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第六章 「帰る場所」

 第六章 「帰る場所」



「どういうことだよ!」

 クーヤが叫んだ。

「我々の作戦も知らずに勝手に動き回られては困る」

 ティーンが告げる。

「やっぱりこうなったか」

 レーンは苦笑した。

「なんだと! お前知ってたのか!」 

 噛み付くように迫るクーヤに、レーンは渋い顔をしてみせた。

「お前、本当に馬鹿だな」

 言って、レーンはティーンとアエラに視線を向けた。クーヤに説明するだけの時間をくれるかどうか、確認のために。ティーンは小さく溜め息を漏らし、アエラは肩を竦める。

 どうやら、何も理解できていないのはクーヤとサイだけのようだ。一般の兵士は除いて、だが。

「お前さ、ティーンが俺に接触するのを知ってて、リヴドに情報流したんだろ?」

「ああ」

「じゃあ、ティーンの動きはリヴドも把握したことになるよな?」

「それが?」

「俺が追放されて、ティーンが連れ戻しに接触するって言ったら、レグナは戦力の再編にかかってるってことだろ? それも、一度は追放した俺を連れ戻そうとするほど急いで」

 クーヤの視線がレーンから外れた。やや呆然と、アエラを見て、次にティーンに視線を向ける。

 追放し、手放したはずのレーン・シュライヴという戦力を再び取り込もうとするということは、レグナは勢力の建て直しを図っていると見て間違いない。レグナが密かに戦力の再編を急ぐということは、リヴドに襲撃する準備と考えることができる。

 特に、レーンの追放はレグナでは重要機密だったはずだ。レーンという戦力の喪失をリヴドに知られては、レグナの戦力が激減していると公言するようなものだ。もし、戦力が低下していることを知られてしまえば、リヴドがレグナを襲撃する可能性は高い。軍備の再編が完了する前に攻撃を仕掛ければ、一気に叩き潰せるかもしれないから。

 レーンが援助した亡命者の存在によって、戦力が増しているリヴドなら、なおさら可能性は高い。

「お前のせいで、本国が襲撃されているんだ」

 ティーンが告げた。

「あ、人数少ないのはやっぱりそれが原因か」

 レーンは溜め息混じりに笑った。

 四賢人の残り二人は部下を引き連れてレグナに向かったのだ。レグナでは四戦司のうちの二人が応戦しているというところか。故に、レーンの前にいる四賢人はアエラとレーカだけで、四戦司はティーンとレイヴィアだけなのだ。

「でも、レグナには何も話していないはずじゃないか……!」

「だから馬鹿だっつってんだよ。サイがいるだろ? こいつが直属の隊長に報告しないわけがないだろ」

 クーヤの言葉を、レーンは一蹴した。

 サイはレーンの監視を言い渡されていた。レーンが戦うとなれば、サイは直属の上司であるティーンに報告するはずだ。

「お前、一手先ぐらいしか読んでないだろ?」

 レーンの言葉に、クーヤは何も言えずに視線を逸らした。

「策略ってのはさ、二手、三手先以上を読んでおかないといけないんだぜ?」

 恐らく、クーヤ自身は読んだはずだったのだろう。だが、視野が狭すぎたのだ。リヴドとレーンの動きだけを見すぎて、レグナの情勢を忘れていた。いや、クーヤの中では、最終的にはレグナにも有効な状況になる予定だったに違いない。

「最悪の事態を予測して、それを避けつつ、自分の望む方向にしか進ませないようにするのが策略ってもんだ」

 レーンの言葉に、ティーンもアエラも黙ったままだった。

 追放される前はレーンの策略に何度も苦しんできたのがアエラであり、助けられてきたのがティーンだった。

 銭湯のカメラの配置も、レーンの知略があってこその配置だ。最悪の事態を考え、どうしたら見つかるか、どういう状況でバレるかを徹底的に考える。考えが纏まったら、最悪の事態にならぬような状況へと変えていくのだ。

