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エピローグ 「新しき日常へ」

 エピローグ 「新しき日常へ」



 休日の午前十時頃、漣は番台で新聞を広げていた。何か面白い記事はないかと探していると、知っている名前を見つけた。

 記事の見出しには『警察官が盗撮!』とある。逮捕された警察官は、漣から盗撮映像を記録したディスクを買っていた堀田だった。

「げ、あいつ捕まったのか」

 思わず、漣は渋い顔をする。

「また新しい金づる探さないとなぁ……」

 漣は溜め息をつく。

 堀田が盗撮していたことになっており、漣に繋がる部分は一切なかった。安心すると同時に、残念な気持ちが広がる。大切な資金源の一つが消えてしまったのだ。

 だが、過ぎたことをどうこう言っても仕方がない。漣は携帯ゲーム機を取り出して電源を入れた。

 穏やかな時間に至福のひと時を感じていると、いきなり銭湯に数人の人達が押し寄せてきた。

「大変だよ漣!」

 先頭にいた美咲が番台に縋りつくようにして漣を見上げる。

 美咲の後ろには妹の香澄や、佐久間を初めとした付近の人達が見受けられる。中に彩を確認して、漣は少し驚いた。彼女も困ったような表情を見せていたからだ。

「どうしたんだ?」

 漣は美咲に問う。

「大通りの突き当たりに、大型のデパートができるんだって!」

「デパート?」

「商店街としてはそういうのがあると大変なんだよ!」

 目を丸くする漣い、美咲が言う。

 美咲は商店街の中の家の娘だ。自宅の家計にも問題が生じるとなれば美咲も落ち着いていられない。

「今、組み合いの人が担当者と話し合いしてたんだけど、ちょっとやばそうなんだよ」

「オーケー、事情は解った。任せろ」

 美咲に頷き、漣はゲームの電源を切って立ち上がった。

「おーい、ちょっと留守番頼むわ」

 男湯の脱衣所の整理をしている空也を呼び、漣は外へ出た。

 唇を舐め、漣は一度自宅の小屋へと足を運び、上着と、必要になりそうなものを持って商店街の道路へと飛び出した。


 レグナとリヴドとの一件以来、空也は漣のところで居候になっている。番台に立つのは主に漣で、空也は湯の温度調整を頼んでいる。人の多い時間帯には時折、宝珠の力を使って燃費を稼いでいた。宝珠、つまり空也の意思の通った炎はただ燃料を使って湯を温めるよりも保温効果があり、銭湯の評判は更に向上した。

 前の戦いで使用者のいなくなった四つの宝珠は、漣が保管している。宝珠を持っていればレグナやリヴドは漣を危険視するだろう。だが、宝珠を多数所持しているとなれば迂闊には手を出せない。漣の戦力は以前よりも増しているのだ。

 因みに、空也の愛称はすっかり太郎で定着した。半ば空也自身も諦め始め、反応を楽しんでいた漣には少し面白くない。

 漣が懸念していた佐久間への言い訳は、意外とあっさり片付いた。肝心な部分は佐久間に聞かれていなかったため、空也を追って来たということにしたのだ。

 空也は渋い顔をしていたが、居候の立場であることを理解していたのか、漣の言葉に同調してくれた。

 平穏な日々が戻り、漣は充実した毎日を過ごしていた。


 やがて、銭湯へ戻って来た漣を、佐久間達が出迎えた。

「どうだった?」

「デパートじゃなくて、違うものにするってさ」

 不安げな、それでいて期待の交じった美咲の問いに、漣は笑みを浮かべて答えた。

 周りの人達から感嘆の声が漏れる。

 内心、漣はほくそ笑んでいた。何せ、新たな金づるを手に入れたのだ。商店街に影響のない建物にする代わりに、漣から盗撮ディスクを買う権利を渡したのである。逮捕された堀田よりも高い金での購入を約束してくれた。これで漣の設備の拡大もよりスムーズに行えそうだ。

