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この辺でおれの想い人たる、後ろ姿しか見た事の無い『mamiさん』像を、溜まりに溜まった妄想も交えて語らせて貰いたい。
彼女は束縛が強く行動力がある割に気が弱い所もある。
急にツイッターのフォローを申請してくるという行動力と、夏の同人誌即売会の打ち上げに1人でこっそり付いてくるというクソ度胸。
そして何より、おれのツイートやメッセージに分単位で返事をしてくる精神力。粘り強さ。
だが、おれがちょっと怒ってみせたくらいでそれを右から左に受け流すくらいの『煽り耐性』や『図々しさ』が無い。
きっと良い所のお嬢ちゃんなんだろう。
一人娘だったりして。
しかし一言で言うと、打たれ弱い。
だからこそ、匿名ネット掲示板で叩かれているおれ(その叩きの殆どが渡ツネオによるものだと判明はしたが)に感情移入して擁護してくれたりしたのだ。
イジメられている者を見過ごす事の出来ない正義感もあるはずだ。
そんな彼女だが、まさか好きな男でもなしにツイートやメッセージに一日中張り付くなんて事は無いだろう。
mamiさんは、きっとおれに恋している。
即売会や飲み屋で見掛けたイケメンのおれを見て、いや、それより前の文章だけで交わっていた段階で。
そう勘違い? させられるくらいには、おれとmamiさんは毎日毎日甘いメッセージの交換をし続けたのだ。
名前は、どうだろう。本名だろうか。
本名だとしたら、どんな漢字をあてるのか。
真美?
麻実?
眞美?
魔美って事は無いだろう。
まみ、マミもあり得る。
どんな字でも可愛い。まあ他の名前という可能性もある。
そして容姿だ。
正直、彼女がどんな顔立ちをしていようと個人的にはどうでもいいとは言わないが、まあそれ程重要な事じゃない。
かと言ってあんまり酷いのも美を愛し美少女に対する夢を読者に贈る仕事のラノベ作家(の端くれ)としては躊躇してしまう。
そうだな、昨今ブレイクしている若い女優さんや歌手とまではいかなくとも多少は整っていて、しかもふんわりとしたオーラも持っていてほしい。
でも、怒りっぽい所もあるからキツイ系のお嬢さん美人でも悪くない。
後ろ姿は見た。
ふんわりとした長い茶髪に、高過ぎず低過ぎない身長。痩せ型だった。
そしてひらひらのスカート。
胸の方はそうだな……。いや、よそう。mamiさんに失礼だ。
おれはいつになったらmamiさんに会えるのか。
mamiさんを傷付けたこの後に及んでおれはそんな事を考えていた。
mamiさんの事は、新作も含めて散々ヒロインやサブヒロインのモデルにさせて貰った。
もうおれはmamiさんの『イメージ』と励まし無しでは小説が書けない所まで来ていた。
はっきり言ってしまおう、彼女はアイディアの宝庫だった。
急に思い付いた。
大晦日のあの時、のんびり初詣なんかに行かず彼女のブログ(mamiさんのツイッターアカウントは消されていたので)のコメント欄にでも
「亜流タイルです。先程はすみませんでした」
とでも書けば良かったのだ。いくらおれも怒っていたとは言え年上の余裕でそれくらい出来たはずだ。
しかし思い付いた時には既に遅し、ブログすら閉鎖されていた。
これでもう、mamiさんとの繋がりは彼女の方から連絡して来ない限り永遠に絶たれた事になる。
彼女は、徹底している。
気丈な時もあれば、すぐに引く弱さもあると、おれはさっき書いた。
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「『剣士なおれとウィザードな彼女』、正式に発売広告を出しましたよ」
おれは今、最初にこの作品について語り合った喫茶店で、担当編集者の鈴元忠弘さんと向かい合っている。
「本当ですか!」
これでツイッターでもちゃんとした告知が出来る。
mamiさんの事だから、おれのツイッターまで読むのを止めるという事は無いはずだ。
いや、これはおれの願望……と言うより、予感であるのだが。
「後は、発売日を待つだけですね」
鈴元さんの話では1万5000部との事だ。多分大手の出版社の中では少ない方なのだろうが、それでも嬉しい。
何と言っても、プロ復帰の切っ掛けとなってくれるかもしれないのだから。
鈴元さんと別れたおれは、早速スマホを取り出しツイッターに書き込んだ。
「来月の2月1日に、白鳥出版様より『剣士なおれとウィザードな彼女』を出させて頂く事になりました。去年の夏に出しました同人誌の改訂版となります。よろしくお願い申し上げますm(_ _)m」
mamiさんが本を手に取ってくれる事を祈ってスマホを鞄に入れる。
家に着くと、何故か栄美が茶の間でお茶を飲んでいた。
「? 何でお前がいるの?」
「お正月に帰れなかったから、今里帰りしてるの」
ズズズとお茶を啜りながら栄美は言う。
栄美の足元ではワンコがスヤスヤと眠っている。
邪魔な妹も今は帰って来ていないようだ。
「そうか。あ、例の本、正式に発売広告出して貰えたぞ。
お前の方でも宣伝してくれよ」
「分かった。祐樹にいの部屋に行こう」
……本当に分かってるのかこいつは?
大した仕事じゃなかったかもしれないけど、お前の本でもあるんだぞ。
仕方無しにおれの部屋に入ると、栄美は開口一番こう言った。
「……あのさ、どうして、渡ツネオさんと私を会わせようとしたの?」
ドキンとした。
渡と栄美をくっ付けようとして会わせた訳では決してない。
それでも、おれは重い鉛玉を飲んだように胸が痛くなった。