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  栄美の絵師としての人気は相変わらず、凄まじいものがある。


  去年の同人誌イベントでは、最後列が会場からかなり距離がある球体のある某テレビ局の社屋がぼんやり見えていたそうだが。

  今年はそれがはっきり見えているらしい。天気が良く涼しかったのがせめてもの救いだ。お客さんにとって。


  雨の中待ってたり熱中症で倒れられたりしたら大変だからな。


  問題の真実ちゃんも接客に随分慣れてきてお客に笑顔を見せたりしている。

  勿論、大半は男性のお客だ。

  おれはそんな彼女の笑顔を見てちょっとばかり、気分が悪かった。

 

  ヤンデレなのはおれもだ。

  何も真実ちゃんばかりが異常なのではない。


 

  ーーしかしそれに比べて、野中いちと名乗った美少女の列は、それはまあそこそこお客が並んでいるが。

  栄美サークルの列の破壊力に比べてあまりに可愛い物であり、美少女はこちらを見てあからさまに悔しそうな顔をしていた。


  確か、去年は違うサークルさんが隣りにいたよな。

  もしかしたら彼女は壁サークルは初めてとかだったり?


  いや、それでいきなり栄美のサークルの隣りに配置する程運営さんも鬼じゃないだろうから(知らんが)、これまでも実績はそこそこあったんだろう。


  だがこの列の差は野中いちも予想していなかった事だろう。

  おれが女子高生だったら凹んで凹みまくって筆を折っている。

  自分にその気が無いとは言え罪作り過ぎだぜ、素城栄美。



  「どうも素城さん、本日はありがとうございました」


 

  会場内の人影がまばらになる中、野中いちが栄美に挨拶に来た。

 

  「お陰様で、刷った分は完売になりました!」


  別にお陰様でもないし誰もそんな事は聞いてないのに、彼女はその日の戦果を誇らしげに訴えた。


  「えーと、野中さん、でしたよね。本日はお疲れ様でした。またお隣になったらゆっくりとお話しましょうね」


  栄美は年上らしく、優しく笑顔で応対する。

  大サークルというのも色んなしがらみがあって大変そうだなとおれは呑気に思った。



  「……所で、こちらのカッコいいお兄さんは、去年も売り子をしていた亜流タイル先生ですよね?」


  栄美の顔が驚きのそれに変わる。

  おれの顔も驚きのそれに変わったと思う。


  「……ちょっと祐樹にい、この子に何かしたの?」


  「してねーよ!」


  「じゃあ何で祐樹にいの事知ってるのよ!」


  「それは……」


  おれと栄美は小声で話すが、野中いちの憮然とした表情は変わらない。


  「……いいですよね、素城さん。絵が少しばかり人気があって、しかも亜流タイルさんという素敵な彼氏もいて」


  「……『彼氏』……」


  栄美がチョコレート色の肌を赤らめる。

  おい、赤くなってないでちゃんと否定しろ。


  「素城さん、絵の人気もお身体のスタイルもずば抜けててずるいですよね。でも亜流さんは素城さんの事本当に好きなのかしらね? 仕事上のパートナーとしてしか考えてなかったりして!」


  客の差を見せ付けられて、このJKは相当虫の居どころが悪いみたいだ。

  ……前から思ってたんだが、同人誌の世界って特殊過ぎやしないか。


  このJKが、もし掲示板のおれトピックで暴れているヤツと同一人物だとしたら。

  売り上げ的な意味でもボディ的な意味でも栄美に良い印象を受けていない。

  いわば野中いちにとって栄美こそが『敵』だ。


 

  ーーしかし、『彼氏』という言葉に反応したのは栄美だけではない。


  真実ちゃんだ。


  それまで黙って事の成り行きを見つめていた真実ちゃんは、ゆっくりと、野中いちに向かってその唇を開いた。


  「『亜流タイル』さんの『彼女』は、私ですけど? 素城さんに迷惑をかけないでください。勿論『亜流さん』にも」


  真実ちゃんのその瞳は冷徹な光を放っていた。

  こんな真実ちゃんを見るのは久しぶりだ。


  彼女はおれに少しでも女の影が見えると、たとえそれが誤解でもこんな風に二重人格みたいになるんだ。

  そしてそんな自分自身を隠そうともしない、というか自覚すらしていないのかもしれない。


  野中いちは急に割って入ってきた真実ちゃんにビックリした様子。

  まるで「こっちの女の人は計算外だった」とでも言いたげにまじまじと真実ちゃんを見つめ、しばらく考えた素振りを見せ、「あ!」と叫んだ。


  「もしかしてアナタ、匿名掲示板の亜流タイルさんトピックで私に食って掛かってきた人じゃない!? 亜流さんと付き合いたいって書いた私に喧嘩売ってきたよね!? 亜流さんには彼女がいるとか何とか!!」



  ーーやっぱり、こいつがトピック荒らしウザ女じょの正体だったのか。

  もしかしてというボンヤリとした不安感が当たってしまったようであった。

 

  しかし真実ちゃんはそれに対して『反撃』に出た。


  「匿名掲示板? 私はそんな物知りません。ただ、せっかくのお祭りの日を台無しな終わり方にさせないで頂きたいだけです」


  真実ちゃんはまた、続けて言う。


  「御本の完売、おめでとうございました。素城さんの列が突出していただけです、野中さん……も、とても素敵な絵を描かれますね。私は絵が全くですから尊敬します。でもお付き合いは、彼女のいる年上の男性より野中さんに相応しい年齢の方と向き合った方がよろしいと私は思います」


  相変わらず冷たい口調で淡々と話し続ける真実ちゃんにウザ女こと野中いちは怒りで美しい顔を歪ませた。

  何か言おうと口をパクパクさせたが、何も思い浮かんでこないのか、


  「撤収!!!」


  自サークルの方へとクルリと踵を返し、既にダンボール等の回収作業を終えた仲間達と共に会場を出て行ってしまった。

  野中いちの仲間達は何事が起きたのかと心配そうな表情で早足の『リーダー』に付いて行っていた。


  きっと野中いちは誰にも言わずに悔しさを噛み締めていたんだろう。


  おれは喧嘩の間中黙っていて正解だったと思う。


  野中いちがおれと『付き合いたい』とか思っている以上、話が余計拗れるだけだから。


  しかし、それにしても全てを真実ちゃんに負わせてしまった、と情けなくなってしまった所でーー。



  「し、真実ちゃん!?」



  真実ちゃんは、その場でへたり込んでしまっていた。


  細い手足がプルプルと震えている。


  「真実ちゃん、大丈夫!? どうした!? 具合悪いの!?」


  本気で心配して救急車を呼ぼうとまでしたおれに、真実ちゃんはひと言ーー。


  「こ、怖かった……」


  いつもはピンク色の唇が真っ青だ。

  今になって急に、ウザ女との大立ち回りに恐怖を感じてしまったらしい。


  「祐樹さん……」


  「真実ちゃん、立てる? いや、やっぱり暫く座ってて……」


  ーー真実ちゃんがポツリと呟く。


  「『匿名掲示板の事知らない』なんて、嘘なんです。野中さんの言う事、全部当たってました……」


  「うん、知ってる」


  栄美も不安げにおれ達を見て何事か話しかけていたが、耳に入ってこなかった。


  やっぱりおれと真実ちゃんは、こうして実際に付き合っていてもネット上での繋がりを断てない関係のようであった。

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