 相手が男でなければもっと交渉は長引いていただろう。

「さすがね、漣」

 彩が言った。

 以前よりも口調に刺々しさがなくなっている。もっとも、まだ美咲達と比べるとどこか上からものを見ているような態度ではあるが。

「ふふん」

 得意気に漣は笑って見せた。

「で、皆、風呂には入ってく?」

「勿論!」

 漣の問いに、美咲が元気良く答える。

 空也に代わって番台に入り、漣は接客を始めた。佐久間と彩が少し離れた位置から漣を見つめていた。漣も気付いていたが、客に対応している間は何もできない。

 やがて、客が全て脱衣所に入ってから、佐久間と彩が漣の前に立った。

 漣と彩を交互に見て、佐久間は脱衣所に入って行く。彩とすれ違う瞬間、佐久間は彼女に何事か囁いたようだった。穏やかな佐久間とは対照的に彩の目が大きく見開かれる。

「何て言われたんだ?」

「……負けないわよ、って言われた」

 疑問を口にする漣へ、彩は驚いたような慌てたような表情で答えた。

「何か勝負でもしてるの?」

「違うわよ」

「ま、佐久間さんには敵わないか」

「そんなことないわよ!」

「そう?」

 からかうように笑う漣に、彩はむっとしたように口を尖らせる。

「ねぇ、一つ聞きたかったんだけど」

「うん?」

 彩が少し目つきを険しくして

「どうして、あんなヘマしたのよ!」

「あれ、まだ気付いてないの?」

 やや驚いたような漣の返答に、彩が眉根を寄せる。

「俺が何の考えもなしに追放なんてされるわけないだろ?」

 にっと、漣は歯を見せて笑う。

「え、じゃあ、まさか、最初から……?」

「この世界でのんびり暮らしたくってね」

 愕然とする彩に微笑んで、漣は言った。

 亡命者は本気で漣を頼ってきたが、彼を援助することで自分の立場が危うくなることぐらい漣にはすぐに判別できる。レグナに策略を提案するだけの知力を備えた漣ならば、自分が追放される可能性も十分に考えられる。

 いや、漣は初めからレグナを抜けるつもりでいたのだ。だが、レグナはレーン・シュライヴという人材を欲していた。レーンの知略や人望を失くしたくなかったのである。

 故に、レグナが漣を追放せざるをえないように全てを仕組んだ。

「そんな……」

「彩には話しておこうかとも思ったんだけど、時間がなくてね」

 亡命の手助けを実行してから、漣が実際にレグナから追放されるまでの時間はかなり早かった。罪人扱いの漣を他者と接触させるわけにもいかなかったのだ。亡命によって敵との繋がりがあるかもしれないと推測されるようにしたのだから。

「空也は知ってたの?」

「ああ、確か結構前に聞いてたな」

 彩の問いに、番台の脇に立っていた空也が答える。

「なんで、私には話してくれなかったの?」

「あー、話しておこうかとも思ったんだけどさ、いなかったじゃん、お前」

 怒ったように睨み付けてくる彩に、漣は苦笑した。

 当時、見習いから正式な騎士へ昇格するための試験を受けていた彩は、漣の下にはいなかったのである。対して、空也は冷遇されているが故に、非番になることが多く、漣とは様々な雑談をしていた。空也との雑談の中で、漣はレグナを出て第三の世界で暮らしたいと語ったことがあったのだ。

「好きなのに……!」

 ぽつりと呟いた彩の言葉に、漣は微笑んだ。

「俺は彩も好きだよ」

「なっ……!」

 にっこりと微笑む漣に、彩の顔が真っ赤になる。

「で、本命はどっち?」

 横から口を挟んだ空也に、漣は笑みを含んだ表情で告げた。

「どっちも好きだし、今は秘密ってことで」

 漣の返答に、空也は苦笑した。

「バカ」

 頬を膨らませ、彩はそう言い捨てると脱衣所へと入って行った。

 番台下のディスプレイに彩が映るのを見て、漣はにやりと笑う。最近になって、漣はようやく彩の服の脱ぎ方を完全に把握できた。彼女の脱ぎ方に合わせてカメラの映像を切り替えていく。

 一枚ずつ服を脱ぎ、肢体を露わにする彩を眺めて、漣は小さく溜め息を漏らした。

 今日もカメラの感度は良好、良い眺めだ。

「お、いい尻」

 番台の中、漣の背後に立った空也が小さく呟いた。視線の先には風呂上りで涼んでいる香澄の背中が映っていた。ほんのり汗ばんだ、火照った身体を冷ますように、脱衣所内の扇風機の前で風を浴びている。

「口に出すな」

 釘を刺しつつ、漣は画面を切り替えた。

「ちっ、変えんなよ」

「記録はしてあるから、後でお前用に編集してやるって」

 舌打ちする空也に、漣は言った。

「……お前、もしかして全部こうなるように仕組んでたのか?」

 不意に、空也がディスプレイを凝視しながら呟いた。

「さぁね」

 背後に立つ空也へ視線を向け、漣は笑った。



 ――完――

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