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  「私も、お昼休みに亜流さんの本を読んだわ。」


  左隣りに座っている聖良が、水でごく薄く割ったウーロンハイを飲みながら静かに呟いた。

  おれの事をペンネームの『亜流タイル』で呼ぶのはこいつだけだ。


  「前にも言いましたけど、私ライトノベルってあまり明るくないんですのよ。」


  聖良は臆面もなく言う。暑さのせいだろう、浴衣の襟元を少し緩めている。


  「でも、亜流さんのその『ライトノベル』には何というか情緒がありますね。

  どうしてかしら。内容は、剣や魔法で敵を倒してスキル……? を上げるという情緒とは馴染みの無いストーリーなのに。」


  そして少し寂しげに、


  「きっと、亜流さんの文章に『色気』があるのね。女の子達が放っておかないはずですわ。」


  聖良は目元を赤くした。


  何だこいつは、酒に酔うと糖度が上がるのか。

  おれ以外の男の前では酒飲まん方がいいぞ。危なっかしい。


  と、聖良が、


  「ところであのヒロインは、例のmamiさんがモデルでしょう。結局彼女はいらっしゃったのかしら。」


  と、おれの耳に手を当てコソッと言った。

  おれにmamiさんという、顔も知らない想い人がいるという事を知っているのはこの聖良だけだ。


  「あーー……。それがさあ……。」


  「はーいはい、中嶋さんも飲んでるう!?」


  黒い悪魔の栄美がおれと聖良の間に割って入る。気を使ってるんだろうが、本当にせわしなく動くヤツだ。



  結局、mamiさんらしき人は来なかった。

  本人もそう言ってる。

  ただ、会場の隅の隅で光った2つのーーあれは眼光だったんだろうーーだけがおれの胸に残った。



  まさか。いや、まさか。



  栄美は完全に出来上がっていた。


  「祐樹にい〜〜! コレなーんだあ!?」


  「え? それって……ああ!! おれのスマホ!!」


  「ヘッヘ〜!! 返して欲しくば取ってみんしゃい!!」


  と、黒い酔っ払いはキャミソールの中に『鎮座』する胸の谷間におれのスマホをはさんで、手をピラピラと振ってみせていたのである。


  ……いつの間にっ……!!


  「てめえ!! このド変態の酔っ払いがあ!! それでも女かあ!?」


  「恥ずかしがってやんの!! なっさけな!!」


  おれと栄美は睨み合った。


  あー、年下の女にからかわれるなんてこんな情けない所mamiさんには絶対見せられねー…………。


 

  ガタンッ!!



  2つ前のテーブルに1人で座って飲んでいたらしい女の子が、急に音を立てて席を立ち、バッグを引っ掛けて出て行ってしまった。

  会計は済ませてあるらしい。

 

  たった1人で飲みか、とさっきから何となく気になってはいたが、背中を見せて座っていた為に正面は見えなかった。


  聖良の表情が変わった。

  こいつがこの神妙な顔付きをする時は、何か良からぬ事が起きる前触れだ。


  おれが商業で出して貰った2冊目がポシャった直前にもこんな顔を見せていた。



  女の子は軽く茶髪にしたパーマヘアで、

  そして……ヒラヒラのスカートを履いていた。


  「あのっ……、ちょっと待っ……。」


  おれは立ち上がり追いかけようとしたが、黒い悪魔で今は単なる酔っ払いである素城栄美に


  「どこ行くの!? へへへ、ダ〜メ!!」


  と腕を掴まれ進行を阻まれた。

  ……だから胸当たってるって。ーーおれのスマホを挟んだまま……。


  「ッ……お前もう、いい加減にしろよ!?」


  おれは居酒屋の中心で焦燥を叫んだ。

 


  その女の子はもう、とうに外に出て行ってしまっていた。



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