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クリスマスイブの日。
メッセージを送ったのにmamiさんからの返信が無かったのはおれを不機嫌にさせたし、また大いに凹ませた。
「じゃあ素城さん、亜流くん、よいお年をね」
「お2人共よいお年をー!!」
「……ああ。よいお年を」
あの日高級モツ鍋屋を出たおれ達は、まあ勿論全額渡ツネオが奢ってくれたのだが(借りだ、借り。栄美は払いたくて仕方のない様子だったが)、めいめいに帰路に着いた。
不機嫌になったとはいえそこは年上の余裕、電車の中でもう一度mamiさん宛てにメッセージを送ってみた。
「お友達とパーティーですか?
( ^∀^) あまり遅くならないようにしてくださいね」
やっぱり返信は無い。
「mamiさんの家に今夜サンタさんが来ますように(o^^o)」
我ながらしつこいし文面も気持ち悪いかと思ったが、いつもマッハのスピードで返信を返してくれるmamiさんが、口を閉ざし続けている。
まさか、事故とか。
何か遭ったんじゃないのか。
栄美が待ち合わせ時間に遅れた渡に言った言葉を思い出した。
『んー、何か事故にでも遭ってなければいいけどねー』
縁起が悪い。
それとも重い病気で動けないか。……前の日まで元気にツイートしてたのに?
ーー彼氏がいる可能性も捨て切れないが。
イブの日にこれは、事故や病気よりはいいとしても考えたくない事ではあった。
こんな時、電話番号が分からないのがもどかしい。
しばらく様子を見てみようと思い、その日はすぐベッドへ。
ところが、あくる日になってもmamiさんからの連絡は来ない。
そのあくる日も、あくる日も。
おれはメッセージを送り続けた。
「最近どうしましたか?_φ(・_・」
「インフルエンザですか?:(;゛゜'ω゜'):」
「今病院にいたり、しませんよね?_(:3」z)_」
ある時はパソコンの画面で。ある時は白鳥出版に向かう電車の中で。
何度も、何度も。
もしかしたらmamiさんは精神の病に罹っているおれの作り上げた可哀相な妄想なのではないかと疑い始めた頃。
1週間後の大晦日。
mamiさんからのメッセージが届いた。
「亜流先生、お久しぶりです!
(^ν^)」
「やっとクリスマスの辺りから壊れていたスマホを、新調しました(о´∀`о)」
「亜流先生、この1週間の間にメッセージ頂きましたよね?(*_*)
パソコンも持っておらず返信出来なくてごめんなさい!!m(__)m」
成る程。
スマホか。
とにかく、事故や病気ではなかった。
それはとても喜ばしい。嬉しい。
……でも、随分ノリが軽いんじゃないか?
こっちは1週間もまんじりともせず待ち続けていたのに。
ーーいや、でもそうだ。
事故や病気ではないという事だけを素直に喜べば良かったんだ。
それなのに、おれは。
「ははあ、スマホですか。随分軽い御理由だったんですね」
顔文字無し。
mamiさんは、こう返信する。
「新しいスマホを買うのにお金が無くて。買って貰ったばかりだから壊れた事は親にも言えず……d( ̄  ̄) スーパーでマネキンのバイトをしてやっと買えたんです。ごめんなさいm(__)m」
スーパーのマネキンというのは、あれか。学生の女の子がよくやってる、試食販売のアルバイトか。
あの、速攻でバイト代を貰える事もあるという。
可愛いじゃないか。
おれの為に? 想像だが、エプロンと三角巾を身に付けバイトをしてスマホを買ってくれたなんて。
「ネカフェや学校のパソコンを使うとゆー選択肢は無かったのでしょうか」
……何を書いているんだ? おれは。
mamiさんはバイトをしてたって教えてくれてるじゃないか。
それでもmamiさんは説明をし続けてくれる。
「考えたんですけど、ネカフェや学校のパソコンだとパスワードを使うのが怖くて(OvO) 本当にごめんなさいm(__)m」
「そうですか、勝手に色々と心配してました。何事も無くて良かったです」
「だけどどうもおれとmamiさんの間には温度差があるようですね」
「しかし、今まで特定の読者さんだけとメッセージ交換してたのが変だったんですよね、逆に」
やめろ、やめろ。
いくら1週間分の我慢があったからって、『手が滑る』なんてもんじゃねーぞ。
素直になれよ、「連絡を貰えて嬉しい」って。
何書いてんだよおれ。
しかし遅かった。
『特定の読者さん』という言葉はmamiさんの心を大いに傷付けたようであった。
だって、今まで彼氏彼女のように毎日メッセージを送り合っていたんだから。いくらヤンデレのmamiさんでも……いや。ヤンデレだからこそ傷付いて引いたのだろう。
mamiさんからの返信はこうだった。
「ごめんなさい。フォロー外します」
「今まで図々しくて気が利かなくてごめんなさい」
顔文字無し。
この言葉を最後に、フォローは外され、2度とmamiさんからツイッターでのメッセージが来る事は無かった。
勿論、いいねも。
そしてmamiさんのツイッターアカウントも消されていた。
まあつまり端的に言うと、よりにもよって大晦日の夜、おれはmamiさんと喧嘩みたいな事をしてしまったのだ。
ーー勿論、顔を合わせてではなくいつものようにツイッター上で。
だけどこの喧嘩はーーいや、おれが一方的にmamiさんを傷付けただけなのだがーーきっと後々の2人の為に必要な事だったんだと、おれは信じている。
おれはmamiさんの後ろ姿は見たがどんな顔をしているのかは一切知らない。
一切知らなかったのに、どうしてこんなにもキツいんだろう、精神的に。
0時をまわって、おれは近所の神社へと初詣に出掛けた。
「え!? 初詣行くの!? じゃあ私も連れてってよ!!」
「悪い、今日は1人で行きたい」
未成年である妹のずるーい! という声を後に残して、おれは冷気の中を歩いた。
途中、同じ神社に行くであろう人々が大勢歩いている。
神社はなかなかの盛況ぶりだった。
お賽銭も随分貯まっただろう、結構な事だな。
御手水で手を清める。
おれの心のように冷たくて手が凍りつきそうだ。
お賽銭は奮発して3千円。
ペコペコとお辞儀をして、拍手を2回鳴らす。
「どうかmamiさんがこれからも無事で心身共に健康で幸せに過ごせますように。
来月発売するおれの本がそこそこでも売れますように。
そしてどうぞ、mamiさんがその本を手に取って、おれの書いた小説からあの子自身の魅力を見付けてくれますように」
ヒロインのあの女の子はmamiさんなんだ。
もう一度ペコリ。雪が降ってきた。
寒い訳だ。
『願い事が叶いますように』
これはいつかの……確か去年の初夏頃のmamiさんの言葉だ。
おれも本気でそう思った。
おみくじを引いたら凶がーー『待ち人来たらず』ーー出たので、しっかりと境内に結んできた。
結論だけ言う。凶のおみくじは当たらない。
本当に断じて、当たっちゃいなかったのである。
それとも、結んだから良かったのだろうか。
次の幕が上がる事になる。
今回多少の鬱展開ですが、最後は必ずハッピーエンドです。