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「ふあーあ、少し疲れたな」
ラノベの仕事をひと段落させて休憩しているおれであった。
思い出すのは、やはり真実ちゃんの事。
付き合って3ヶ月、初めて『彼女』の部屋に入れて貰って以来、おれは破廉恥極まりない事を考えていた。
「せっかく2人きりになれたんだから、ハグの1つもしてみたかったな」と。
いや、実際世のカップルというのはどれくらいの感覚を空けてハグだの……チュウだのをしているのだろうか。
ましてや、その、それ以上の事など。
真実ちゃんはあんな娘だし。
きっと何も考えてないに違いない。
おれ達はおれ達のペースで付き合っていこう。
そう決心する。
と、ここでおれは思い当たった。
おれの苗字は『吾妻あづま』だ。
もしおれと真実ちゃんが、け、結婚などしたら、真実ちゃんは『吾妻真実』になるんだな。
『吾が妻、真実』。
なかなか良い語呂合わせじゃないか。
「お兄ちゃーん、暇だったらタロくんを散歩に連れてってー」
「暇じゃねーよ」
高校生の愚妹、三幸みゆきがゴールデンレトリバーのタロくんを連れてやって来た。
いつもの事だが、ノックくらいしろ。
「新作のプロットを書くのに忙しいんだからな」
「でも今は暇そうじゃん」
三幸はブーブー言っていた。
ゴールデンのタロくんは「遊んでくれろ」と言わんばかりにおれに飛びかかってくる。
「今日は真実ちゃんは来ないの? 持って来てくれるお菓子楽しみにしてるんだけど」
「彼女だって大学の講義があるしな。そう毎日来られねーよ」
おれはタロくんの遊んで攻撃を制しながら答える。
この妹はお菓子の事しか考えてない。
「……それにしてもさ、お兄ちゃんが初めて真実ちゃんを連れて来た時はびっくりしたよ」
妹はタロくんの尻尾を撫でながら呟いた。
「お兄ちゃんはてっきり一生彼女が出来ないままだと思ってたのに」
「……お前、妹でも言っていい事と悪い事があるぞ」
それか、と妹は続ける。
「栄美ねえがお兄ちゃんの世話してくれるのかなーくらいに思ってたんだけどさ」
栄美、と聞いてドキッとする。
素城栄美すじょうえいみ。
おれの幼馴染であり。
売れっ子のイラストレーターであり。
おれの作品にイラストを付けてくれている仕事上のパートナーであり。
おれの事を好きであった子。
初めて真実ちゃんに会わせた時は、とても悲しそうな顔をしていた栄美。
それでも、祝福してくれて、仕事の方も降りないでいてくれて。
そしてーー。
真実ちゃんの、おれへのヤンデレぶりに若干引いていた子。
『剣士なおれとウィザードな彼女』の2巻がでるのなら、また栄美とも会わなければいけない。
「ところでさ、真実ちゃんとはもうチュウくらいしたの?」
「……お前に答える義理は無い」
「そっか! まだしてないんだあ!!」
愚妹がキャッキャと喜ぶ。
一体何が嬉しいのか。
「でも、ハグぐらいはしてるんでしょ?」
「ウルサイダマレ」
「それもしてないんだあ!!」
こいつ、妹じゃなくて男だったらグーパンしてた所だ。
……でも、やっぱり3ヶ月経ってハグも無しなんて遅過ぎるのだろうか。
おれはちょっと心配になってきた。
いずれはするとしても、おれのハグの仕方がぎこちなかったりしたら、真実ちゃんはガッカリするだろうか。
真実ちゃんとのハグの前に、練習をすべきなのかもしれない。
「おい三幸、ちょっとそこに立ってろ。目を瞑って」
おれは来たるべき真実ちゃんとの本番の前に、妹で練習をする事にした。
「えー、何で?」
「いいから、早く」
妹は部屋の中央に突っ立って、何でー何でーと言いながら目を瞑る。
意外に素直なヤツだ。
幸いなのかどうかは知らないが、真実ちゃんと妹は背格好が同じくらいだから練習するのには丁度良い。
おれは妹の肩にふわりと両腕を回し、キュッと抱き締めてみた。
お、なかなか良い感じじゃないか。
そのまま右手を腰のくびれまで伸ばそうとした時、おれの肝臓の辺りに激痛が走った。
「ぐおほ!!」
「この、変態!! タロくん、行こ!!」
兄たるおれの腹にワンパンをキメた三幸は、ワンコを連れて顔を赤くしながら部屋を出て行った。
……何もそんなに怒らなくても。
妹はその後の夕食時にも、おれの顔を見ようとしなかった。
そんな時に真実ちゃんからのメール。
「祐樹さん、お仕事捗ってますか? 会いたいな(ハートマーク)」
おれはホッコリとあったかい気持ちになって、すぐさま返信した。
「仕事はまあまあだよ。おれも今日は酷い目に遭ったし真実ちゃんに癒されたい」
その『酷い目』の内容についてはいくら聞かれても答えられる訳が無いおれであった。