宮廷画家の竜2
おもな登場人物
ピエタ・リンソン — 25歳、イクストランの国のハースフという貴族の記録画家。イクストランの統治者から新城の壁面へ竜を描く命が下ったため、それを描く画家の選考試験に名を連ねようと、実際の竜を見ようとする。このお話の語り部。
チル — 16歳の少年。新大陸の先住民で、奴隷。イクストランの行商人のための旅先案内人の仕事をしている。
2
波に揺れ動く船の上、船乗りたちが騒いだ。十五日間の船酔いに苦しみ抜いたすえ、ようやく薄黒い地上が、見えてきた。私は、港に着くまで、新大陸をスケッチした。
陸地へ降り立って、すぐさま港にある軍の陣営へ向かった。私の雇い主が、竜探しの助力を将軍から得られるように書状を書いてくれていた。
私は、なんなく将軍にお目通りできた。
将軍は、私の目的を勘違いして、私を本国からの補給物資を輸送してきた監督と思っているようだった。誤解を解くために書状を渡すと閣下は、憤慨した。
「絵だと?本国は、何を考えている?私が、この数年で何人の部下を失ったと思っている!お前、報告したのか?私は、書かせたな?」
同席していた秘書官らしき男に聞いた。
「はい、閣下」
「道楽を流行らせるためではないぞ!」
将軍は、机の隣にあった水がめをサーベルの鞘で叩き割った。
私は、恐れおののいて、銀の詰まった袋を机に置いた。
「そんなものはいらん。ぼう大な糧秣がいる。素早く大軍を動かすにはな」
不敵に笑い出す将軍。
「なるほど、そうか…回りくどい使者のやり方であるな。君の主、ハースフ侯爵は、若い時分、戦上手な男だったと聞いたことがあるぞ。入植計画に一枚噛もうというわけか。さっそく書簡を作る。明日、また来てくれたまえ」
雲行きが怪しくなってきたので、私は、無礼を承知で口を挟んだ。
「私は、軍属ではありません。絵描きです。竜を探しているのです。ここにそういった噂があると耳にしました」
将軍は、私の身なりをひとしきり見てから、後ろに控えている私の二人の従者をじろじろ見た。将軍は、眉間に皺を寄せて言った。
「貴様、私を侮辱する気か?」
「めっそうもございません」
私は、あわてて頭を下げた。
「しかし、兵が竜を見たという話が本国にも届いておりまして」
将軍が合図をすると、扉で控えていた兵が、私の腕を取った。
「営倉へぶち込むぞ。どうして本国からわざわざ兵の士気をさげるような輩がやってくる!竜などと…恥を知れ」
私たちは、部屋から閉め出しを食らった。当然といえば当然かもしれない。ウイリー・ハーバート将軍は、高名な人物だ。話せるだけでも、ハースフ候のおかげだろう。
私は、軍営を歩き、直接、兵から竜のことを聞いて回ることにした。どこで、どの隊が見たのか、知る必要がある。
だが、どの兵も私の言うことにいい顔をするものはいず、手がかりを与えてくれるものはいなかった。将軍の反応と、兵の態度から考えるに、竜について話すことを禁じられているのかもしれない。
港の町でも情報を集めたが、目ぼしい話は、なかった。商売のため移民してきた者に聞いても、突っぱねられるか、笑われるかした。
蛮族が、建物の建設や道の舗装、田畑、宿で奴隷として、働かされているところを目にした。大陸に住んでいた人間を捕まえて、資産家や商売人に売る。これが、軍の資金源の一つだろう。
彼らは、どれも黒い髪の毛で、黒い瞳をして、いくぶん歳を取っているような男でも幼く見える顔立ちをしている。それ以外は、体格も本国の人々となんら変わらない。私は、蛮族たちを少し描きたくなった。
港の町で、銀を使って人数分の馬を買った。本営の兵隊は、口が堅い。しかし、将軍の目の届かないところにいる兵ならばどうであろう?