「くそっ……」

 クーヤが毒づいた。自分の浅はかさを知ったらしく、肩を落としている。彼にとっては、帰る場所はレグナしかないのだ。リヴドにはもうクーヤの居場所はない。

「さぁ、敵を殲滅しようか、レーン」

 笑みを浮かべるティーンを見て、レーンは大袈裟に溜め息をついて見せた。

「あのさ、ティーン、言っとくけどさ」

 レーンはわざとゆっくり言葉を紡いだ。

「そもそも、俺の生活を乱したのはお前だからな?」

「レーン?」

 不機嫌そうに表情を歪めるレーンに、ティーンが目を見開いた。

「お前が俺に接触するとか考案しなけりゃ、クーヤも動かなかったんじゃないか?」

「まさか、お前、最初から……!」

「俺、お前らも潰すから」

 頬を引き攣らせるティーンに、レーンは冷たく言い放った。褪めた視線で、ティーンを射抜く。

 ティーン達だけでなく、アエラ達も息を呑んでいた。

 レーンは最初から事態を予測していた。リヴドへ来る際にわざわざ、監視役のサイに時間を与えたのも、ティーン達を呼び寄せるためだ。そうでなければ、サイに時間を与えてティーン達を呼ぶ必要はない。レーン個人はティーンを味方として扱えるが、クーヤがいることを考えたら難しい。

 実際、ティーンはレーンとの共闘は求めたが、クーヤは抹殺すると言い出した。確かにクーヤは身勝手だが、ティーンよりもレーンのことを解っている友人だ。無論、初めからティーンを仲間と見做す気はなかったのだが。

「俺の平穏な生活を乱した罪は重い」

 ぎろりと、レーンはアエラ達へと視線を向ける。殺気と憎悪、怨恨の篭った視線にアエラが身震いする。

「サイ、お前はどうする?」

「え……?」

 急に名前を呼ばれ、サイは焦ったように一歩、後退した。

「もし、レグナとリヴドのどっちかに加担したらこうなると思え」

 言ってレーンは右手を上げる。

 途端に、ティーンが連れて来たであろう部下の一人が白目を剥き、泡を吹いて昏倒した。更に、全身に痙攣まで起こしている。慌てて傍にいた仲間が駆け寄るが、レーンの力を受けた部下は一瞬大きく身を仰け反らせるように跳ね、沈静化した。彼の首筋に手を当てた部下の顔が青褪める。

