『私の名前はトキトウシンジツといいます』
私の名前は時任真実といいます。
『真実』は『まみ』ではなく『しんじつ』と読みます。私はこの名前が大嫌いです。
どうして普通に『まみ』と付けてくれなかったの!! 私は両親を恨みました。
……だけど、私の大好きなラノベ作家さん、亜流アルタイルさんこと、今は……、恋人同士の吾妻祐樹あづまゆうきさんが「似合っていて、良い名前だ」と言ってくれているので少しずつこの名前が好きになりつつあります。
私は、祐樹さんの事が大好き。
元々、祐樹さんの書くライトノベルのファンだったのですが、御本人と交流させて頂けるようになってますます好きになってしまいました。
そう、愛していると言っても過言ではありません。
彼は凄い才能をお持ちだし、格好良いし、何より優しいんです。
数日前も、私の誕生日にケーキ、指輪、そしてお手製の同人誌(体裁としてはコピー本でした)を作ってきてくれたのです。
世界中で一冊しか無い『亜流タイル』先生のコピー本!! 私はあまりの感激に号泣しそうになりました。
だけど号泣してしまったら、祐樹さんにご迷惑をお掛けしてしまうのでそれはグッと我慢しました。
コピー本の内容は、異世界転生物でした。
何をやっても中途半端なまま上手くいかない20代の男性が、暴走している車に撥ねられそうになっている子どもを助けて植物状態になる。
その主人公が病院のベッドで眠りにつきながら夢の中、つまり彼にとっての『異世界』でお菓子屋さんを開くという物でした。
異世界でお菓子屋さんは大繁盛。
主人公は異世界でガールフレンドを作ります。所謂ヒロインですね。
その、主人公とヒロインが初めて軽い口づけをする所で、主人公は現実世界に戻ってきます。病院のベッドで意識を取り戻したのです。
あのヒロインは自分が見た夢の中の存在だったのか、と落胆した主人公。そこへ……。
ラストはほんわか、だけど切なくて私は読み終わって泣いてしまいました。
祐樹さんがお帰りになった後で読んだので、彼に泣き顔をお見せせずに済んで良かったです。
その『異世界でスイーツを』と銘打たれたコピー本に、私らしき人物は出てきません。
強いて言うなら、「お菓子屋さんを開く」という所に共通点があるのかもしれませんが、他には特に私を連想させるエピソードや人物は出てきませんでした。
私はそこにも、祐樹さんの配慮が込められているようで嬉しかったです。
何しろ私は、
「私を小説のヒロインのモデルにしないでほしい」
と、我儘を言ったのですから。
私達は昨日、初めてのキスをしました。
軽く触れるだけのキスでしたが、私はとても嬉しかったです。
と同時に、私の祐樹さんへの愛情度数がフリーザ様の戦闘力のように跳ね上がってしまいました。
こんな事、祐樹さんに伝えても良いものでしょうか。
そして祐樹さんはキスの後どんな気持ちだったのでしょうか。
私はキスしてからの自分の祐樹さんへの異常な愛情を隠す為、照れ隠しでパソコンを開いてしまいました。
私はそこで、駄作を読んで貰いました。
「うん、良いんじゃないかな……」
何とかフォローしてくださる祐樹さんの優しさが嬉しい反面、ああ私にはやっぱり才能が足りていないんだなとガッカリしました。
大体、「名作からの引用」とは何でしょう?
3行目の「名前はまだ無い」は私のオリジナルのはずなのですが……。
それとも、どこかで読んだフレーズを無意識に引用してしまったのかしら。
私はヒロインとなる事を良しとしません。この手で文章を書いて、登場人物を動かしてみたいのです。
祐樹さんのご家族やお知り合いが、私の書いた小説を読みたがっていると聞きました。
とても恐縮してしまいます。
だけど、いざ書こうとすると、祐樹さんの事ばかりを考えてしまい上手くいかないんですね。
ついつい、祐樹さんの動向、つまりSNSを探ってしまいます。
SNSと言えば、祐樹さんには私以上に強引な女性ファンがいるようです。
某匿名掲示板の、亜流タイルトピックでその存在を主張しているのです。
その彼女は、祐樹さんが売り子をする同人誌即売会の素城さんのスペースにやって来る事でしょう。
そして、『亜流タイルの彼女』が私であるという事に、『ギャル』の勘で気付いてしまうのではないでしょうか。
でも、いいえ、私はコソコソしたりしません。
不安だけども、堂々と売り子に徹する事にします。
何より怖いのは、私とその彼女の確執が表面化して祐樹さんや素城さんにご迷惑をお掛けしてしまうかもしれないという事なのですが……。
今日はまた久しぶりに執筆する事にしますが。
ですがその前に祐樹さんからの『おやすみ』メールが届くまでスマホの前に座っていなければいけません。
あ、10時51分。
祐樹さんから『おやすみ』メールが来ました。
私はお待たせしないよういつものように1分以内に返信します。
これが私の幸せなのです。
周りから見れば小さな幸せだけど、私にとってかけがえのない大きな幸せ。