海を渡ってきたのだ。ここまで来れば、後へは引けない。港から離れ、馬に乗って内陸へ突き進んだ。
砂埃の舞う荒れた野を見ながら、道沿いに二日ほど走ると、巨大な見張り塔のある町にたどり着いた。
ここでも、私の言うことは、お笑い種であった。酒場にいた衛兵にたずねてみても、それは同じだった。私は、例の将軍の緘口令のことを持ち出して、衛兵を揺さぶってみた。
「緘口令なんて大層なこってねえです。出先の連中は、この暑さで、まいっちまってるんでさ。ろくな給金も出ない上に近頃じゃ、蛮族どもが、けわしい山向こうに隠れちまって、やつらから、むしり取れやしねえもんだから、竜なんぞホラをふいて、なまけようって魂胆なんでしょうよ」
「出先の方というのは、どこにいるのですか?」
「宮仕えがいくようなところじゃありやしません」
私は、王宮お抱えではない。しかし、訂正するのも、面倒だ。何も言わず、兵に紙幣をつかませた。
「物好きなこってす。この土地であんたたちが、あそこまでいくにゃ、骨を折るどころか、生きて帰れるかも怪しい。よけりゃ、案内を用意いたしましょ」
確かに、私も二人の従者も慣れない地での、先の見えぬ旅に疲れていた。その申し出は、嬉しい限りだ。従者からの提案もあって、私たちはこの町で宿を取り、二日間ほど休むことにした。
衛兵が、宿に連れてきた案内人は、ノッポの男と少年だった。シャツとベストを着てブーツを履き、並みの開拓者風の格好をしていたが、中身は、どちらも蛮族であった。
私は、この人たちは大丈夫なのかと、衛兵へ耳打ちした。兵は、この土地を誰よりも知るものであると自信満々で言った。
そう言われて、私は、ひらめいた。この土地に竜がいるなら、兵隊に聞くより、この土地に住んでいたものに聞くべきだ。私は、ノッポに話しかけた。彼は黙って、突っ立っている。言葉が通じないのだろう。と思いきや、少年の方が、私に挨拶をしてきた。私の国、イクストランの語だ。それも発音に違和感がない。
衛兵は、「子供とでくの坊です。行き先は、伝えてありやす。銃を持ってないし、金をわたしゃ、働く」と言い、私から案内人の仲介料を受け取って去っていった。
私は、早速、少年に竜の話を聞いたことがあるかと聞いた。少年は、何を聞かれているのかわからないという表情をした。私は、紙と鉛筆を取り出して、竜の絵を描いて見せた。
「この土地に、このような生き物は、いますか?」
少年は、驚いていた。
「絵が上手ですね」
「私は、絵を描くことが仕事なんだ」
少年が、また驚いた。
「絵が仕事になるのですか?」
私は、絵の竜を指差す。
「ああ、だから、竜を探しに来た。この目で見てから描きたくて。知っているかい?」
「あなたの国は素晴らしいですね。しかし、僕はこれを知りません」
「彼にも聞いてみてくれ」
ノッポは、退屈そうに宿のポーチの椅子に腰掛けていた。少年は、絵を見せて、蛮族語でノッポに話しかけた。ノッポは、ゲラゲラと笑って、蛮族語を話した。
「知らないそうです」、少年が、私に伝えたことはノッポの使った言葉より短かった。ノッポは、どうせ私を不快にさせることを言ったに違いない。
我々は、旅の装備を整えて、竜を見た思われる隊の陣営へ出発した。
町を出る前、従者がもう一日の休息を要求したが、私は無視をした。上陸した時から、従者の態度に癇に障るものがあった。彼ら二人は、本来、私の主、ハースフ候の雇いの使用人であり、私とは、旧知の仲ではないし、友人とも言いがたい。国内での旅の間は、ずっと一人で行動をしていたが、今回は、危険な異国の地ということもあって、侯爵の温情により、お供をつけてくれたのだ。
けれども、彼らは、ハーフス候の命令には従うことはあっても、私の旅の目的を心から認めているわけではなかった。彼らには、武勇でならした主人が、絵描きを手厚くすることが理解できなくて、私に嫉妬していた。
私は、一人でもかまわなかった。だが、侯爵の温情を無下にするのは、この旅自体を踏みにじることだし、従者も侯爵の期待を裏切らない誠意は辛うじて持ってはいた。彼らの方が、ハースフ候に仕えている年月は、長いのだからわからないでもない。しかし、私は、あきらかに嫌われていた。
荒野を地ならししただけの道を並足で進んだ。荒れ狂う波のような遠くの山々を眺めつつ、私は、少年と馬上での会話を楽しんだ。
蛮族の少年は、名をチルといい、歳は十六だった。どうして、我々の国の言葉を話せるのかというと、彼の主人が教えてくれたらしかった。私は、先頭を行っているノッポの背を見て言った。
「彼は、君の兄弟?」
「いいえ、違います。パシーバも奴隷です」
