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  「ごゆっくりどうぞ」


  温泉旅館のなかなか立派な広めの部屋。

  仲居さんの丁寧なお辞儀にありがとうございますと応え、おれは久しぶりの畳の部屋に思い切り寝そべった。


  「良い部屋じゃーん!! 綺麗だし! あ、栄美ねえの方が綺麗だよ!!」


  意味の繋がらないどうでもいい冗談を言いながら妹が必要以上にはしゃぐ。

  と言ってもこれがコイツの通常状態だが。


  「……それにしても、お前らはおれと一緒の部屋で大丈夫なのかよ」


  「べっつにー? 逆に祐樹にいは嫌なのぉ? 私とお・な・じ部屋で!」


  栄美がニマニマしながら言う。

  何で嬉しそうなんだ。

  ……ああ、コイツはおれの事が好き? なんだったっけ……。


  気持ち良くてつい目を瞑っていると、2人のたてる何やらモシャモシャいう音が聞こえる。

  テーブルにある温泉饅頭を食べているらしい。


  妹曰く、


  「テーブルにある温泉饅頭はお湯に入る前に食べておいた方が良いんだってよ。

  甘い物は湯当たり防止になるんだって、この前テレビでやってた」


  「露天風呂は男女つい立てで仕切ってるだけみたいだね。早速第一陣に行こうよ」


  せっかく良い温泉に来たのだから何回も入らないと損なのだそうだ。

  本当に、コイツはいつからこんなに渋い女子高生になった?



