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おれはその時生まれて初めて、『女子大』なる世間では特殊な場所のカフェテラス(まあ学食なんだが。お洒落だ)に侵入していた。
真実しんじつちゃんが待ち合わせ場所にここを指定したからだ。
校門で警備員に止められるかと思ったが特に問題は無かったようだ。
ーーしかしーー。
周りの女子学生達の視線が痛い。
おれを見て、ヒソヒソ話をしている。
完全なる女の子達の園。
夏休み近くで人は少なめとはいえ、おれはどう見ても部外者中の部外者だ。
うう。
なぜこんな所を指定したんだ真実ちゃん。
おれは、叔父さんから貰って気に入って持ち歩いている『闘将!! 拉麺男』を読みながら真実ちゃんを待った。
「あ! 『闘え!! ラーメンマン』ですね!」
講義が終わったらしい真実ちゃんが駆け寄って来て、叫んだ。
今日の彼女はパフスリーブの黒いワンピースだ。
勿論、ひらひらのスカート。
裾には薄いレースが付いている。
普段おしとやかな格好を好む真実ちゃんにしては、ちょっとゴスロリっぽい『攻めた』服装だった。
「知っているのか真実ちゃん」
「はい。おじ(伯父)さんが好きで、私も読んでたんです」
さすが真実ちゃん、知識の幅が広い。
こんだけ知識の幅が広くて小説は書けないのは何故だろう。
普通趣味の数だけ描ける世界観も広がるもんだけどな。
「もうちょっとで、私の友達も来ると思うので待っていてくだ……あ、来たわ!!」
「マミーー!! 早かったね!! 」
何だ何だと思う間に、おれはたちまち真実ちゃんを含めて4人の女の子達に囲まれてしまった。
「その人が、彼氏だね! すごーい、写真より全然カッコいいじゃない!!」
その内の1人がおれを誉めてくれる。フレンドリーな子だ。
カッコいいと言われておれは恐縮しながら挨拶した。
「どうも始めまして、真実しんじつちゃんとお付き合いさせて頂いてる、吾妻祐樹と申します」
「キャー! しかも真面目!! マミ、幸せもんじゃん!! 」
真実ちゃんは、『そうでしょう?』といった風に嬉しそうな笑顔を見せている。
ちなみに真実しんじつちゃんは、子どもの頃から友人には『マミ』と呼んで貰っているとの話だ。
彼女は、『しんじつ』という自分の名前が大嫌いだから。
良い名前なのにな。
「私、七海ななみって言います。マミからはいつも祐樹さんの話聞いてるんですよー!!」
七海と名乗った、真実ちゃんよりやや小柄な、元気一杯といった女の子がキャッキャとはしゃいでいる。
勿論真実ちゃんには劣るがなかなか可愛い子だ。
「えーと、ライトノベルって言うんですか? 小説を書かれててそれが本屋さんに並んでるんですよね?」
七海ちゃん以下、真実ちゃん以外の女の子達からの質問攻め。
「私達、そのライトノベルっていうの読んだ事無いんですよー。でもマミが何度も何度も何度も何度も勧めてくるから、自然に本屋さんでも意識するようになっちゃって……」
「そうそう! マミってば趣味がニッチなんだよねー!!」
ーー堂々と『ニッチ』呼ばわりされたおれは、ただニコニコと「そうですか」「いえ、確かに」等と相槌を打つしかなかった。
その乙女団の、背の高い子がおれにご注進する。
「マミ、事ある毎にスマホの壁紙にしてる吾妻さんの写真を見せてくるんですよ。ナチュラルに。マミ本気みたいだから、何か……気を付けてくださいねー!」
ああ、真実ちゃんがヤンデレだって事?
知ってます。充分。
そこでおれと真実ちゃんと乙女ら3人は、コーヒーを飲みながら色んな会話をした。
会話と言っても、主に乙女ら3人がおれに質問攻めをしてきては、真実ちゃんのイメージを損なわないように返答するといった風に一方的なものだったが。
それにしても、おれには不思議な事があった。
「ねえ真実ちゃん、質問があるんだけど……」
「は、はい! 何でしょう?」
大学を去って、真実ちゃんの友人達とも別れた後、おれは彼女に聞いてみた。
「前にさ、えーと……。おれの小説を友達に勧めるの止めたって言ってなかった?
ほら……その……。おれを友達に見られたら、友達が恋敵になるかもしれないからとか何とか」
我ながら質問しにくい事をよく聞けたもんだと思う。
真実ちゃんは俯いて言った。
「はい……。そういう気持ちは今でもあるんですけど……」
「けど?」
何?
「祐樹さん……に、私の勉強している場所と、仲良くしてる友達を見て貰いたいからというのがあって……」
真実ちゃんはますます俯いて続ける。
「それと……」
耳が紅いよ真実ちゃん。
「……祐樹さんの事を、み、皆に、じ、自慢したかったんです……!!」
…………。
……し〜ん〜じ〜つ〜ちゃ〜ん〜!!!!
「……いや、だけど真実ちゃんが良い友達に恵まれてて良かったよ」
「そうなんです。皆いい子ですよ!」
嬉しそうに返事をする真実ちゃんを見て、本当、真実ちゃんに同性の友達がいてくれて良かったなあと思うおれだった。