 死んでいたのだ。ショック死である。

「ひっ……」

 誰かが小さく悲鳴を上げ、部下達が大きく後退する。

「ま、昔の教え子だし、半殺しぐらいにしといてやってもいいけどな」

 凄惨な笑みを浮かべるレーンに、サイが喉を鳴らした。

 彼女は、まだ見習いの頃、レーンの下についていた。だから、レーンの恐ろしさは人一倍知っている。きっと、彼女にレーンと戦う意思はない。

 落ち込んでいたクーヤも、レーンの表情に身を退いていた。

「クーヤ、とりあえずお前は好きなように暴れろ。俺も本気で行くから」

 笑みを浮かべるレーンに、クーヤは頷いた。

「正気か、レーン!」

「言っただろ、お前は俺の生活を乱したんだ。すげぇ腹立ってんだぜ?」

 身構えるティーンに、レーンは笑って見せた。怒りで引き攣ったレーンの笑いに、ティーンの表情が険しくなる。

 背後で炎が燃え上がった。クーヤが戦闘を始めたのだ。凄まじい熱気と明かりを背に、レーンは息を細く吐き出した。

「行くぞ、ティーン」

 レーンの姿が霞み、消失する。

 同時に、ティーンの周囲に複数人数のレーンが現れた。

「レーンッ!」

 歯噛みし、ティーンの周囲に風が巻き起こる。紺色の砂が渦を巻き、ティーンは風を纏った。彼の持つ宝珠は『刻風こくふう』だ。風を司る力を秘めた、強力な宝珠である。

 三人のレーンがティーンへと突撃していく。ティーンは風を腕に集中させ、レーンへと振るった。濃密な大気の流れは切断力を発揮し、三人のレーン全てを切り裂いた。

 だが、切り裂かれたレーンは全て漆黒の影となり、霧散する。

 舌打ちするティーンの背後から、レーンが蹴りを浴びせた。前方へと体勢を崩すティーンへ、横合いに現れた別のレーンが回し蹴りを放つ。

「くっ!」

 呻き、ティーンは蹴りを腕で受け止めた。足を受け止めたままのティーンに、更に別のレーンが拳を振るう。空いている手で拳を受け止めたティーンの目の前に、笑みを浮かべたレーンが現れる。

 ティーンのように、宝珠を使いこなせる人間にはレーンの『刻影』は効果が薄い。宝珠の力とはいえ、幻は幻でしかない。強い精神力の持ち主には破られてしまうのだ。

 単なる道具でしかない宝珠では、幻を投影して精神を支配下に置くことしかできない。レーンの『刻影』には、物理的な攻撃力というものが圧倒的に不足していた。

 だから、漣は宝珠を自分の身体の一部へ変えた。自らの体内に宝珠を取り込み、己の身体の一部へ。身体の一部となった『刻影』は、漣の存在を通して、物理的な力を得た。

 故に、『刻影』が作り出す幻は全て本物と同じ質量と感触を持ち、ダメージを受けると漆黒の粒子となって分解する。

 レーンが四戦司や四賢人と張り合えるのは、宝珠を身体の一部としたためだ。

 先ほど、レーンが命を奪ったティーンの部下は、『刻影』による幻でショック死しただけだ。自らの身体が致命的なダメージを受ける幻を見て、精神が死を引き起こしたのである。レーンが本気で力を引き出した幻は、他の人間にも見ることができる。

「予想外だったからって、だらしないわよティーン」

 笑みを浮かべたレーンの胸に、槍が生えた。背後から長槍で貫かれたレーンが影となって崩れ去る。

「私には不得手なんだから、あなたがしっかりしなさいよ」

 レイヴィアだ。彼女の手に、長槍が握られていた。レーンを貫いた槍は直ぐに霞むように消えた。同時に、レイヴィアの両手に刃の腹の部分が前面に押し出されるように湾曲した剣、ショーテルが現れる。

 彼女の宝珠『刻矛こくむ』の力だ。レイヴィアは刃によって攻撃を行う全ての武器を作り出すことが可能だった。幻による攻撃を特性とするレーンには不向きな力だ。

「そうだな……」

 ティーンは息を吸い、気分を入れ替えたようだった。

 彼が纏う風の密度が一気に増した。さながら、竜巻の中に立っているような光景だ。

 風は厄介だ。流れが視認できず、あらゆる方向へと攻撃ができる。加えて、世界を満たす大気の流れを動かすティーンの宝珠の破壊力は決して低くない。

 レーンも、気を引き締めた。

 本気の四戦司を相手に、遊んではいられない。生き残らなければならない。どんな手を使っても。

「じゃないと、俺の信頼ガタ落ちだ」

 苦笑を浮かべ、レーンは小さく呟いた。

 レーンが命を落としたら、銭湯の機器を管理できない。バレてしまったら、レーンの信頼は間違いなく失墜する。死んでいるのだから関係ない、とは思わなかった。

 むしろ、レーンは女体の神秘をこれからも見たいのだ。

「……死ねるか!」

 瞬間、レーンの中でスイッチが入った。


 *


 クーヤにとっての目標は何とか達成したと言える。レーンという戦力を加えて、リヴドと戦うという思惑自体は上手くいった。

 だが、クーヤはレグナを敵に回してしまうとは考えていなかった。レーンの言うような部分まで考えが及ばなかったのだ。最終的には、レグナ側に有利な状況となるはずだった。

 レーンの情報を流し、リヴドに接触させる。レーンが応戦していればリヴドも彼を放って置くことはできず、宝珠の問題からも四賢人が攻撃を仕掛けていくはずだ。レーンが四賢人を相手に戦うとなれば、リヴド本国の防御が手薄になる。クーヤは脆くなった防衛網をレグナの部隊と共に突破し、リヴドの戦力を奪うつもりだったのだ。

