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すっかり本格的な冬がやって来た今日この頃。
校閲や後書き等、書籍化の「仕上げ」作業をそろそろやって、結構忙しいおれのスマホに見慣れない番号からの着信音が鳴り響いていた。
普段は知らない番号の着信は出ないようにしているおれだが(まあ着信自体少ないのではあるが)、ちょっと思い当たる事があったのでもしやと思ってボタンを押してみる。
ーー果たしてそれは、栄美にご執心の渡ツネオであった。
そう言えば番号を交換していたんだったが、アドレスに入れ忘れていたのである。
「おい、恩人たるおれ氏の電話を待たせるなんて失礼なヤツだな」
相変わらずの渡節。
「悪い、番号入れ忘れてた」
正義感強くも正直に謝るおれにギャーギャーと文句を言う渡に、
「栄美との飲みの件だろ」
と突っ込むと渡は途端にしおらしくなる。
「そそそそうなんだ。すすす素城さんの予定はどんなふうかな」
「さあな。年末だし、アイツも仕事仲間と忘年会なんかで忙しいんじゃないの」
「それでな、おれ氏、クリスマスイブなんかどうかなーと思ってるんだけど」
「クリスマスイブだあ!?」
あの伝説の、リア充イベントであるクリスマスイブ!?
「アホかお前!! お仲間いっぱいの栄美がイブに予定入ってない訳がないだろ!?」
「そそそそうなんだがな。素城さんは、好きな人はいても彼氏はいない訳だろ?
もしかしたら素城さんとイブを過ごせるチャンスかなーと思ったりしなくもなかったり」
ダメだコイツ。
どんなに小説が売れようとアニメ化しようと、引きこもりのおれ以上に空気を読む力がなってない。
それに、その「好きな人」って99パーセントの確率でおれなんだけどもね……。
「……まあ一応聞いてみるけどさ。あんまり期待するなよ」
「期待、期待な。ちなみにな、高級イタリアンが駄目って言われたから安くて美味いモツ鍋屋を予約しておいたぞ」
既に予約してんのかよ。しかも、イブにモツ鍋屋。
コイツよくこんなんで人気作家になれたな。
しかし栄美の好きそうな店をよくリサーチしていて凄いとも思う。
渡との通話を切って、おれは早速栄美に電話をかける。
「祐樹にい!? 珍しいじゃーん!!」
嬉しそうな声でおれの電話を迎える栄美。
心がチクリと痛む。
栄美と話すのも、伊東への温泉旅行に行って以来だから約1カ月ぶりだ。
「どうしたの!? 書籍化ポシャった!?」
悪魔みたいなセリフを吐く栄美を無視し、本題に入る。
「……えーと、あのさ。栄美、クリスマスイブって空いてる?
予定入ってたら無理しなくてもいいんだけど」
「……クリスマスイブ……?」
栄美の声色が変わる。
明らかに、乙女チックに何かを期待している雰囲気がひしひしと伝わってきて、おれはまた胸が痛くなる。
「ーーいや、分かってるだろうけどデートとかじゃなくて。
ほら、大分前に渡ツネオがお前に会いたがってるって言っただろ?
アイツ、早まってイブに店の予約いれちゃったらしくて」
「……あ、なんだそうか」
栄美は残念そうに小さな声で呟く。だが、
「それって、祐樹にいも行くの?」
と、すぐに明るい声を出す。
「そのつもりだけど。いくら何でも知らないヤツら同士を2人っきりにする訳にいかないもんな」
「祐樹にいとクリスマスイブ、かあ」
栄美は、フフッと嬉しそうに笑う。
「イブは、空いてるよ。いや、空かす!! 楽しみにしてるからね!!」
「『空かす』って……。無理しなくてもいいからな」
「大丈夫だよ、その予定は確定事項じゃないし」
そんな訳で、日々は流れ、その間mamiさんとのネットデートもおれ的には甘く和やかに交わし、イブのその日は渡の指定した駅の東口に栄美と共に立っていた。
相手が渡だからもっと遅れても良かったが、予約した時間に行かなければお店の人に迷惑がかかる。
「渡のヤツ、遅いな。アイツから誘ってきたくせに……」
ブツブツ言うおれに、
「んー、何か事故にでも遭ってなければいいけどねー」
等と栄美が物騒な事を言う。
そこへ、
「や、やあ、すすす素城さん。亜流くん。待たせたかい?」
と登場したのはこれからモツ鍋屋に行くというのにカッチリしたスーツに上等のコートを羽織った渡ツネオ。
……いや、駄目とは言わないけどさ。
「は、はじめまして、渡ツネオです!」
「素城栄美です。はじめまして!!
と言っても、パーティーで何回かお見かけしてますけどー」
人懐っこい栄美が朗らかに挨拶する。
モツ鍋屋という事で、今日の栄美は食べている間に暑くなってきてもいいようにマトリョーシカの如く脱ぎ着をしやすい服装だった。
渡にとってはさぞかし嬉しい展開になる事だろう。
しかし渡の案内で連れられて行ったモツ鍋屋は、「安そう」なんかでは全然なく、何でも福岡に本店があるというまたしても高級そうな店だった。
栄美の顔付きが不安げなそれに変わる。
渡ツネオ……コイツは本当に空気を読むのが、致命的に下手だ。
聞けば栄美は、同人仲間の飲み会をキャンセルしてまで来てくれたというのに。