表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/63

『真実(しんじつ)の愛』

 


  私の名前は時任真実ときとうしんじつといいます。

 

  今や新進気鋭の売れっ子作家と呼んでも大袈裟ではない亜流タイル先生こと吾妻祐樹あづまゆうきさんとお付き合いをさせて頂いてから早半年。


  今回はそんな吾妻祐樹さんについて語らせて頂きたく思います。


  祐樹さんはとっても優しい方です。


  私、祐樹さんに何10回メールを送っても返信が来ない時は心配で祐樹さん宅の家までお邪魔してしまう事、何度もありました。


  その度に祐樹さんはラノベのお仕事の為にボロボロになっても笑顔で迎えてくださいますし、迷惑そうな態度も表向きは出しません。


  演技なのかもしれません。

  でも演技だとしても私に気を使ってくださってるんだなあって嬉しいんです。


  ……だけど、私に対しては「身体が資本」なんて言いながら御自分はそんなになるまで仕事をしているなんて。


  何だか悲しくて、そして感動で涙が出てきそうです。


  祐樹さんこと亜流タイルさんの書かれる小説は、文体が柔らかく優しいながらも明るい雰囲気を醸し出しています。


  ……でも、明るい小説や漫画を描いている作家さんは、現実との反動で精神がおかしくなってしまうなんて話をよく聞きます。


  でも、祐樹さんはそんな事ないんです。

  いつだって優しいし、急にハイ&ローになるという事も無い。



  「真実ちゃんの前でだけは、おれは『ヤンデレ』だよ」



  なんて冗談をおっしゃってくれますが、病気って事もないですし、祐樹さんはきっとここぞという時には根性をお出しになる方なのだと思います。


  私はそんな祐樹さんを大好き……というより愛してますし、本当に尊敬しています。



  こんな事がありました。



  野中いちさんという、高校生でとっても上手なイラストを描かれている女の子がいるのですが、私はその子とあまり関係性が良くありません。


  野中さんも、祐樹さんの事が好きだったんです。

  ……だけど彼女は、祐樹さんの、いえ、亜流タイルさんの小説なんてろくに読んでもいないのです。


  なぜそれが分かるかと言うと。

  匿名掲示板の亜流タイルトピックにて、彼女の


  「小説はどうでもいいから本人が欲しい」


  という書き込みを読んだからです。


  いえ、それが野中さんによるものだとは確認を取っておりません。

  だけどそんな書き込みが何回も何回も何回も何回も続くようでしたから、私はつい、


  「そんなにしつこく書くようでしたら、あなたのフルネームをここに明記しますよ」


  と書き込んでみたんです。


  そうしたら、しつこい書き込みがピタリと止まりました。

  そこで私は、ああやっぱり野中さんだったんだなと確信した次第です。


  でも、自分の名前を書き込まれそうになったら慌てて止めてしまうなんて。

  やっぱり高校生は(いくらイラストの才能があるとは言え)可愛いものですね。


  私だったら、例え自分の本名が書き込まれようと平気なのに。

  祐樹さんの足を引っ張らない限りは、ですけど。


  この件で祐樹さんは、


  「真実ちゃん、あれ程放っておけって言ったのに……」


  と苦笑いをしていました。

  大人の対応だと思います。


 

  1度だけ、祐樹さんは私に苦しそうな表情で『告白』した事があります。


  「前にラノベ作家として首を切られてから、どんな風に生活していたと思う? ずっと親の金で生活させて貰ってたんだ。大学だけ出て、後は引きこもりだよ。ひ・き・こ・も・り」


  「働こうともせず、一切外に出ようともしなかったんだ」


  「真実ちゃん、こんな話を聞いてもおれの事嫌いにならない?」


  嫌いになんてなるはずがありません。

  祐樹さんはまだ大学生の頃、そう、今の私と同じ年齢の時に鳴り物入りでデビューし、そして散ったのです。


  おこがましいですけれど、もし、私が今そんな目に遭ったとしたら立ち直れないであろう事請け合いです。


  お父様とお母様もさぞ心配でたまらなかったでしょうけれど、息子さんの、亜流タイルとしての将来性を信じていたんだと思います。


  それに私は、祐樹さんのーー亜流タイル先生の最初の作品を読んだからこそ、面白くなかった高校生活にささやかながらも鮮やかな彩りを添える事が出来たのですから。

  それくらいで嫌いになる事なんてありません。


  私は本当に、ラノベ中毒なんです。

  そして祐樹さん中毒なんです。


  私の部屋の中は祐樹さんの写真を拡大コピーしたポスターでいっぱいだという事は既に祐樹さん御本人も承知の上です。


  だけどもう1つ、私には秘密があるんです。

  それは、ボイスレコーダーで祐樹さんのお声も録音して、寝る前に聞いているという事。


  祐樹さんのお仕事が忙しくて、メールだけの夜は特にそうです。


  それこそ、祐樹さんに知られてしまったら本格的に引かれてしまいそうですよね。


  だけど、『コッペリアの劇場』を書き終えて、小説を書く楽しさも知ってしまいました。


  『ヤンデレ』を自称してくださっている祐樹さんは、私の執筆活動を喜んでくださりながらも


  「真実ちゃんがデートの時間を減らして小説書きに没頭するようになったら困るな」


  と半分本気でおっしゃいます。

  それは私の本意ではありませんが、悩ましいこの件を解消するにはどうしたらいいのでしょう。



  答えはもう出ているのです。



  あ、祐樹さんから電話がきました。

  また甘く蕩けるような幸せな時間の始まりです。


  皆さんにもどうか素敵な夜が訪れますように、僭越ながらお祈り申し上げますね。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