 クーヤは炎を身に纏っていた。

「どうすっかな、これから」

 敵を前に、クーヤは呟く。

 レグナが切り捨てたということは、もうクーヤに帰る場所はない。唯一、誰かに与えられた居場所だったというのに。

 宝珠を手にした瞬間、クーヤは家を失った。リヴドの戦力とならなければ、クーヤに居場所はなかった。だから、クーヤは自分の居場所を勝ち取るために戦い続けていた。

 四賢人達との意見の食い違いと、自らの存在が最初から仕組まれていたものだと知った時、クーヤはリヴドから離反した。宝珠を手にしたクーヤは、リヴドの戦力となるべく動かされていただけだったのだ。

 離反したクーヤを、レーンはいとも簡単に受け入れてくれた。余り良い顔をしないレグナの者達を容易く言い包め、強制も誘導もせずにクーヤの居場所を用意してくれたのだ。

 無言で、レーカが歩み出た。

 彼の周囲の大気が白く変化する。冷たい風がクーヤの頬を撫でた。

 レーカが操る宝珠『刻冷こくれい』は、冷気を司る。熱量という部分では同じだが、クーヤとはベクトルが正反対な力だ。

「そうだな、今はお前らを潰すことだけを考えよう」

 クーヤは静かに呟いた。

 今は悲観的になっている場合ではない。自ら招いた事態でもある。思い悩み、後悔するのは戦いを終えてからでいい。

 クーヤがなすべきことは、自分の思うままに力を振るい、敵を捻じ伏せることだ。

「おおおお――っ!」

 雄叫びを上げ、クーヤは地面を蹴った。

 足元が爆ぜ、クーヤの身体を前面へと押し出し、加速させる。炎の壁を引き連れて、クーヤはアエラとレーカへと足を進める。熱気がクーヤの金髪を照らし、揺らす。

 左から右へと腕を振り払った。五メートル程度の距離を開けて、地面から火柱が立ち昇る。熱風が周囲に吹き荒れ、アエラ腕で顔を庇った。レーカの周囲には冷やされた大気が霧を作り出し、火柱の熱量を遮断している。腕の動きに遅れて、火柱が移動するかのように連続で立ち昇った。

 アエラが後方へと跳んだ。一瞬にして数メートルの距離を移動し、身構えている。

 彼女の持つ宝珠は『刻瞬こくしゅん』と言い、速度を司るものだ。故に、自身の身体を高速で移動させることができる。人間の認識力の限界を超えた速度にも、持ち主ならば影響はない。

 対して、レーカは火柱に飲み込まれた。

 刹那、爆音が響き渡る。

 火柱の熱量と、冷気が互いに打ち消しあい、水蒸気爆発を起こしたのだ。レーカは、爆発で破壊力となるエネルギーを消費させ、クーヤの攻撃を防いだのである。

「さよなら、クーヤ」

 耳元で声が聞こえた。

 一瞬のうちに背後へと移動していたアエラが、クーヤの背中に回し蹴りを叩き込んだ。

 意識が飛ぶような衝撃がクーヤの身体を突き抜ける。視界に火花が散ったようだった。

 反応し切れず、クーヤの身体が宙を舞う。加速された蹴りはクーヤの身体を十メートル以上吹き飛ばしていた。地面に接触する瞬間に、クーヤは身体の表面で爆発を起こす。接触の衝撃を相殺すると同時に身体を浮かせ、足から着地する。

