の集まりだった。それを蛮族が教えてくれた。夜は恐ろしいものだということを」
「その蛮族は、夜を操っていた。国で言えば、やつらは、本に出てくる魔法使いみたいなもんだな。俺たちは、その蛮族を銃で撃ったんだが、一発もあたらなかった。夜の幻覚だったのかもしれない。でも、夜が、兵を消したことは、事実だ。蛮族は、即刻、ここを立ち去れと言った。俺たちは、この地の夜が、異質なものだということを司令部に伝えたよ。隊が、これ以上、この場所で夜営すれば、多くの兵がいなくなることは免れないって」
「だけど…司令部は、これを意に介さなかった。隊が、最近まで補給支援しかやってこなかった隊だから、弱音を吐いていると解釈したんだ。手前勝手な都合で、編成をしたくせに俺たちの言い分を司令部は、揉み消し続けた。前に進むしかなかった。支援なんてこれっぽっちもない。進むたびに夜が濃くなっていって…その上、俺たちの隊は、夜のせいで、気のふれた仲間を自分たちの手で処分しなくてはならなかった。自分の足で歩けない兵は、足手まといでしかないしな…」
額に手を当てる狙撃手。
「何日もかけて、山脈の奥にある集落にたどり着いた。とても戦えるような状態じゃなかった。半分以上の仲間を失って、どうでもいいようになっていた。そして、また夜を操る蛮族が、俺たちの前に現れた」
「蛮族は、哀れんでた。俺たちを頭の足りないガキを見るような目で。彼らは、俺たちに草をくれたよ。夜の山を安全に下りられる方法を教えてくれた。村を襲わずに山を下りたさ。司令部に撤退の伝令を走らせ…」
彼は、吸い口いっぱいに草タバコを吸った。
「山を下りた俺たちに待っていたのは、味方からの砲弾だった。司令部は最後まで夜のすることを信じなかった。やつら、俺たちを敵前逃亡扱いした。俺たちの隊は、誰がなんといおうと勇敢だった。少尉も軍曹も守ってくれた。でも、俺は、あの時、なにがなにやら、わからなかった。みんな、死んじまった。俺だけがおめおめと逃げ切って…何もかもが嫌になったよ」
彼は、自分をあざ笑うようにして、話を締めくくった。
「本当なのか?その…味方から砲を受けたというのは…」
「できれば、夢にしたいもんだ」
「そんなこと…どう考えても馬鹿げてる。司令部の責任者は?」
狙撃手は、吸い口を焚き火に放り投げ、枝で火の中をかき回してから、躊躇いがちに言った。
「ウイリー・ハーバート」
私は、その名に驚いた。
「その男に会った事がある。ここに来てすぐに」
大陸へ渡航してきた直前にあった恰幅のいい将軍だ。
それを聞くと彼は、息を詰まらせるような目を私に向けた。
「りゅ、竜の噂について聞いたんだ」
「そういえば、あんた、そんなこと言ってたな」
狙撃手は、寝転がった。彼から感じた殺気が、嘘のように消えた。
「夜の中で竜を見るやつもいるかもしれない。夜は、人それぞれ、違う恐怖を見せるものだ。チルの受け売りだけどな」
私の場合、夜の中で狼の唸り声を聞いた。私の耳にした竜の噂は、誰かが見た、夜が見せる幻覚だったということか?
「ハーバート将軍のことを聞きたくないのかい?」
「お前が、聞きたがるから話した。それ以上になにがある?気をつかってくれるなら、もっと草をくれよ。その方がずっといい。あとは、くそみたいなもんさ。草を飲んで、全部忘れちまえだ。俺は、寝るぞ」
私は、狙撃手が強がりを言っているように思えた。完璧に忘れ去りたいのなら、はなから話などしないではないか。だが、彼の過去に私が、とやかく言う筋合いはないとも思った。