チルもパシーバも奴隷。主人に働かされているのだろう。私は、それを聞くと、これ以上、彼らのことを聞けなくなった。
「小便臭い奴隷が、旅行者案内とは、いい身分だな!」
後ろにいる、太った従者が言った。
「俺たちも奴隷の気分を味わっているわけだが」
日差しがきつい。厳しい暑さに耐えかねて、従者は、私に当てこすった。
「黙るんだ。言い争いたいのか?余計に暑いだろう」
私は振り向かずに言った。
「すまない。この土地の気候に慣れないもので」
チルは、怯えもせず、私に微笑を返した。彼は一滴も汗をかいている様子は、なかった。私は、彼が好きになった。
「すこし休みましょう」
二時間ほど進んでは、半時ほど休みを繰り返した。
休憩中、我々は、道の脇に転がった三体の死体を見つけた。パシーバが、その死体の持ち物に探りを入れて、自分のものにしていた。
私も、この死体が、どんな目にあったのか興味を持ち、観察してみたが、死因となる外傷がどこにもなかった。全員、男だ。腐乱臭は、しない。まだ新しい。
「彼らに何が起こったんだろう?」
「夜の仕業でしょう」
チルが、言った。
「どういう意味?」
「そのうち、分かります」
「このあたりは、何か、出るのかい?」
しかし、野獣にやられれば、何かしら傷が残るものだろう。この死体のそばには、血痕すらないのだ。
私は、チルへ質問をし続けたが、答えはなく、首をかしげて笑みを浮かべるだけだった。
やがて、日にうっすら赤みが、差してきた。
「日が暮れそうだ。次ぎの町は、まだ遠いのかい?」
「夜まで時間はまだありますし、近道があります」
パシーバが、チルに蛮族語でなにか言ってから、道をそれて、山の方へと入っていく。
荒野の枯れ木をよけて、我々は、彼らについていった。先住民だけが、知る特別な道なのだろうか。パシーバとチルが並び、また先住民語で会話している。言葉の意味は、わからない。
私には、近道に思えず、単に山のふもとを迂回しているように思えた。だが、私が言葉に出す前に、私の太った従者が、彼らに駆け寄って行った。
「蛮族!俺たちが町の方向を知らないと思うなよ」
彼らは、気にしたふうもなく、馬から下りた。そして、パシーバが、火をおこし出した。
もう一人のちびの従者が言った。
「何をしてる?町に行くんじゃないのか?」
「野宿をするんだろう?」
私は、平静を装って従者たちをなだめ、馬から下りた。従者たちは、降りなかった。
チルは、自分の肩掛けカバンの中から草の束を一束取り出して、その中から一つまみの草を焚き火に入れた。もくもくと夕暮れの空に煙が上がっていく。
「奴隷め。さっさと馬に乗れ!野宿なんかしないぞ!地べたで泥まみれになって眠れるのは、蛮族くらいなもんだ!」
チルとパシーバは、私の従者を蚊帳の外にして、蛮族語で話し合っている。
「その耳障りな言葉を使うんじゃない!」、ちびの従者が叫ぶ。
「止さないか」
従者は、二人とも聞く耳を持たない。
「その薄汚い言葉を話すな!わかるように話せ!」
太った従者は、護身用の回転式拳銃を抜いて、二人に向けた。パシーバは、焚き火に目を光らせて、口を開いた。
「あんたらの、ところにも、祈りをささげる、ものがある、らしいな」
彼は、我々の国の言葉を話した。チルとは違って、妙に間延びした訛りがある。
従者たちは、突然のことで、うろたえた。
「三角の、建物にてっぺん、鐘がついている。町にたてたやつ」
私も彼が何を言っているのか、見当がつかない。
「そこで、手を握って、する。それ、やってみろ。ここは、祈りの場所だ」
パシーバは、手を拳銃に似せた形にして、太った従者の頭を指差した。
どういうわけか、銃声がして、太った従者の頭が弾け飛んだ。血が、噴き出して、馬から滑り落ちる。
それを見て、チビの従者は、銃を放り、叫び声をあげた。遠くへ離れようと、馬を駆けさせた。
その後姿が、馬から落ちた。また銃声がしていた。だけど、この先住民の案内人たちは、銃など一つも撃ってはいない。ちびの従者に至っては、パシーバは、指すら向けていなかった。
私は混乱し、立ち尽くしていた。ノッポのパシーバが、私を威圧した。手には、ナイフを持っている。
「ありったけ、金、出せ」
銀の袋と紙幣を彼に渡した。チルは、火を消しながら言った。
「銃を持っていないですね?あなたは殺しません」
私は、混乱した頭を抱えた。
「なぜこんなことを」
パシーバは、竜のことを聞いたときと同じようにゲラゲラと笑い、チルは、冷たい目をして聞き返した。
「あなたたちは、なぜ、この土地に来たのです?なにをしにきたのです?きっと、その答えと同じでしょう」
