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  先日のわたりツネオとの一件で、おれは俄然やる気になった。

  あいつの、

 

『亜流タイルという作家の才能を信じてる』


  というお世辞だか上から目線だか知らんがこのセリフにも大いに励まされた。

 

  嫌いな奴からでも肯定されるのは悪い気分ではない、アニメ化決定で大成功してる奴に褒められてもまあ複雑な気持ちにはなるが。


 

  それにつけても気になるのはmamiさんと……素城栄美の件だ。


 

  栄美に関しては恋されているという気分が全く湧かないが、mamiさんの方はどうだろうか。


  あの、居酒屋で見た後ろ姿だけのひらひらスカートの女の子。

  彼女はやっぱりmamiさんだったのではないだろうか。


  そう考えると、すぐ近くに座って女の子達に囲まれているおれの姿を『観察』してしれっとツイッターでおれとコンタクトを取っていた事、栄美のおっぱい攻撃を察して気分を害し、席を立った事。


  ーーいくら好きな子でも、ちょっと危機感を覚えるのが普通の男なんだろう。


  しかし顔を見た事も無い女の子に惚れ込んでいるというヤンデレのおれは、おれと同じかそれ以上にヤンデレっぽいmamiさんに嬉しさを感じなくもない。


  もし例の女の子がmamiさん本人だとして(おれは既にそう確信している)、ここで1つの仮説として浮かび上がってくるのは、mamiさんは本気でおれに恋しているんじゃないかという事だ。


  だってそうだろ?

 わざわざ同人誌即売会に出掛けて売り子するおれの様子を伺ったり(おれはあの視線らしき2つの眼光っぽかった光もmamiさんの視線なんじゃないかと確信していた。というよりそう願っていた)、飲み会の席にまで付いてきたりして。


 

  息抜きにゴールデンレトリバーのタロくんを連れて河川敷を散歩しながら、おれはこんな事を考えていた。


  タロくんは大変人懐っこく、誰にでも懐く可愛らしいワンコだ。

  人懐っこ過ぎて警戒心が足りないのが、まあゴールデンレトリバーの長所でもあり短所でもあるのだが。


  ヘッヘッヘッ、と舌を出して久しぶりのおれとの散歩を喜んでくれているようだ。


  「いいよなあ、お前は気楽な犬で。」


  我ながらアホなセリフを吐いていると、尻のポケットに入れていたスマホがマナーモードのバイブで通知を送ってくれた。


  『mamiさんからメッセージが届きました。』


  ツイッターの通知だった。

  おれは光の速さでスマホを操作する。



  「亜流さん、もしかして気付いてましたか。」


  mamiさんのトレードマークたるいつもの顔文字が付いていない。


  これは、mamiさんが真剣モードに入っている時の特徴らしい。


  勝手にそう分析していると、すぐに次のメッセージが送られてくる。


  「私、あの日同人誌即売会の会場に行ったんです。失礼ながら亜流さんとお仲間がいらした居酒屋さんにもʅ(◞‿◟)ʃ」


  顔文字が出てきた。どうやら冷静になろうと努めているみたいだ。

  そしておれの予想というか勘というか、願望が事実であった事に狂喜する。


  犬のタロくんが早く行こうよと暴れて読んでいるスマホの画面がブレる。まあ待て。


  「亜流さんが素敵な女性達に囲まれているのを見て居たたまれなくなったんです(T_T)」


  次のメッセージ。


  「亜流さんが居酒屋さんから出ようとしている私を追いかけようとしていた事も、気付いてました。ありがとうございます(;_;)」


  次のメッセージ。


  「買えなかった新作はいつか必ず買います。でもその時は同人誌ではなく、出版社から出て私でも本屋さんでこっそり買えるようにして頂けたら嬉しいです╰(*´︶`*)╯♡」


  最後のメッセージ。


  「今までありがとうございましたm(_ _)m」


 

  「ありがとうございました」? 「今まで」?

  ちょっと待てよ。

  1人で自己完結されても、おれにだって言いたい事はある。


  まずおれは釘を刺す事にした。


  「mamiさん、お久しぶりですm(_ _)m 取り敢えず、ツイッターのフォローを外すのはやめてくださいね(^_^;) おれmamiさんとの繋がり切りたくないんで……。」


  タロくんはおれの只ならぬ必死さを感じ取ったのか、おとなしくお座りをしている。

  こういう所がゴールデンの良い所だ。飼い主の気持ちを察知してくれる。


  おれは続けて打った。


  「おっしゃる通り、もしかして居酒屋にいたのはmamiさんなんじゃないかなと思ってましたよ。」


  しばらく待ったがmamiさんからの返信は無い。

  おれは続ける事にした。


  「いつか、お会いしましょうね。」


  それはおれの心からの願いだった。


  返事は無かった。


  だけどおれは確信した。

  彼女は、おれに本気で恋している。

  おれが彼女に寄せる想い以上に。まさにヤンデレ。


 

  以前おれは、不思議少女(本当は少女という歳でもないが)中嶋聖良に


  「同人誌に全力で取り組む事が幸運を呼ぶでせう。」


  なんて言われたけど、今の所その気配は感じられないようだ。


  季節はもう秋に近付いていた。おれはタロくんを連れて家路につく。


 

  「お兄ちゃん、おかえりー。ずいぶんゆっくりの散歩だったじゃん!」


  妹が不思議そうに言う。


  「ああ、デートしてたから。」


  妹は、


  「ワンコでオスのタロくんとデート!? お母さーん、お兄ちゃんがついにトチ狂ったー!!」

 

  なんて言いながらリビングに駆けて行った。


  パソコンを開くと、メールボックスに以前おれを切った出版社の編集者さんからメールが届いていた。



  そして……。目処が、立った。



 

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