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  おれの大好きな声優、柳田雪乃さんはテレビを通して見るよりも小柄で、華奢な体躯をしていた。


  ブルーのワンピースが似合う、落ち着いた感じの人だ。

  こんなに華奢で大人しそうなのに凛とした大きな声で素晴らしい演技が出来るのだから、もう天賦の才としか言いようが無い。


  「亜流タイルさんて、そう言えば、お珍しいペンネームですよね。

  星が好きなんですか?」


  渡のアニメが始まるまでの間、雑談の中で柳田さんはこんな質問をおれに投げかけた。


  そう言えば、匿名掲示板の中でmamiさんにも「名前はダサいけど」と指摘されてたっけ。


  おれはふと懐かしく切なく思い出す。


  そして緊張しいしい、


  「えっと、それはですね……」


  と柳田さんに何と答えたものか考えていると、丁度渡ツネオが


  「皆さん、おれ氏のアニメが始まるまであと10分を切りました。

  グラスは行き渡りましたか!?」


  と叫んだ。

  丁度、柳田さんと和やかに話している時の栄美のムスリとしているようでいて寂しげな様子に辟易していた所だ。


  「ああ。さっきからもう飲んでるけど」


  おれが糞真面目に答えると、


  「馬鹿かお前は!? こういうものは乾杯の音頭を取ってから口を付けるものと決まっているだろ!?」


  見ると、成る程おれ以外の人達は皆グラスは持ちつつ飲んではいないようだった。

  柳田さんに会えて緊張していたせいか、ついアルコールが欲しくなってしまったのだ。


  「じゃあそういう訳で亜流タイル、お前が乾杯の音頭を取ってくれろ」


  渡が命令をしてくる。まあ仕方がない。


  「えーと、それでは皆さんご起立願います」


  全員がグラスを手にしてソファから立ち上がる。


  「渡ツネオくんの作品、『ビショ取り』のアニメ化を祝しまして……」


  作品の正式名称が長過ぎて全然忘れていたので『ビショ取り』で誤魔化す。

  こういう時、略称があると便利だ。


  「乾杯いたしましょう。よろしいですか? かんぱーい!」


  カチン、カチンとグラスをぶつけ合う音が部屋中に響き渡る。

  渡は感動して男泣きに泣いているように見えた。


  なんという感動しいのヤツだ。

  これは別にアニメ化したからっていう嫉妬じゃない。決してね。


  「あ、始まりましたわね」


  60インチテレビの画面を指差し、中嶋聖良が呟いた。


  ……と。

  渡と柳田さん、もう1人の女性声優さんが口をつぐみ、ソファに腰掛けて真剣に画面に観入り始めた。


  意外だった。


  もっとこう、皆でキャイキャイ言い、喜び合いながら観るのだろうと思っていたから。

 

  「何か、静かだね」


  横に座っている栄美がおれだけに聞こえるように呟く。


  「……ああ、真面目だな」


  3人の『アニメ関係者』達の迫力に気圧され、おれと栄美と聖良も借りてきた猫のようにじっと観ているしかなかった。



  しかし、真面目そうなツラの中にもドヤ顔の表情が見て取れるのが渡らしさである。



  『ビショ取り』の原作は全巻買ったはいいが感性が合わなくて1巻までしか読んでないおれだが、当然ストーリーの最初の方から作られているのでアニメと原作を比較して観る事が出来た。


  柳田さん演じるヒロインもさすが可愛らしく元気いっぱいの可愛いキャラになっていたし、もう1人の女性声優さんの声も魅力的だ。

  作画も主題歌も良いと思う。


  何より、渡の原作にプロデューサーさんの個性が混じり合って世界観がより明るくなってるのが良い。


  エンディングが流れ、次回予告が終わるまで渡を始めとした『アニメ関係者』3人はじっとしたままだった。




  そしてアニメが終わって、何だか緊張が取れたようでおれはホッとした。

  栄美や聖良も同じなようだ。


 

  「素晴らしいアニメだった!!」


  渡が叫ぶ。


  「作画も世界観も良かったし、何より声優さんの演技が良い!!」



  気付くと渡は1人でスタンディングオベーションをしていた。



  おれ以外の全員が、そんな1人で立ち上がっている渡に気を使い、すぐに立って拍手をしてあげていた。

  栄美に突っつかれ、仕方なくおれも立ち上がる。


  「面白かったと思うよ。良かったな、良い感じに仕上げて貰って」


  拍手をしながら渡に近付き、ポンと肩を叩いてやった。


  「ああ、どうした亜流タイル!!

  褒めてないでお前もおれ氏の所まで早く上がってこい!!」


  上がってこいときた。これには多少ムカッときたがかなり有頂天になっている渡に両腕を掴まれガクガク揺さぶられたので文句を言う事も出来なかった。


  そこへ柳田雪乃さんがフォローをしてくれる。


  「本当に良いアニメでしたね。

  今は『ビショ取り』に全力投球しますけど、亜流さんの作品もいずれアニメ化したら私を使ってやってくださいね」


  「なーに、コイツの作品がアニメ化するまであと30年はかかりますよ」


  バシバシとおれの背中を叩く渡の手を振り払い、


  「あー、腹減った」


  おれはワインとオードブルに手を付けた。


  ……しかし、前は「20年かかる」と言ってた癖に勝手に10年増やすなよ。


  ただ「不可能」とは言わない所におれへの複雑な思いが見て取れるぞ。

  渡は決して(少なくともおれに対しては)お世辞は言わないヤツだ。


  それにしても、おれの原作で柳田雪乃さんが出てくれたらサイコーだな、とおれは夢想した。


  そして、妄想の中で一緒におれ原作のアニメを観ているその隣りには、言うまでもなく……。mamiさんが居たのであった。






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