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  「よう亜流タイル、久しぶりだな! って、え……その子は……?」



  10分遅れて待ち合わせ場所に来たおれと、同行している中嶋聖良をキラッキラのイケメン風のフェイスで迎えた渡ツネオ。

  何度でも言うが、こいつと違って売れなかったラノベ作家であるおれの方がイケメンはイケメンだけどもなーー。


  ……これはおれの独りよがりではないはずだ。多分。多分な。


  渡ツネオが指定してきたのはS駅近くにある某高級鉄板焼き屋であった。


  「おれ氏の行きつけの店だから。」


  だそうだ。


  神戸ビーフなども食べさせてくれる何とも素敵な店だが、おれとしては行きつけない店の暖簾をくぐるのは気後れせざるを得ない。


  「で、その子は誰なんだ。」


  「エッセイストの中嶋聖良だよ。名前くらい知ってるだろ?」


  この夜の聖良も、同人誌のお祭りの時に着ていたような綺麗な浴衣姿である。

  冷えないよう浴衣の上にケープを掛けているが。

  聖良は、


  「初めまして、中嶋聖良と申します。」


  と丁寧にお辞儀をし、


  「お噂は伺ってますわ。でも、本当に私が来ちゃってよろしかったのかしら。」


  と遠慮がちに言った。


  「全然大丈夫。渡はアニメ化の決まった人気大ラノベ作家だし、親父さんが大出版社の重役なんだ。」


  「え、おれ氏、他の人が来るって聞いてないんだけど……。」


  「男2人で飲むより華があっていいだろう?」



  その店は駅から西口方面に歩いた高層ビルの26階にあった。

  都会の夜景が綺麗で、ますます男2人では妙ちくりんな気分になる場所だった。

  やっぱり聖良を呼んで正解だったと思う。

 

