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「それは、本当にマズってしまいましたわね。」
と、おれの相談にメール返信してくれたのは今売り出し中のエッセイ作家、中嶋聖良だ。
聖良とは2、3年前まだおれが引きこもりではなくいっぱしの作家だった頃、担当編集者さんを通じてパーティーで知り合った。
何でも、
「ラノベはあまり読まないけれども、亜流タイルさんの作品は興味深い。」
と褒めてくれたのだそうで、パーティーで(人見知りのおれにしては珍しく)意気投合しそれ以来たまにメール交換をする仲だ。
おれと違って今出版界で注目を集めている子だから栄美に対して同様多少の嫉妬の感情が無いといえば嘘になる。
しかしおれのファン兼唯一の貴重な友達である事に変わりはない。
涼しい目をした、利発そうな小柄で手足のほっそりとした美人だが、腐っても(おれが)同業者であるから当然ながら恋愛感情を持った事はない。
大体彼女はかなりの変人だ。
あの日以来、mamiさんからの「レスポンス」は文字通り目に見えて空虚なものになってしまっていた。
「夏祭りとか数年行ってないなあ。」
「図書館は涼しくて勉強がはかどります。」
「綿あめとか、女の子は好きだよね。」
「のど飴は2つ一緒に食べたら喉の痛みが治まります。」
こんな風に顔文字も無くちぐはぐな内容だし、何というか、以前のようなウキウキしながら書いてくれたんだろうなという打てば響くようなムードが感じられない。
おれはこの事に不安を感じ、とうとうたった1人の友人である聖良に今までの経緯をぶっちゃけ、情けない事に教えを乞いだのである。
聖良曰く、
「女の子に、他の女の子の事を話すのは全くもって懸命ではないですのよ。」
あの日おれは想い人のmamiさんに対して栄美の訪問について書いた。
そのすぐ前に、
「気になってる子がいる。」
などと思わせぶりな文を書いたそのすぐ後でだ。
成る程これでは勘違いをされても仕方がない。
「……でも、それって嫉妬って事か?」
mamiさんは、おれのことを少なからず1人の男として見てくれてるって事? だったら嬉しいんだけど。
彼女は自身のブログで、
「亜流タイルさんは異性の気持ちをよく分かってくれてる。」
みたいな事を書いていたけれど、それはmamiさんのとんでもない思い違いだったようだ。
いや、おれが悪いんだけど。全面的に。
でもそれだったら、
「願いが叶いますように(^人^)」
なんて書いてくれなければいいのに。
分からない。異性の気持ち、分からない。
「恋人なんて面倒くせーからいらねー。」
とか言ってる若者の気持ちが分かってしまった。
実際おれは、この半年強の間恋をしてきて、初めてmamiさんの事がただの面倒で人の手を煩わせる小憎らしい小娘みたいに思えてきた。
最低と言われても仕方がないが実際にそんな気持ちになってしまったのだ。
かと言ってすぐに忘れる事が出来るかと言うとそんな事はなく、逆にmamiさんの事で頭がいっぱいだ。
おれ、ヤンデレだからね。
聖良からの助言はこんな風に締めくくられている。
「挽回するには、その新しい同人誌を一所懸命になって完成させる事です。
さすれば道は自ずと開けるでしょう。」
なんか神社のおみくじみたいな返信だが、頭を切り替えて小説に打ち込むのも大事かもしれない。
おれは数年ぶりにネットではなく小説を書くためにパソコンの前に座った。プロットは大体頭の中に出来てる。
ひらひらのスカートが好きな、動物好きのヒロインが出てくる話だ。
パソコンはツイッターの画面を開いたままでいる。
ーーとそこに表示されていたのは、「フォロワー数10」。
1人、増えているじゃないか。
通知を開くと、こんなメモが残されていた。
「mamiさんがあなたをフォローしました。」