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それにしても真実さんがラノベ作家志望者だったとは予想出来ていなかった。
真実さんマスターが聞いて呆れる。
おれは、真実さんからの手紙を何度も何度も読み返し、やがて決意した。
明日には。
いや、今すぐにでも。
おれは真実さんに何らかの方法でコンタクトを取らなければならない。
数えてみたら、文面には『申し訳ありません』『ごめんなさい』『すみません』といった謝罪の言葉が13回も綴られている。
彼女はおれに対して持たなくてもいい罪悪感を持ち続けているんだ。
まずはそれを解いてあげなくては。
夜の10時。
電話をかけるには遅い時間帯だ。
でも、真実さんはおれからの電話を待っているのではないのか。
そんな予感があった。
スマホを手に取って、宅配便の伝票に記載されている真実さんの電話番号にダイヤルした。
ーーコール音はやがて留守番電話の案内サービスへと変わる。
「まだ電話に出る勇気が無い」。
それが今現在の彼女の正直な気持ちであるようだった。
予感は外れたのだろうか。
いや、彼女はおれに告ってきたんだ。返事が気になるに決まってる。
「告ってきた」。
ーーおれは真実さんに「恋をしてしまいました」とはっきり告白されてしまったのだ。
これでもうおれ達は、おれが正式に返答さえ送れば彼氏彼女の関係になったも同然だ。
ーーいや、おれがまだ返事をしていないなんて、そんな事はもう誤差の範囲と言っていい。
おれ達は既に恋人同士だ。
おれはイケメンを自負しているが、彼女という存在が出来るのは初めてなので多少戸惑いの気持ちがある。
昔から残念な美男子と男女共によく言われた。特に妹に。
だが、その戸惑いも吹っ飛ぶ程真実さんからの愛の告白は嬉しさを通り越して陳腐な表現だが天にも昇る気持ちであった。
真実さんと初めて「会った」時、あの匿名掲示板で(渡ツネオに)中傷されているおれを擁護書き込みしてくれた時の嬉しさをも思い出した。
ふと、手紙と一緒に贈られてきた「メインディッシュ」たる小箱が目に留まる。
薄いクリーム色のラッピングに、淡いピンク色のリボン。
何だか真実さんらしい色使いだな。
真実さんの容姿、後ろ姿しか見た事無いけど。
本当はそのまましばらくの間飾っておきたいくらい可愛い箱だったのだが、中身を食べないのも勿体無いし、バレンタインに間に合うよう一生懸命作ってくれた真実さんに申し訳ない。
そろそろと、「彼女」が手ずから結んだと思われるピンク色のリボンを外し、ラッピングの紙までをも傷付けないよう細心の注意を払いながら犬の形をしたシールを剥がす。
白い箱の中には、トリュフと言うのだろうか、小さなボール状のコロンとした塊が8つ、包装紙に包まれて入っていた。
その1つを、口に入れる。
さてその味は。
「甘……」
と言っても勿論、不快な甘さではない。心地良く舌の上で蕩けていく。
その甘さは繊細で、香り付けにはバニラが使われているのだろう、アイスクリームなんかでお馴染みのあの香りが鼻をくすぐる。
所謂「お店のような味」。どうやら真実さんはお菓子作りが相当得意な子であるようだ。
何より、愛情がこもっている。と、思う。
全部を一気に食べてしまうのは勿体ないので、1日2粒まで。
賞味期限は……。まあ、大丈夫だろ。
きっと腐りにくいように薬草が入ってる。
ーー彼女、魔法使いだし。
真実さん、君からの気持ちを無事受け取る事が出来たよ。
それをまず、彼女に伝えたい。
おれはスマホを再度手に取り、ツイッター画面を開く。
ポチポチとよく考えながらツイートをする。
「本日、編集部さん付けで贈り物を頂きました。兎に角、嬉しかったです。ありがとうございますm(_ _)m」
おれは、決めた。
電車を乗り継いで直接真実さんに会いに行こう、と。住所や電話番号は、きっと真実さんからの来て欲しいというメッセージが込められているに違いない。偽住所って事は……無いだろう。多分。
そしてその頃、例の掲示板ではこのツイートがちょっとした物議を醸していたという事はおれの預かり知らぬ所であった。