  「さて、と」


  ーーと、栄美が呟いたので目を開けて見ると、ヤツは早速浴衣に着替えようと服を脱いでいる所だった。

  もう少しで上半身が裸になる場面。


  「ストーーップ!!」


  おれは叫び、急いで部屋の外に出る。

  中から、


  「あ、何だ祐樹にい旅疲れで寝てたんじゃなかったのか」


  なんていう栄美のすっとぼけた声が聞こえた。

  あれを好きな男の前で? 天然でやってるんだから不思議だ。このおれにどうしてほしいって言うんだ。


  もういいよー、と言われたので中に入ると、栄美と妹はもう準備万端といった様子。

  浴衣姿でタオルと洗面用具を持っていた。


  妹の方はともかく、栄美の浴衣姿は目に毒だ。慣れているとは言えいつもの洋服姿とはまた違う魅せ方をする。

  おっぱいの。


  「祐樹にいも浴衣に着替えたら? あ、貴重品は金庫にね」


  「……おれは脱衣所で着替えるからいいよ」


  言われた通り財布とスマホは金庫の中に入れたが。

  それぞれ湯上りのドリンク用にと小銭を持って露天風呂に行く事にする。





  「ッアーーッ!! 気持ち良いーー!!」


  隣りの女風呂から、妹の叫び声がする。

  他にお客さんがいないからってフリーダム過ぎる。


  「おーい、風呂の中で泳ぐんじゃねーぞ」


  と、こちらから聞こえるように声をかけてやった。兄として一般常識くらい教えておいてやらないとな。

  まあ引きこもり兼これから売れるかどうかの瀬戸際なラノベ作家の兄だが。


  「分かってますよーだ!!」


  と妹。栄美は、


  「祐樹にい、男風呂の様子はどうー!?」


  と叫んで来る。


  「まあまあだな、結構広い!!」


  と叫び返すおれ。


  妹に無理矢理連れて来られた形だが、温泉はやっぱり楽しいし気持ちが良いな。

  泉質がどうかなんて解らないが、肩の辺りから疲れが解けていく感覚がする。


  紅葉も丁度見ごろを迎えている。

  隣りから聞こえてくる妹の、


  「栄美ねえ!! お湯で顔何回も洗ってみてみ!! 超スベスベになるから!! ココ凄い良い泉質だから!!」


  とかいう煩い声を聞き流しながら、おれはお湯の中でここ数ヶ月の事を思い出す。


  必死で同人誌を作った事。

  それを何とか完売に漕ぎ着けた事。

  渡ツネオの橋渡しでかつての担当さんに認められた事。

  栄美と力を合わせて改稿作業をした事。


  ーーそしてーー。


  それらを全て、ネット越しに応援してくれたmamiさんの存在。


  mamiさん。

  彼女は今頃どこで何をしているのだろうか。

  どの辺に住んでいるんだろう。

  東京近郊に住んでいる事は確実なのだがーー。


  おれは彼女に夢を見過ぎだろうか。



  「栄美ねえのソレ、羨まし過ぎ! 触らせてーー!! うわ、柔らか!!」



  おれの回想はまたしても妹のはしたない大声で吹き飛ばされた。


  「おーい、おれはもう上がるからな!! そっちはそっちでゆっくりしてろーー!!」


  おれは叫んで、湯から上がった。

  「えーちょっと待ってよー!! 女はお風呂に時間かかるんだから!!」という2人の声を聞きながら。


  脱衣所に設置されているマッサージマシーンがなかなか良かった。

  自動販売機で買った清涼飲料水を飲みながら揉み揉みしてもらったのである。



  鮪やしらすをメインにした夕食も最高である。


  「何これ、ンマ!! わさびまでンマイ!!」


  と喜ぶ栄美と妹。確かにわさびまでンマイ。


  妹は未成年だからちゃんと真面目にウーロン茶を、おれと栄美は一応大人だからビールで乾杯した。


  ただし、栄美の酒癖の悪さを骨身にしみて分かっているおれは、グラス一杯分だけでやめさせておいた。


  栄美の方も、まさか高校生である妹の前で夏のおっぱい事件のような醜態を晒すのは真っ平らしく、「はあい」と大人しくチビリチビリとやっている。


  「まあ、食後にもう1回温泉行くし、お酒も控えめにしなきゃね」


  等と殊勝な事を言いながら。


  それにしても浴衣栄美のおっぱいの谷間を久しぶりに見た気がする。

  秋になってからというものコイツも胸を強調させる服は着なくなってきたからな。

  他の男ならコレに騙される所だろう。




  さっきの露天風呂とは違う大浴場から帰って来ると、仲居さんが来ていたらしく布団が3人分敷かれていた。


  「私ここー!!」


  と出入り口側の布団にダイブする妹。


  「駄目だ、お前は真ん中の布団」


  栄美と隣り同士で寝るなんて冗談じゃねー。

  なのに妹はモジモジしながら、


  「真ん中は嫌だよ、だって……」


  「トイレに行きづらい?」


  と、栄美が変な気の使い方をする。


  「そうそう、2人の足踏んじゃったら嫌じゃん!!」


  何だか他に理由がありそうな様子だが。

  じゃあ、というので結局栄美が真ん中に寝る事になった。


  電気を消して、早めに寝ることにする。


  「栄美ねえ、明日朝ご飯の前にもう1回露天風呂行こうね!」


  という言葉を最後に、妹はグースカピーヒョロピーと寝てしまった。子どもか。

  すぐ隣りには浴衣姿の栄美。気まずい。



  まっ暗闇の中。

  栄美がおれに話し掛ける。



  「祐樹にい、起きてる?」


  「……起きてるよ」


  狸寝入りしても良かったのだが、そこは正直に応えた。


  「……握手しよう」


  「?」


  「今日は遅い打ち上げだよ。今まで一緒に頑張ってきたから、握手しよ」


  おれは戸惑いつつも、黙って栄美に右手を差し出した。

  暗闇にも少し目が慣れてきた。


  栄美はおれの手をギュッと握り、少し力を込めてきた。

  何かに祈るかのように。


  「来年の話だけど、本、売れると良いね」


  「……ああ」


  「おやすみ」


  「……おやすみ」



  暫くしてから、栄美の気持ち良さそうな寝息が聞こえてきた。



  そう言えば今日は一度もmamiさんに挨拶をしていない。温泉にスマホは持っていけない仕様だったし、1人になる時間が無かったからだ。


  彼女も大概ヤンデレだし、1日コンタクトを取らなかったら怒り出すだろうか。

  栄美のおっぱい攻撃に気分を害してすぐに席を立つような子だ。


  やっと1人になる時間が取れたおれはスマホを取り出し、


  「今日は妹の誘いで温泉でした♨︎」


  とツイッターに書き込んだ。

  mamiさんからのいいねはすぐに付いた。

  おやすみmamiさん。





  朝風呂と朝食を終えたおれ達は、早々の9時チェックアウトで旅館を後にした。


  伊東駅前のひなびた商店街をぶらぶらし、おれ達は旅館で朝飯を食ったにも関わらずまたもや目に付いた海鮮丼屋でまぐろ丼を食べた。


  帰路の電車の中、妹は


  「ねっ、お兄ちゃん。来てみれば楽しかったでしょ!?」


  と自慢げな顔をする。

  おれはああ、と応えて、そう言えば、と妹に質問する。


  「あのさ、何で真ん中の布団に寝るのを嫌がったんだ?」


  「それは……」


  「まあまあいいじゃない、楽しかったし、ね!!」


  ……栄美の差し金か?

  女が結託すると碌な事がない……。



  というのとはまた違っていて、本当の理由は、


  「3人並んだ内の真ん中の人間は中世ヨーロッパ風の異世界に転生させられる」


  とかいうラノベを読んで、本当にそうなったらどうしようと思ったからだそうな。


  子どもか! そして実の兄や栄美が異世界に転生させられても構わないってのかよ!!


  おれはそんな妹を可愛いと思う反面、コイツの将来が本気で不安になった。


  まあ引きこもり兼これから売れるかどうかの瀬戸際なラノベ作家の兄が心配する事でもないが……。



  それにしても想い出に残る楽しい温泉旅行ではあった。

さて後は渡ツネオと栄美の事だ。



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