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  「じゃあ、首尾良く話が進みそうなんですね。」


  「ああ、まだ分からないけど……。応援してくれて礼を言うよ、ありがとう。」


  おれは、只今メールにて事後報告している中嶋聖良にそう伝えた。

  しかし、まさかアイツがそう来るとはねえ……。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


  「亜流さんの出された同人誌を拝見しました。近い内にお会いできませんでしょうか。」


  これが、ゴールデンレトリバーの愛犬タロくんとの散歩兼、mamiさんとのツイッターデートから帰ってきたこのおれを待ち受けてくれていたメールの内容だった。


 

  一も二もなく了解の返事をした。


  あの同人誌は、おれとしても快心の出来だったのだ。

  何か良い事があるかもしれない。

  いや、良い事しか無いに決まっている。

  おれのポジティブハートがそう言ってる。


  そうだよ、と同意するように室内飼いのタロくんがワンと鳴く。

  見れば妹がタロくんの爪を切ってあげている所で、単にそれを嫌がってるだけのようだったが。



 

  ーーーーで、おれは、数年前に一応プロのラノベ作家として活動していた際に担当を請け負ってくれていた白鳥出版の編集者さんと待ち合わせをしていた。


  白鳥出版はラノベ作品にも結構な力を入れている大出版社だ。


  15分早く着いた筈だったのだが、そのかつての担当さんはすでに来ていてコーヒーを啜りながらおれの同人誌を読み返しているようだった。


  そんな、店の中で……。ちょっと恥ずかしいなあ。

  と思いつつ、プロだった頃はそんなのが普通だったなと懐かしく思い返した。


  おれは担当さんがついているテーブル席の前に立ち、


  「お待たせして申し訳ありません、お久しぶりです。亜流タイルです。」


  とやや緊張気味に挨拶した。


  担当さんはにこりと笑って、


  「亜流さん、お久しぶりですね。ご活躍何よりです。」


  と返した。



  鈴元忠弘さん。

  痩せた体型と銀縁のメガネが印象的なまだ若い編集者さんだが、この数年で次長にまで昇格したという。


  おれの最初にして最後の『担当さん』だった人、と思っていたが、まさかこんな形で再会するとは思っていなかった。


  プロだった時に続刊を打ち切られたのはおれの慢心のせいだったはずなのに、鈴元さんは


「僕の力が足りないせいで、すみませんでした。」


  と謝ってくれたのである。

  それどころか、打ち切られた直後に


  「僕は亜流さんが近頃の新人では一番才能を持っている作家さんだと思ってます。」


  という内容の葉書まで送ってくれた。


  他の作家が編集者からどんな扱いを受けているのかは知らない。

  でも少なくとも鈴元さんはそんな編集者さんだった。


  数年引き篭っていたおれだが、いつか鈴元さんに恩を返したいな等とも思わせる人だ。

 

  「ーーで、僕は亜流さんのこの本を是非書籍化したいと思っていて、編集会議に出すつもりなんです。」


  「……ありがとうございます。よろしくお願いします。」


  仕事の話があらかた終わって雑談に入る。

  おれの最近の活動、勿論引き篭もりをしているとは言わなかったが、まあ今他の作家のラノベを読み漁って最近の流行を分析している事、新作も書いている事。

  そのおれの分析を感心して聞き、その通りであると褒めてくれる鈴元さん。


  ん? しかし肝心の疑問に思い当たる。

  鈴元さんは、どうやっておれの同人誌を入手したのだろう。


  「えーと、所で鈴元さんは同人誌即売会にいらっしゃったんですか? その本、他では売ってないんですけど……。」


  「ああ、言ってませんでしたね。実はこの本、ほら、亜流さんとお友達の渡ツネオさんが郵送してくれたんですよ。」


  「!? え。あ。そうなんですか……。」


  何やってんだアイツ。

  っていうかいつの間におれの本買ってたんだよ、この前会った時はおくびにも出さなかったくせによ。

  その上かつてのおれの担当さんに送るって何のつもりだ。


  それ程までに栄美にご執心なのか?


  っていうか、アイツ友達じゃなくて只の同期だし。

  大体アイツおれの才能を買ってるとか言ってたけど、そんな敵に塩を送るような事をするとは。

  アニメ化に浮かれて幸せを他人にも分けてあげたくなったのか。


  「『すごく面白いから』って、送ってくれたんですよ。渡さんがそうしてくれなかったら才能をまた埋没させる所でしたからね、感謝してます。」


  新人時代、渡も昔鈴元さんに担当して貰っていたのだ。

  今は主に他社、つまり渡のパパがお偉いさんやってる出版社で活動しているのだが……。分からない。


  と、ここでまた鈴元さんが仕事の話に戻る。


  「所で、イラストレーターさんはどうしましょう。この同人誌のまま、素城栄美さんに使用の許可を取りましょうか。

  それとも、今度は趣向を変えて他のイラストレーターさんに頼んでみますか。」


  「……ええと、そうですね……。」


  栄美とは、今ちょっと気まずい。

  例の酔っ払いおっぱい事件の事もある。

  おれはあれ以来栄美とは顔を合わせていない。

  何より栄美がおれに気があるなんて聞いた日には……。

  しかしおれの同人誌が売れたのは彼女の渾身の挿絵が良かったのも充分過ぎる程あるし、この小説にはやっぱり栄美の描くイラストが合っている。


  「栄美……素城さんには、僕の方から話してみます……。」


  鈴元さんはにっこりと笑って、


  「ゴールデンコンビ復活ですね。」


  なんて言った。そして、


  「この作品は、やっぱり特にヒロインが良いですね。」


  と言われて、ヒロインのモデルにしたmamiさんを間接的に褒められているようで面映ゆい気持ちになった。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



  「その、渡さんて方、外面が嫌味でも良い人なのかもしれませんわね。」


  と、聖良が打って寄越す。


  「そうか? 栄美狙いのようにも見えるけどな。」


  「だからってわざわざ元の編集者さんに本を送るなんて事もしないでしょう。」


  「どうだかな……。今日はもう寝るよ、お休み(´-`).。oO」


  mamiさんの影響ですっかり顔文字が板に付いてきてしまった。


  書籍化の話は、あくまで内々の話だ。

  決定事項じゃない。


  おれは、まだその事はmamiさんには話さないでおこうと思った。


 

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