  それに、聖良には渡と直接に会わせて確かめたい事があった。


  「とりあえず、生。」


  聖良のおかげですっかりリラックスしたおれは、まだオロオロしている渡を尻目にボーイに注文した。

  こんな高級な店でも「とりあえず生」という言葉が適切なのかは疑問だが。


  「……まあまあ、書籍化内定おめでとさん。」


  「そちらこそアニメ化おめでとうな。」


  「お二方とも、おめでとうございますわ。」


  カウンター席で渡を真ん中に座らせ、3人で乾杯をする。


  渡は、


  「スタジオ行ったんだけどもさ、プロデューサーさんや声優さん達に挨拶するのに忙しくてね。

  ま、これも有名人の仕事の内、だよなあ。」


  なんて上機嫌に自慢する。

  この日はお互いの祝いの席だし渡の全面奢りなのだからこれくらい仕方ない。

  おれはフンフンと聞いてやる事に。



  料理の方だが。神戸ビーフが登場する前に、珍しい野菜を使ったサラダやらスープやらの前菜のような物が出された。

  どれもンマイ。


  「……そんでさ、お前はどうやっておれの同人誌を入手したんだ? 即売会では見かけなかったけど。」


  「親父の会社の人に買って来てもらったんだよね。お前がツイッターで広告してたから。」


  某テレビ局の社屋がうっすらと見えるくらいの長い列に並ばされるなんて、おれは会社の人に同情した。


  そして本題に入る。


  「……で、渡、お前は何故鈴元さんにおれの同人誌を送ってくれたんだ?」


  渡は前菜を食い、ビールを飲みながら考えるふりをして、こう答えた。


  「おれ氏の小説ってさ、ほら完璧じゃん?」


  『完璧』ときたもんだ。


  おれは渡のアニメ化決定人気作『ビショ取り』を1巻までしか読んでないのでその点に関しては口を噤む事にした。


  「おれ氏、完璧過ぎるから好敵手がいないんだよね。」


  酒のせいで渡の顔が赤くなってきた。

  どうもコイツは、あまり酒に強い方ではないらしい。

  だけど思考の方は酔っていてもまともな筈だ、普段からこんなヤツだし。


  「そんでさ、亜流タイルに戻って来てもらってさ、おれ氏と同等の文章を書けるライバルみたいなのを作りたいなーと思った次第だよ。」


  ……上から目線なのかどうかは判別しかねるが、随分買い被ってくれる。


  メインディッシュである神戸ビーフのステーキが皿の上に乗せられた。


  ……ンマイ。ンマ過ぎる。何この口の中に入れたら溶け出す柔らか過ぎるお肉。

  口から鼻へ甘い香りが吹き抜けていく。こんなん初めてだよ……。

  聖良の方は、「本当に美味しいですわね」なんて言いながらいつも無表情の顔を緩ませながら淡々と小さな口に運んでいた。


  「……ところで、素城栄美の事なんだけどさ。」


  「素城さん!? 素城さんがどうしたって言うんだ!?」


  渡は箸をテーブルに叩きつけ、食って掛かってくる。

  反応し過ぎだ。


  「おれの妹情報なんだけど、彼氏はいないが片想いの好きな男がいるみたいだぜ。」


  と、おれは性格悪くも渡の様子を伺った。


  渡は露骨に落ち込んだ様子を見せ、それでも、


  「素城さんが選んだ相手なら、この完全体なるおれ氏よりもさらにパワーアップしたヤツなんだろう。

  カッコよく優しく小説や絵も上手いんだろう。」


  と、勝手に妄想を膨らませた。


  デザートは柚子味のシャーベットだった。


  「なあ、お前は栄美のどこに惚れたんだ? どうせおっぱ……スタイルが良いとかそんなんだろ。」


  聖良のいる手前『おっぱい』なんて単語は口に出せやしない。


  渡は興奮気味に言った。


  「確かに素城さんの容姿は魅力的だな! おっぱいも大きいし。」


  コイツ露骨におっぱいと言いやがった。


  「でもな、おれ氏は素城さんの描くイラストに本気で惚れ込んでいるんだ。

  元気いっぱいの女の子、大人しくて控えめな黒髪の子、ロリっ子、シブいおっさんキャラ。

  どれを取っても完璧だ。」


  どうやらコイツは本気で栄美が好きらしい。ビールはまだ2杯目、しかし、こういう店で長居するのは気が引けるから、おれ達は河岸を変える事にした。




  「じゃあ、今日はご馳走さん。アニメ化の準備頑張ってくれよな。売れないおれの分まで。」


  「お前こそ、書籍化頑張れよな。頑張っておれ氏のレベルまで上がって来いよ。」


  「渡さん、今日はご馳走様でした。私も渡さんの小説読ませて頂く事にしますわ。」


  おれと聖良は渡ツネオと別れ、駅までの道を歩いた。


  おれは聖良に聞く。


  「お前から見てどんな風に映った? 渡は。」


  聖良はビールの酔いで顔を赤くしながらそうですね、と呟いた。


  「ちょっと激昂する所があるし、変わり者の印象がありますけど、悪い雰囲気はありませんでしたわ。」


  聖良をして『変わり者』と言わせるか。


  「本当に? 神戸ビーフに感動したからじゃなく?」


  「……私はそんな事で人を見たりしません!!」


  聖良は珍しくプンスカ怒った。おそらく、何パーセントかは神戸ビーフの影響なんだろうな。


  「ーーでも、やっぱり亜流さんの方が人間に深みがあって私は好きですわよ。」


  等とシレッと言われたり。


 

  ……まあ、渡が嫌味な所は相変わらずだが、少なくとも『仕事』には前向きだ。


  ネット掲示板のおれのトピックで悪口を書かれたという一件もあるし、おれは渡をどうしても好きとまではなれないのだが、聖良がそう言うのなら悪いヤツじゃないんだろう。


  何しろ聖良の鋭い観察眼を持ってして『悪い雰囲気じゃない』と言わしめるのだから、きっとその分析の方が正しいのかもしれない。


  その日も家に帰って早速mamiさんにツイッターでメッセージを送る事にした。


  「今日は久しぶりに外に行きました。飲み楽しかったです(^^)」


  mamiさんからは、


  「楽しかったですか!(^_^) 二日酔いになりませんように〜o(・x・)/」


  と送られてきた。二日酔いどめの薬でも飲むか。

  それからおれは、渡に触発された訳ではないが、執筆活動に入る為パソコンに向かった。


  が、ものの2秒で椅子に座ったまま眠ってしまったのであった。酒の力は怖い……。


 

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