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担当編集の鈴元忠弘さんから、喜ばしい事に
「編集会議をなんとか通しました。」
との連絡が入ったので、オレと栄美は本格的に書籍化に向けての作業に入る事になった。
もうそろそろmamiさんにも教えてあげていい時期だが、万が一ポシャったらぬか喜びをさせてしまう事になるのでまだ知らせていない。
おれには、単行本を2冊目で打ち切られたというトラウマがあるのでな。
仕事場は常に栄美のマンション……という訳にもいかないので、丁度お隣りに実家があるので寝泊まりし放題の栄美がノートパソコンを持ち込んでおれの部屋で。
今、2人でパソコンの画面とにらめっこしている。
「祐樹にい、主人公の髪の色は同人誌に描いたのと同じ感じでいい? それとももっと明るめに?」
「そうだな、この、黒い所に茶色をもうちょい入れてほしい。」
おれは何やかんやと栄美にダメ出しをする。
普通のラノベ作家はイラストについてこんな事はしないのだろうけど、おれの場合はイラストレーターが幼馴染だからこの状況は恵まれていると言えるだろう。
夜には文章の改稿、昼間はこんな感じだから最近は寝る間もない。
ネット彼女のmamiさんとのツイッター連絡はどんなに忙しくても1日2回はしているが。
でもこれは、mamiさんとおれにとってのネットでデートみたいなものだし、欠かす事は出来ないのである。
「はーい、お茶が入りましたよ〜。」
お盆に何やら乗せて運んで来たのは、あの性根に難有りでおせっかいの妹だ。
学校から帰って来たばかりらしく、制服のリボンがだらしなくほどけている。
スカートが短いんだよお前は。
「今日はみたらし団子と緑茶で〜す。」
「三幸ちゃん、ありがとう〜! あ、おばさんにもお礼言っといてね!! 後で私からも言うけど!!」
こいつに、おれへの恋心……? をバラされたとも知らず、栄美は素直に嬉しそうに団子を食べている。
「いえいえお構いなく、仲良くやってるう〜?」
妹はいかにも意味深といった感じでニヤケて聞く。
「出て行け。」
おれは容赦無く言葉の矢を放った。
お前のせいでギクシャクしてるんだ。
お〜怖、怖いわ〜等と捨て台詞を吐いた妹を部屋から追い出すと、栄美と2人きりである事をますます思い知らされる。
季節はもはや秋である。
夏の間は露出狂の栄美も、さすがに衣替えをしている。
今日は濃い紺色のパーカーだ。
大きめのサイズだから、夏の間のようにたわわに実ったおっぱいを露骨に見せ付けるような事もなくこちらとしても安心させられる。
何しろ夏は目のやり所に困ったからな。
ーーとはいえ、大きめのパーカーの内にあっても、その2つの膨らみは身体を捻った時や伸びをした時などに度々存在を主張する事もあるのだが。
どんだけ底力があるんだお前の胸は。
「んじゃ、お団子も食べ終わったし休憩終わり!!」
「おれまだ食ってるんだが?」
「えー、仕方ないなー! じゃあ雑談でもしようか!!」
雑談ねえ。まあ、雑談と言っても勝手に喋っていてくれる分には構わない。聞いていてやろうか。
「祐樹にい、いや、亜流タイル先生さー、ブログだけでなくツイッターもやってるんだね。」
……団子をつまらせて死ぬ所だったよ。
何だって?
「お前、ネットは殆どしないって言ってなかったっけ……?」
「そうなんだけど、一応ツイッターのアカウントは取ってるの。
亜流先生書籍化が決まったじゃん? 同人誌の評判なんかを誰か書いてないかなーと思って検索してみて!」
「……見つけた訳か?」
そう、と言って栄美は身体を捻る。
だから、『2つの出っ張り』が目立つからやめてくれな。
おれのツイッターは同人誌のお祭り以降、フォロワさんが急激に増えて150人いるのだが、ただブツブツ呟いているだけで反応もイイねもたまにしか来ない。
ーーmamiさんを除いては。
「おすすめユーザーにいる『mami』さんて、誰?」
栄美はニヤニヤとも寂しげともつかない何とも描写しかねる複雑な表情をおれに向ける。
「……ファンの子だよ、高校時代に読んでくれてたっていう。」
「高校時代からだなんて年季入ってるじゃーん! よっぽど祐樹にいが好きなんだね。」
「『祐樹』じゃない、『亜流タイル』だ。」
何だか、弁解する度に拗れていくような気がする。
「あ、『亜流タイル』大先生が、ね!!」
栄美はまるで馬鹿にするように陽気に笑った。
……何だ、コイツやっぱりおれの事好きでも何でもない感じじゃないか。
妹に対して腹が立つような、少し安心したような妙な気分になった。
それにしてもこの栄美というヤツは人の恋路を見つけてあまつさえ馬鹿笑いするだなんて本当に悪魔だな、と思いその皮膚の黒い女を見遣ると。
ーー悲しそうに俯いていた。
ズキンと来る。
こういう表情、ズキンと来る。
「さ! お団子食べ終わったでしょー!? 仕事、仕事!!」
栄美の空元気に見えてしまう。
「……そうだな。」
おれは栄美の仕事モードに大人しく従う事にした。
栄美はガサツで酷くておれの屍を乗り越えて成長した憎きイラストレーターだが、それ以上に大事な幼馴染でもあり書籍化のきっかけを作ってくれた恩人でもあるのだ。
寂しそうな顔をさせたくない。
おれは、以前とは真逆の事を考えた。
ーーアニメ化決定人気ラノベ作家・渡ツネオを、栄美に会わせてやってもいいかもしれない、と。
渡の栄美への愛情は本物だったと分かったのだから。
だけどそれは、おれとしては良かれと思ってやった事だったのだがーーそう単純なものではないみたいだった。
栄美はやっぱり、おれの事が好きだったんだ……。
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