表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/63

10

 


  「なあ、女ってさ。結婚させる為にワザと子どもデキる日に抱かせるって知ってた?」


  高校時代に、クラスのモテ男が言っていた言葉である。

  おれは何となくこの言葉を覚えていた。


  「おっかねえよな」


  そのモテ男は笑っていたが、風の噂ではそいつはもう既に結婚して子どもも2人いるという。

  掛かったんだなあ。


  とは言え、もうすぐ25歳の声を聞きつつも経験無しのおれであった。

  ましてや高校、大学時代のおれにそんな俗説は全く縁の無い代物である。


  しかし、今は違う。

  今のおれには真実ちゃんという可愛らしい彼女がいるのだ。


  (ま、まさか真実ちゃんもそんな破廉恥な事を画策していたり……!?)


  おれ、ワクワクしてきたぞ。


  ……って、いや。無いな。とおれは思った。

  彼女は、色気を感じさせない訳じゃないんだけど。

  性的な事には全く興味が無いのではないかというくらいケロリとした顔をしている。


  っていうか、おれ達子どもどころかハグもチュウもしてないし。


  でも、アレだな。

  真実ちゃんはヤンデレだから、その機が来て、その気になればそれくらいやるのかな。

  何だかおれ再度ワクワクしてきたぞ。



  「祐樹さん、どうして笑ってるんですか?」


  真実ちゃんが、パソコンのキーボードから手を放しておれの顔を除き込んだ。


  「あ、いやあ、真実ちゃんがやっと本格的に小説を書く気になってくれたんだなあって嬉しくて」


  何とか言い訳をした。


  おれは真実ちゃんの部屋にいた。

 

  「今度こそ、書こうと思うんです。それで……図々しいですけど、良かったら祐樹さんに、レクチャーして頂きたくて」


  真実ちゃんのそんな言葉に喜び勇んだおれ。

  仕事を頑張って、2日分の文章を1日で終わらせてここにいた。

 

  真実ちゃんはパソコンを持っていないらしいので、使わなくなったおれのパソコンをプレゼントする事にした。


  何でも、最近の学生はパソコンをあまり使わないらしい。

  論文だって、スマホで書けるアプリがあるからそれで済ませてしまう学生も多いという。


  だけどおれ的には、小説を書くのだったら大画面で全体を確認しながらやってほしい。

  それに、雰囲気という物もあるから、真実ちゃんには是非パソコンを使ってもらいたいのだ。


 

  真実ちゃんの部屋でおれと一緒に書くというのもグッドアイディアだ。

  何しろ彼女はおれの様子が気になり過ぎて小説が書けないんだからな。


  元凶? たるおれが付き添っていれば安心するだろう。

  これからは基本、そうする事にしようかと思う。


  「……まず、タイトルから書いていいですか」


  彼女は緊張感たっぷりといった様子で呟いた。


  「いいよ。書いてみて書いてみて」


  おれは真実ちゃんの『はじめの一歩』を促す。


  『コ』。


  コ?


  『コッペリアの』


  コッペリアの。


  『劇場』


  劇場。コッペリアの劇場。

 

  それが、彼女が初めて書いた『小説のタイトル』だった。


  「シンデレラのお姉さんを、操り人形になぞらえて付けたんです」


  「真実ちゃん、いいよ。凄く洒落てると思う」


  操り人形か。

  『閉じ込められる側』より『閉じ込める側』になりたいという彼女の願望も表していると思う。


  でも、おれの意見を言わせて貰えば。


  「『劇場』とかけて『激情』にするといいかもね。『激しい情』。お姉さんの人生が象徴されてるようで」


  勿論これはおれの勝手なアイディアだ。

  彼女の好きにしていい。


  「コッペリアの激情……」


  「あ、参考意見だから。おれのは別に気にしないで」


  真実ちゃんはかぶりを振る。


  「祐樹さんのアイディア、凄く素敵です。でも、お姉さんのその『激情』を上手く書けるか自信が無くて……」


  「いいんだ、気にしなくて。それに、タイトルなんてすぐに変えられるからね」


  さあ、次は本文の1行目。

  真実ちゃんはその美しい瞳を真剣にモニターに向ける。


  「……書けない……です……」


  真実ちゃんの涙が丸い頬を伝う。

  おれはギョッとしてしまった。


  「プロットは、少し作りました。でも、書き始めをどうしたらいいのか分からないんです」



  「『昔、不幸で美しい女がいた』。」



  おれは静かに言葉を紡いだ。


  今度は真実ちゃんが目を丸くしておれを見つめる番だ。

  おれは指先で真実ちゃんの純真な涙を拭ってあげながら言う。


  「1行目。おれからのプレゼント。良かったら使ってよ」


  「……はい!!」

 

  カチャカチャカチャカチャ、と、真実ちゃんはキーボードに指を走らせる。


 

  『コッペリアの劇場


  昔、不幸で美しい女がいた。』


 

  「……書けました……」


  「書けたね、真実ちゃん」


  さあ、これでもうラノベ作家志望でありながら1行も書いてない残念彼女なんて言わせない。

  まあ半分おれのアイディアだけど。


  「書けましたあ!!」


  真実ちゃんが、おれの両手を握りブンブンと振り回す。

  余程嬉しかったんだろう。

  おれも嬉しくなる。


  嬉しくなって、ついそのまま真実ちゃんの細い身体を抱きしめてしまった。



  ーーハグ、完了。


  真実ちゃんがどんな表情をしているのか顔は見えない。

  だが身体の方は緊張してカチカチになっているようだった。

  おれはついついまわした腕に力を込める。


  柔らかい。甘い良い匂いがする。


  名残惜しげに身体を離すと、真実ちゃんは涙を流すのを忘れて真っ赤になっていた。


  「……と、思ってました……」


  「え? 何?」


  おれもにわかに恥ずかしくなってしまった。

  多分おれの顔も真実ちゃんと同じくらい真っ赤だろう。


  「祐樹さんは、私の身体とかにご興味が無いんだと思ってました!!」


  真実ちゃんの爆弾発言。

  そんな訳ないじゃん……。


  でも、そうか。

  付き合って3ヶ月、おれが余りにも大切にし過ぎてるから心配になっていたのか。


  真実ちゃんにもそんな所があるなんて、気付きもしなかった。


  おれはもう1度真実ちゃんの身体を抱きしめて、


  「おめでとう」


  と彼女の耳元で囁いた。


  1行目を書いたら2行目。

  2行目を書いたら3行目。

  そんな風に少しずつ少しずつ積み重なればいい。


  それじゃあ書籍化は難しいだろうが。

  でも読者は最悪おれ1人(と、家族や知り合い達)だけでもいいんだし。


  夜は短し記せよ乙女。

  そんな言葉がよぎった。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