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  「私、祐樹さん……とは、お友達になれたら嬉しいな、くらいに思ってたんです。それが、こんな関係になれるだなんて……。幸せ過ぎて、どうしようかと思います」


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



  真実ちゃんの誕生日がやって来た。


  おれは夕方頃、S区にある真実ちゃんの住まうマンションへとウキウキ気分で出掛けた。


  真実ちゃんの誕生日でありながら彼女自身が手料理を振舞ってくれるという。

  お菓子作りが大得意の真実ちゃん。きっと料理の方も頰が落ちるほど絶品であることだろう。


  おれは事前に用意した、プラチナに小さな紅い石の付いている指輪と誕生日ケーキ、それと……おれにしか作れない『プレゼント』を抱えて電車に揺られる事1時間弱。


  マンションに到着し、オートロックのピンポンを鳴らす。

  彼女は数秒の内に「はあい」と鈴の鳴るような声でインターフォンに出た。


  真実ちゃんの事だから、準備をとっくに済ませてインターフォンの前で立ったままジッと待っていたに違いない。

  それでこそ真実ちゃんらしい。

  いや、おれの勝手な想像だけども。


  出迎えてくれた真実ちゃんは、薄いブルーのワンピース姿。勿論、スカート部分はひらひら。

  胸元に大きな飾りリボンが付いている。


  可愛い。

 

  そんな感想を口に出して言うと、真実ちゃんは恥ずかしそうにして、「今日のために買ったんです」と言う。

  ーー本来ならおれが買ってあげるべき物なのに真実ちゃんは全く意に介さない。


  部屋に入ると、小さなテーブルいっぱいにご馳走が並んでいた。


  ローストビーフにサーモンのサラダ。ビシソワーズ。あと、これは……。

  何だかおれの経験則から言って見慣れない物があった。


  「真実ちゃん、これ何?」


  「これは、ロブスターのケーキです!」


  ロ、ロブスター……。の、ケーキ?

  綺麗に盛り付けされたギザギザのホットケーキのようにも見えるが。

  中身はロブスターなのかな。

 

  「ロブスターは、ネットで取り寄せて買ったんですよ!」


  嬉しそうに言う真実ちゃん。

  料理の費用はおれが出すと約束したのに、彼女は「最近クレジットカードを作ったから大丈夫です!」なんて言ってる。


  いや、そういう訳にもいかんだろう。

  後で無理にでもおれの金を受け取ってもらわねば。

  何しろ彼女はまだ学生なんだし。


  それにしても、ベッドの枕元に貼ってあるおれの巨大パネルが相変わらず恥ずかしい。



  真実ちゃんの手料理はどれもこれも素晴らしく美味かった。

  そんなに高級な店には行った事が無いおれだが、プロ並みである事は分かる。

 

  例のロブスターケーキも、ロブスターの繊維と小麦粉が程良く調和していて美味い。


  「真実ちゃん、お……嫁……においで……」


  あまりの美味さについ口をついて出る。

 

  「え? 何ですか?」


  「いや、何でもない。凄く美味しい」


  前半は聞こえないように言ったのである。

  真実ちゃんは後半のセリフだけ聞いて、「本当ですか!」とホッとしているようだ。


  シャンパンも飲み、食事も済み、後はおれからのプレゼントだ。


  「真実ちゃん、おれの買ってきた誕生日ケーキを開けてみてよ」


  「あ、はい!!」


  このケーキには自信があった。

  何しろ、フランス人が作ったとかいうマカロンのケーキだ。


  直径10センチ強の巨大なピンク色のマカロンに、イチゴやラズベリーが程良くトッピングされている。


  正直ケーキの事には詳しくないおれだが、栄美にそれとなく聞いて情報を仕入れたのだ。

  ありがとうな栄美。


  真実ちゃんはその大きな目を輝かせ、


  「こんなケーキ見た事ないです!!」


  と感激してくれてる。

  その様子を見ておれも嬉しくなる。

  ちゃんと予約して買ったんだからな。


  指輪の方も喜んでくれた。

  真実ちゃんは左手の薬指に嵌めてほしそうだった。

  だがおれは本番の時に備えて、あえて右手の薬指に嵌めてあげた。


  「こんなに色々頂いてしまって……。凄く、申し訳ないです」


  恐縮しっ放しの真実ちゃん。

  だが、本当のプレゼントはここからだった。


  「まだ、あるんだよ。特製のプレゼント」


  おれは、バッグの中から黒い袋を出して、真実ちゃんに手渡した。


  「これ? 何ですか??」


  薄い袋を眺めて不思議そうにしている。


  「開けてみてよ」


  「……はい」


  中身は。

  この日の為におれが書いた、世界中でただ一冊のライトノベルだった。


  「……! これって……」


  真実ちゃんは、おれの小説のヒロインとなる事を良しとしない。

  だから、ヒロインを真実ちゃんに寄せないようおれなりに心を砕いた小説であった。


  「……読んでみて、いいですか?」


  「ーーあー、恥ずかしいから、後で読んでほしいな」


  「……はい……」


  真実ちゃんは素直に頷いた。

  だけど、すぐにでも読みたそうにしているというのは明白だ。


  「……私……」


  「ん? 何?」


  「私、祐樹さん……とは、お友達になれたら嬉しいな、くらいに思ってたんです。それが、こんな関係になれるだなんて……。幸せ過ぎて、どうしようかと思います」


  真実ちゃんは今にも泣き出しそうだった。


  ……決心したおれ。

  いや、決心というより、おれは今日この日をおれと真実ちゃんの初チュウの日にしようと画策していたのだ。


  おれは真実ちゃんの薄い肩を抱き寄せーー唇と唇が触れるだけのごく浅いキスをした。


  「ーーありがとう」


  感謝の言葉がおれの口を付いて出た。

  真実ちゃんはもはや泣いている。

  小さな唇が紅く染まり、震えているように見える。


  この日がおれ達の、記念日だ。


  「……あの……私……」


  「ん? 何?」


  「ーー私からも、祐樹さんにお見せしたい物があるんです」


  そう言うと、真実ちゃんは泣きながらノートパソコンを取り出した。

  以前、使わなくなったおれの物を真実ちゃんにあげたやつだ。


  「『コッペリアの劇場』の続きを書いてみたんです」


  「!! マジで!? 凄いじゃん!!」


  これは嬉しい逆プレゼントだ。キスの次に嬉しい。

 

  ノートパソコンを開き、おれはワクワクしてそのメモ帳を読んだ。

  顔も可愛くて仕事も出来る。

  もう渡ツネオの野郎に『ポンコツ彼女』なんて言わせんぞ。



  「コッペリアの劇場

  昔、不幸で美しい女がいた。

  名前はまだ無い。」



  …………。


  し……んじつ……ちゃ……ん……。


 

  「……どうでしょう? 私、才能無いんでしょうか?……」


  おれは心の中で「うぐう」と唸った。

  何とも言い様が無かったからだ。


  「……いや、うん。名作からの引用はよくある事だし、こんなもんじゃないかな」



  キスの喜びが半分吹っ飛んだ。

  真実ちゃんも、なぜこのタイミングで読ませる。


  真実ちゃあああああん!!!!

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