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  翌日。2月1日。

  とうとうおれの本の発売日が来てしまった。


  事前に編集部から送られて来た、栄美が描いたイラストの輝かしい本の表紙を見て、ああおれはラノベ作家として今復帰の道を歩みつつあるのだなと感慨に耽った。

  売れ行き次第だけど。


  ページを開き、顔を近づけてスンスンすると独特の紙の匂いが鼻腔をくすぐる。

 

  これだ、この匂いと出会うのは3年以上ぶりだ。おれは感動に打ち震えた。



  「祐樹にいー、本屋さん行ってみようよ! 『剣士なおれとウィザードな彼女』置いてるか見に行こうー!!」


  その日は結局、一人暮らししているマンションには帰らずに実家(おれの家の隣り)に泊まった栄美が朝っぱらから迎えに来た。


  「……だが断る」


  正直、部数も少ない事だし本当に置いてくれている本屋さんなんてあるのか自信が無かった。

  置いてあったとしても1冊も売れてない様子だったら早くもショックで寝込みそうだったのだ。


  「何言ってんの、『亜流タイル先生』!! 2度目のデビューでしょ!!」


  栄美は引きずり出す気満々なようで、おれの腕を掴んで『偵察』の為の外出を促した。

  『偵察』なんてかっこ悪いな。


  しかし、栄美に言われずとも気になるのは確かなのだ。

  仕方がないから外着に着替えて、冷たい風の吹く中、近所の本屋を目指す。


  「小さい本屋だからな。売ってないんじゃないのか」


  「もしそうだったら、都心の本屋に行ってみようよ。平積みされてたらどうする?」


  「その平積みが全然減ってなかったら嫌だな」


  果たして、近所の本屋には……。


  あった。1冊だけあった。

  既刊のラノベに挟まれて本棚でシュリンクに包まれ青色の背表紙をこちら側に見せてくれていた。

  1冊だけとはいえ、こんな小さな本屋に入荷してくれているというのはかなり嬉しい。


  「……あったね」


  「ああ。あった」


  おれと栄美は視線を向け合い、がっちりと握手した。鈴元さんの言った通り、これで実質共にゴールデンコンビの復活だ。

 

  ゴールデンコンビと言っても、数年前おれはフェイドアウトして栄美だけ成功への階段を駆け登って行った訳だけど。


  「……祐樹にい、やっぱり都心の大きい本屋に行ってみよう。ここにあるんだもん、きっとそういう所ならもっと扱い大きいよ。そして売り場の写真を撮ろう」


  ポッと褐色の肌を紅く染めながら栄美は興奮して騒いでいる様子。

  栄美はおれの事好きだったんだという点にようやく気付き、握手したお互いの右手を自然に、ゆっくりと解いてからおれは言った。


  「……じゃあ行ってみるか」


  栄美が嬉しそうな表情を浮かべる。





  「……いや、やっぱりやめよう」


  秋葉原の大きい本屋の前。

  ここでは、ラノベや漫画を数多く取り扱っている為当然おれと栄美の本も新刊として面出しされているはずだ。


  はずなのだが、もしそうでなかったら。

  他の本に紛れて2〜3冊しか取り扱ってなかったら。

  大きい本屋である分、急にプレッシャーが襲ってきた。


  「ここまで来て、何行ってんのー。絶対大丈夫だって!!」


  栄美はおれの腕をグイグイと引っ張り入店を強行しようとしていた。


  ラノベコーナーに着いてしまったが、おれ達の本は見当たらない。


  「……あれ、おかしいな。新刊の所かな?」


  栄美が焦っている。何だか責任を感じているようだ。


  「……ほらな。もう、帰ろう。飯だけ食って、家に帰る」


  早くも失望してしまったおれは、あえてよく探しもせずラノベコーナーを後にしようとした。


  「ちょっと待ってって……。あ、ほらあったあ!! あったよ、祐樹にい!!」


  栄美の歓喜の声が広いフロアに響き渡る。


  『剣士なおれとウィザードな彼女』は、1冊分のスペースだが平積みで置かれている。

  どうやら、上に他の本が紛れて置かれてしまっていた為に素早く見つけられなかったようだ。


  「ほら、平積みだよ平積み。写真だ写真!!」


  「やめろ、店内だぞ!」


  スマホで写真を撮ろうとする栄美と撮る、やめろを繰り返している内に、おれ達の隣りに1人の年若な男性が通り掛かった。


  大学生くらいだろうか。

  彼は『剣士なおれとウィザードな彼女』を手に取り、何やらジッと考え込むようにしてから本を元の位置には戻さず、手に取ったまま去って行った。


  「……見た? 祐樹にい。最初の『お客様』だよ」


  「いや、でもまた元に戻しに来るかもしれないし」


  「じゃあ、ストーキングしよう」


  呆れた事に栄美は大学生? くんの後を本当に追い始めた。失礼だし不審者みたいだからやめろと言ってもきかない。


  そして、その大学生? くんはーー。


  他の本と一緒に無事、レジまで運んで行ってくれたのであった。

  目の前で自分の本が売れて行くのを見るのは、同人誌即売会以外では初めてだ。


  おれと栄美はまたもや固い握手を交わしそうになったが、やめておいた。

  流石に人が沢山いる場所では憚られる。

  栄美だってそれくらいの配慮はするヤツだ。写真は撮るが。


  しかしおれは栄美と、というよりその自分の目で確認した中では初めてのお客様である大学生? くんに抱擁でもしたい気分だった。

  目の前で買って貰う事がこんなに嬉しい事だとは想像も付かなかった。

  栄美は大学生? の君を最敬礼で見送っていた。


  栄美イラストが目的でも、良いんだ。兎に角おれの作品を読む切っ掛けとなってくれれば。


  その日は他の本屋も廻ってどれくらい入荷しているかと在庫状況を確認し、一喜一憂して疲れてしまった。

  それでも、記念すべき良い日だったと思う。


  一人暮らしのマンションへと帰って行った栄美と別れ、思い立って、最初に入った近所の小さな本屋に再度行ってみた。

  おれ達の本、『剣士なおれとウィザードな彼女』は、既に棚から消えていた。


  売れていたのだ。



  1日の締めくくりに、おれはツイッターで呟く。


  「本日白鳥出版様から発売されました『剣士なおれとウィザードな彼女』、無事書店さんに置いて頂いているようです」


  栄美の送ってきた書店さんの様子を撮った写真を一緒にアップする程までに、おれは浮かれ切っている。

  そんなのは絶対恥ずかしいと思っていたのに。



  すると、いいねが押された。



  mamiさんか? いや、そんなはずはない。

  見ると、フォロワーさんの1人から返信まで届いている。

  開いてみると、こんな嬉しい文章が綴られてあった。


  「『剣士なおれ』、本日秋葉原の某店で入手しました。面白かったっす〜。続編希望します」


  秋葉原か。おれと栄美が今日一日中歩き回っていた場所だ。もしかしたらこのフォロワーさんともすれ違っていたのかもしれない。


  いやまさかとは思うが、もしや最初に本を手に取ってくれた『大学生? の君』かもしれない。

  いずれにせよ好スタートのようで嬉しい。


  後はmamiさんが読んでくれているかどうか。彼女は、何だかんだ言ってもおれの事を無視し切れない子だから。


 

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