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  白鳥出版は、おれの作品を出してくださっている、ラノベに特に力を入れてる大出版社だ。

  その日は担当の鈴元忠弘さんと久しぶりに対面して打ち合わせをする事になった。


  いつもはメールや電話での打ち合わせが多い為おれは少々緊張していた。


  というのも、おれの第二の処女作『剣士なおれとウィザードな彼女』のメインヒロインの性格を真実ちゃんに似せないように書き直している為、鈴元さんからの返事が芳しくないのであった。


  その辺り(メインヒロインの事)をズバリと聞かれたらどうしようかな、と心配しているのである。


  いつもよりちょっと高級目の喫茶店で待ち合わせをし、おれは時間よりも早く着いてしまった。


  しかし程なくして鈴元さんがやって来た。

  おれが既に待機していたので鈴元さんはちょっとびっくりしていた。

  普段は鈴元さんの方が先に来てくださってる事が多いのである。


  「お元気そうで何よりです。ちょっと太りました?」


  目に見えて緊張しているおれをリラックスさせる為か、鈴元さんはそんな冗談と思われる言い方をした。

  太っているとしたら、真実ちゃんと付き合っている故の幸せ太りだろう。

  自分ではよく分からないが我がイケメンが台無しにならないよう、気を付けねば。


  しばらく雑談した後、仕事の話に入る。


  「『剣士なおれとウィザードな彼女』、ペンが進んでいるようですね。期待していたよりも話が進んでいて」


  あ、ヤバい。

  仕事で鈴元さんが褒め言葉から入るのは、何か駄目出しが出る前兆だ。


  「……ただ……」


  「は、はい!」


  来なすった。


  「ヒロインの性格がですね。前と雰囲気が変わってませんか? 大人しくなったというか……」


  「そ、そうでしょうか」


  やっぱりヒロインの話だ……。


  「ぼくは、『ウィザードな彼女』のキャラクターが作品の魅力そのものに繋がっていると思うんですよ。ですから、その辺を手直ししてくれたらもっと良くなるかと」


  「そ、そうでしょうか」


  おれはアホみたいに同じセリフを繰り返した。

  でも、やっぱりさすが鈴元さんだ。

  おれの作品の要をよく把握してくれてる。


  「それと……」


  「は、はい!」


  まだあるのか。


  「情景描写が雑になっているといいますか、ストーリーが進んでいる分ちょっとお疲れ気味なのかと思いまして」


  鈴元さんは難しい顔をしながら紅茶を飲んでいる。


  「全編書き直し、とまでは必要無いんですけど、今言った事を手直しして頂ければ」


  「ヒロインの性格と、情景描写ですか……」


  情景描写に関しては、きっとおれも焦り過ぎてたんだろう。

  真実ちゃんとのデートの回数が増えていて、早めに仕事を終わらせよう終わらせようとしていたのが問題なのかもしれない。


  これじゃあ、プロのラノベ作家失格だ。


  そして真実ちゃんには、また君に似せたヒロインを書きたいんだが、どうかい? とお許しを乞わなければならない。



  ーーすると、2つ隣りの席で、何やら女性達のこんな会話が聞こえてきた。


  「今回は最高ですよー、特にイケメンキャラのデニスが!!」


  「ありがとうございます!! ネームの通りにしなくて良かったです!!」


  『ネーム』と言うからには、多分漫画家さんとその編集者さんなのだろう。

  まるで自分達が特別であるかのように、周囲に聞こえよとばかりに大声で喋っている。


  こんな風に、創作物の『打ち合わせ』をしている他のクリエイターさんと喫茶店で出くわすのは、おれ達みたいな者にとってのあるあるだ。


  その2人は、ヒロインがどうの、かっこいいがどうのと喋り続けている。


  すぐ近くの席に座っているこのおれ達だって、駆け出しとはいえ『ラノベ作家』と『編集者』なのだから何も彼女らだけが『特別』な訳じゃないのに。


  いや、同業者はおれ達だけじゃないかもしれないというのに、あんな大声で……。正直こっちが恥ずかしくなってくる。


  おれと鈴元さんは、顔を見合わせて困ったもんですねといったように笑い合った。





  その夜。

  おれは真実ちゃんに、メールではなく電話をしていた。


  「ーーなんて、担当編集者の人に指摘されてさ。それで……真実ちゃんさえ良ければ、モデルになってくれないかなあと思うんだ」


  電話口の真実ちゃんは、黙っている。

  そりゃそうだよな。

  いくら事実とはいえ、小説の中でヤンデレ扱いされるなんて。

  おれなら真っ平だ。


  「ーーき、さんのーー」


  「ん?」


  「祐樹さんのお仕事の、お手伝いが出来るんでしたら、光栄です」


  真実ちゃんはこう返答するだけでいっぱいいっぱいといった感じだった。

 

  「ごめんね、真実ちゃん……」


  「いいえ! いいんです、いいんです!! 私が祐樹さんにして差し上げる事なんて、モデルになるくらいしかないですし」


  そんな事ない。

  君は居てくれるだけでいいんだ。


  等という事は、いくら何でも恥ずかしくて言えやしないが。


  「真実ちゃん、ありがとう」


  電話を切った後、おれは努めて冷静に考え、ヒロインのセリフを直し。

  鈴元さんに雑だと指摘された箇所を丁寧かつ読みやすくなるようシンプルに描写した。


  その作業には3日かけた。

  無事、鈴元さんから直し分のオーケーが出たので。

  先のストーリーを充分注意しながら進行させた。


  明日は真実ちゃんとのデートの日だ。

  しかし、彼女はデート先にとんでもない所を指定してきたのであった。


  ーーそこはーーよりにもよって。

 


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