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  「なあ栄美、『渡ツネオ』って知ってるだろ?

  おれと同期でラノベ作家の」


  挿絵改稿の作業も終盤に入り、いつものようにおれの部屋で仕事をしていた栄美に思い切って聞いてみる事にした。


  「ワタリツネオさん……?」


  栄美はコーヒーを啜りながら少し考えて、


  「あー分かった!! 次のクールでアニメ化する人でしょ!? 即売会とかパーティーで見たかな!?」


  渡にとっては大事な栄美も本人にとっては同人誌即売会やパーティーで見掛けた人という認識しか無いらしい。

  おれはちょっと渡の事が気の毒になった。


  本は読んだ事ないけど有名だよねー等と言いながらクッキーを頬張る。

  コイツはこんだけ間食しても太らない。きっとカロリーや栄養分が全部おっぱいに直行しているのだろう。

 

  「そう、『ビショ取り』って作品の。

  そいつが、何か栄美に会いたいとか言ってるんだよね」


  「私に? 何で?」


  「さあ。いや、えーと」


  おれは慎重に言葉を選ばなければならない立場にある。


  何しろ、栄美は多分90パーセントの確率でおれに恋をしているのだ。

  その上で栄美に恋をしている渡を他ならぬ栄美自身に紹介しようと企んでいるのだから。


  「お前のイラストが気に入ったんだって。

  何か、渋いおっさんの絵も上手いとか言って」


  よし、良い返答だ。しかもちゃんと事実に基づいているし。

  だが栄美は不思議そうな顔をしている。


  「中年男性おっさんの絵、ねえ。でもあの人って美少女モノが多くなかったっけ? あ、ごめんコーヒー零しちゃった」


  「零すなよ。布巾布巾……って、さあ。次作品で作風変えるんじゃねーの。どうしても流れ上おっさんキャラが必要とか」


  「ふーん」


  栄美は興味が無さそうに呟いた。クッキーを唇に挟んだままさっき床に零したコーヒーを拭いている。


  まあ興味が無いのは仕方がない事だろう。

  何しろ『パーティーとか即売会で見掛けた人』にいきなり会いたいなんて言われてもな。

 

  「で、その人に会ってどうすんのよ」


  「……別にどうも。ただ飲みに行くだけだよ、仲良くなったらお前のイラストの仕事も広がりが出来るんだろうし」


  「売れない亜流先生と違って私は仕事いっぱいなんですけどー?」


  黒い悪魔はキャッキャと手を叩いた。

  確かにそうだ。それは確かにそうなんだが、コイツは……。

  本当におれに恋をしているのか?

  なんかまた自信が無くなってきた。


  「でもまあ、祐樹にいがそう言うんだったら会ってもいいかな。どんな人?」


  「お前の事を好きな人」とは言えないだろう。

  おれはなるべく忠実に、ただし悪いイメージは持たれないように言葉を選んだ。


  「物凄く変わってるけど性根は憎めないやつだよ。多分だけどな。自分の事『おれ氏』って言ってる。

  あと顔がどんなのかは知ってるだろ? おれには負けるけどイケメン」


  「変わり者かあ。私変わってる人好きだよ」


  だから祐樹にいの事も好き、と付け足した。

  黒い顔がまた少し赤くなっている。

  レモンイエローのパーカーが栄美のチョコレート色の頬を引き立たせていた。

 

  と言っても今は赤くなっているからクランベリーチョコレートといった感じで。


  ……でもだからさ、そういう罪悪感を抱かせるような表情、やめてくれ。

  本人は冗談めかして「人として好き」と伝えてるつもりなんだろうけどお前はすぐ顔に出るんだよ。


  「……じゃあ、渡に伝えてみるわ」


  おれ達はまたイラスト作業に戻った。

  何しろ表紙も含めて全ページ描き下ろしなのだから随分時間がかかってしまった。


  でもこの作業もあと少しで終了する。

  栄美と2人っきりでぎこちなく思われたものの中々楽しく有意義な時間だったな。


  何より『仕事』してるぞって感じがする。


  後はmamiさんやフォロワの皆さんにどのタイミングで書籍化を発表するかだ。

  もうそろそろいいかもしれない。


  夏の同人誌即売会以来、匿名掲示板の亜流タイルトピックでもおれの同人誌が評判になってたし。

  勿論、mamiさんがこれらの『ネタバレ』に目を通しているのかは分からないが。

  おれ達のネットデートは今や専らツイッターにしぼられているのだから。






  栄美が会ってもいい、とオーケーを出した事を渡に例によって捨てアドメールで伝えたら、パソコン越しでも分かるくらいそれはもう凄い喜びようだった。

  だがここではそれは省略しておく。

  ただ、


  「高級イタリアンを予約する!!」


  等とはしゃいでいたからそれはやめておけ、と書いておいた。

  栄美は普通の女子と違い居酒屋系が好きなんだ。

  高級イタリアンなんて緊張させるだけだろう。


  安くて美味い所を探しておけ、とアドバイスしてやったのであった。

  コイツともケータイの番号くらいは交換しても良いかもしれない。


  だからと言って、栄美と渡をくっ付けたいなんて露ほども思ってないけどな。

  それはおれの事を好きでいてくれてるかもしれない? 栄美に対して失礼だしな。

 

  ただ、書籍化のきっかけを作ってくれた渡がどんなヤツかくらい栄美に教えてあげてもいいかくらいの気持ちでいよう。


  それで栄美の仕事の幅が広がるかもしれないなら。


 


  刊行は来年の2月始めに決まった。

  もうすぐ貴女にプレゼントを届ける。

  おやすみmamiさん、良い夢をね。


  毎夜、おれはヤンデレらしく呟いてみる。

  おれのツイートに分刻みで反応するmamiさんの方がヤンデレっぽいけどな。


  どんな子なんだろう、後ろ姿しか見ていないが身長はそこそこで、ちょっと痩せ型だったな。髪はロングで……。


  早く会いたい。


  おれのこの願望が書籍化を切っ掛けに実現する事になる。

  しかしそれはまた別の話であり、その間にはまだまだ悩ましい出来事が起こるのであった。



 

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