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  長過ぎず短過ぎずしなやかな手足。

  大きな、アーモンド型の眼とその下の涙袋。

  なだらかなラインでありながら意志の強さの窺える薄い化粧の施された眉。

  ーー整ってはいるが丸い頬のおかげか、全体的に少し幼さが残る。


  おれは、初めて見る真実さんの、大学2年生という年齢にしては美少女と呼ぶに相応しい可憐な容姿に見惚れてしまった。



  「亜流……タイル先生……ですよね?……」



  声も透き通っていて可愛らしい。

  もしおれの小説がアニメ化したら、ヒロインの声優にそのまま抜擢したいくらいだ。


  「ーーはい」


  おれはそんな風にごく短く返答する事で精一杯だったが、謝罪の言葉も紡ぎ出さなければいけない。


  「突然訪問してすみません。ーーチョコレートと手紙、受け取りました。ありがとうございます」


  チョコレートはとても美味しかったです、と付け加えると、真実さんは白く透明な頰を赤らめた。


  数秒、視線が絡み合ったまま互いの瞳から目が離せずにいた。

  切り出したのは真実さんの方からだった。


  「銀行に、行くんです」


  「じゃあ一緒に行きましょう。その後お茶でも」


  我ながらグイグイいってるな、と思いつつも、話したい事は沢山あったので。


  「……はい」


  真実さんからの承諾を得た。


  駅前までの道のりを2人、無言で歩く。

  沢山話したい事があると言ってもいざ会ってみると何から話せばいいのだか分からない。


  引きこもりを長い事やっていて、家族やその他知っている人間としか話してこなかった自分のコミュニケーションスキルを呪う。

 

  しかしおれは、会う前までと違い、真実さんと歩いていて不思議に落ち着いていた。

 

  逆に真実さんの方はギクシャクとしているようであった。まあ好きなラノベ作家兼好きな男がいきなり会いに来たんだから当然か。


  しかも告白したばかりの。



  銀行に着き真実さんの用事を終わらせると、彼女は、


  「あのお店、美味しい紅茶を淹れてくれるんです」


  と言って、銀行の向かい側にあるレトロチックな、丸太で出来たような建物を指差した。

  おれ達はその店で話をする事にした。


  おれはアールグレイを、真実さんはオレンジペコとやらを。

  真実さんの勧めてくれた紅茶は確かに美味しかった。

  付け合わせのクッキーも。


  「手紙、嬉しかったです。何回も読み直しました」


  「……」


  真実さんは俯き、細長い指でカップの取っ手を弄っている。


  「おれも、あの、マミさんの事が好きです」


  「…………」


  不安げな色が真実さんの目に浮かぶ。


  「読者として、ですか?」


  「いいえ、女の子としてです」


  「…………」


  唐突過ぎたか?

  真実さんは何かを迷っている様子だった。


  おれの小説に出て来るヒロインは、真実さん、貴女です。

  まずはそこから説明すべきだったかもしれない。


  「ぼくの小説に出て来るヒロインは、マミさん、貴女です」


  真実さんはカッと赤くなり、おれの目に視線を合わせた。

  そして、決意したように呟く。


  「……私、『マミ』なんて名前じゃないんです」


  「ーーはい?」


  おれは混乱した。


  え、何、人違い? いや、もしかして事情を知ってる友達かなんか?

  そう言えば、おれは1度も目の前の女の子に対して「時任マミさんですよね」って確認してなかった。


  でも、だからって友達の好きな人に付いてくるか?


  あ、分かったぞ。そうか、偽名って事か。

  宅配便の伝票に書いてあったのも、名前だけ偽名。


  でも何故そんな事を?


  考えを巡らすおれに対し、真実さんは言葉を重ねる。



  「本名は『しんじつ』って言います。シンジツイチロの真実です」


  「…………」


  今度はおれが黙る番だった。


  「亜流先生の御本を最初に手に取ったのも、ペンネームに惹かれたからなんです」


 

  『しんじつ』さん……親御さんを恨んだだろうな。

  でもまあーー良い名前じゃないか。


  真実一路ーー偽りのない真心をもって一筋に進むこと。『吾妻祐樹』なんて面白味も何もない名前のおれは羨ましいくらいだが。彼女の本名を知っておれはかえって嬉しくなった。

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