彼らが、従者の装備を引き剥がしていると、馬に乗って男がやってきた。
驚いたことに、ヒゲ面のその男は、蛮族ではなかった。どう見ても、私と同じイクストランの人種である。
男は、私の国の軍に支給されるペンスレード銃を背負っていた。おそらく、この男が私の従者を撃ち殺したのだろう。しかし、なぜイクストランの兵隊が、私の従者を殺したのだ?わけがわからなかった。
パシーバが、従者の懐を探っていると、狙撃手の方へおどけた声を上げた。
「こいつ、金貨を三枚持っていだぞ!ひゃほー!金だ」
「草をくれ」
狙撃手が馬を下りて、チルから紙巻きタバコを貰って、火をつけた。
「全部、ないのか?」
この男もイクストランの言葉を話した。
「ああ、吸っちまった。五本もやりゃ精度は、ダンチよ」
「そこの山の中からだろう?五百メートルもない。しかも、草焚きしてガイドしてやった」
私たちのいる場所は、山に囲まれていた。その山々のどこからか、撃ったようだ。だが、私たちは、木々に覆われていたはずだ。いくら近くでも目に見えるわけがない。その上、五百メートル離れたところからの射撃など、でたらめだ。
とぼけたふうに狙撃手は、従者の握っていた銃を拾い、突っ立っている私へ向けた。
「こいつは、撃たなくていいのか?」
「害は、ないさ。あんたの国の人の中でも、まれにみるいい人だ。僕の名前を聞いたぞ。君の名は、なんというのですか?だって」
「どうかね。逃がせば、チクられる」
「軍隊は忙しい。一個一個、盗賊を追っているは暇ない」
「うへ、硬い。トーシロだ」、銃の回転弾倉を弄くって、狙撃手が、つぶやいた。
「それに彼は、怪物を探してるそうだ」
「ガキのジョークは、笑えん。草をくれ」
「ほんとだって!」
暗くなり、始めている。チルは、ランプをつけて地面に置いた。
「あの絵を見せてくれませんか?」
私は、おとなしく従った。今朝、描いた鉛筆描きの竜の絵だ。
「なんだ。竜じゃねえか」
まだ、私に銃を向けている狙撃手が言った。
「知ってるのか?そうか。故郷が同じだもんな」、チルが無邪気に言う。
「俺たちの国じゃ、みんな知ってる。つっても向こうじゃ、おとぎ話だぞ。本気かよ」
私はうなずいた。狙撃手の青い瞳が、私の身を硬直させた。
「夜が来る。さっさとずらかろう。このあたりの夜の濃さ、見くびっていたら、えらい目に会うぜ」
くわえタバコのまま狙撃手は、馬に乗り込んだ。
「この絵、もらっても?」、チルが、そう言うので、私は、またうなずいた。断れば、何をされるかわからない。嬉しそうに絵を懐へ入れた。
パシーバが、従者の手荷物を、馬にまとめ終えたようで、私の馬の荷も探ろうとするが、チルが先住民語で言って、やめさせた。パシーバは、鼻を鳴らし、私の馬から食糧や水や絵の道具を引っぺがして、地面に落としただけだった。
馬の上からチルは涼しい顔をして私に言った。
「道にそって丸一日歩けば、次ぎの町につくでしょう。あなたの荷物は、手をつけません。でも、馬はあきらめて」
私は、呆然とチルを見上げていた。
「いいですか。今から大事な話をします。この地の夜は、とても危険です。あなたのような異人には、特に危ない。あなたは、平らな見通しの利く荒野に行って、火を起こし眠るのです。町に向かうのは、日が昇ってから。これを必ず守らなければいけません。もし、夜に目覚めてしまうことがあるなら…」
チルは、私へ草の束を放り投げた。私は、反射的にそれを受け取った。
「そいつは気前がよすぎやしないか?」
狙撃手が、馬を足踏みさせて言った。
「僕は、この絵を草で買った。僕の買い物にけちをつけるのか?それは、お前との取引に文句を言っていることにもなるぞ」、毅然として声を張り上げ、懐へ手を当てるチル。
「なに怒ってんだよ?これだからガキは…」
狙撃手は、肩をすくめた。パシーバがそれを見て、笑っている。チルは、聞こえないふりをして続けた。
「目覚めることがあるならば、その草を火に投げ入れて、眠れるまで目をつむってください。決して目を開けてはならない。一回に一つまみの草ですよ。わかりましたか?」
彼らが、私の前から早く立ち去ってほしかった。だから、私は、黙ってうなずいた。そして、彼らは、私の乗っていた馬と従者の馬を引いて、去っていった。私は、従者を殺された恐怖に震えて、声が出せなかった。
二人の従者の死体を木のそばに並べて置くと日が落ちた。血みどろの死体を目の前にして、立ち続けていたら、吐き気がしてきた。どうしようもないではないか。
私は、歩くのに差しさわりのない最低限の荷物をより分け、トランクにつめて、道のほうへと戻った。
そして、盗賊に襲われたのだと自覚した。