「そいつは俺のセリフだ」

 膝をついた体勢で、クーヤは呟いた。

 蹴飛ばされた背中が痛む。骨に罅が入ったかもしれない。

 冷えた風がクーヤの首筋に触れる。

 振り返ったクーヤの目に入ったのは、氷の剣を手にしたレーカの姿だった。刀身は、クーヤの首筋に添えられている。レーカの視線は、一切の感情がない、冷たいものだった。

 死ぬのか。

 頭に浮かんだ言葉に、クーヤの奥で何かが弾ける。恐怖や怨恨といった感情ではない。もっと、純粋な思いだった。ただ、生きたいと、もっと楽しい思いをしたいと、思った。今までの辛く、苦しい人生のままで幕を下ろすのが、どうしても嫌だった。

 クーヤは右手の宝珠を強く握り締めた。

 溢れ出す力が、クーヤの周囲に莫大な熱量を解き放つ。クーヤ自身の右手の炎は白熱し、触れた地面をも溶かし始めていた。

 クーヤの周囲に解き放たれた熱量はレーカを直撃する。氷の刃を一瞬で蒸発させ、レーカ自身の体力をも一気に奪う。初めて驚いたような表情を見せ、レーカが後方へと飛び退く。

「あああああ――ッ!」

 クーヤは腹の底から叫んだ。思い切り、自分の闘争心を吐き出す。

 クーヤの身体を白熱した炎が包み、背後から攻撃しようと移動してきたアエラを熱風で吹き飛ばした。

 氷点下の大気に身を包んで突撃してくるレーカに、クーヤは真っ向からぶつかって行く。クーヤは宝珠を握り締めた右の拳で、レーカの顔面を殴り付けた。

 絶対零度に近い大気の防壁を貫き、クーヤの拳がレーカを直撃する。周囲に水蒸気が破裂する爆音が立て続けに響き渡る。クーヤの拳は、レーカの頭を飲み込み、蒸発させた。

「お前……」

 頭部を失った人の亡骸の手から、宝珠が零れた。レーカの遺体が崩れ落ちる。クーヤは、落下していく宝珠を受け止めていた。

 何故、手加減したのか。

 疑問は声にならなかった。レーカは、確かにクーヤを殺せたはずだ。首筋へ刃をあてて止めずに振り切ってしまえば、クーヤの首は落ちていた。

 何の感情もない、冷たい視線は何だったのか。

 噛み締めた奥歯が音を立てた。

 振り返ったクーヤの前に、距離を置いてアエラが立っている。

「アエラ、お前に一つだけ言っておきたいことがある」

 クーヤは言葉を投げる。

 レーカの死で、頭が冷えていた。相変わらず、炎は白く光を放ち続けている。ただ、クーヤの心は落ち着きつつあった。

「なに?」

「ずっと前から、そのでかい胸が嫌いだった」

「なッ……!」

 クーヤの言葉に、アエラは絶句する。

 刹那、クーヤの炎がアエラを取り囲んでいた。上下左右、全ての方向から。

「クーヤ、あんたまさか……!」

「あばよ」

 冷たく言い放ち、クーヤは右手を水平に薙いだ。

 炎はアエラへと収束し、彼女の存在を焼き尽くす。白熱した熱量は一瞬で人間の身体を蒸発させ、消し去った。

「わりぃな、アエラ」

 隙を見せる方が悪いとでも言いたげに、クーヤは呟いた。

 アエラの力は厄介だった。一瞬で立ち位置を変えることのできる力は、人間には視認が極めて難しい。気配を読もうにも、移動速度が上昇しているために、気配も一瞬で動いたようにか感じ取れない。動きを封じるには、全方向から攻撃せねばらなかった。

 隙を作り出すという策を考え付いたのは、レーカの死で頭が冷えたためだろう。

 あのまま、力任せに戦っていたらどうなっていたか、判らない。

「まだ、あのディスク見てねぇんだ」

 場違いな言葉を呟いて、クーヤは燃えずに残った宝珠を拾い上げた。

 何故、今になってこんなことを思い出したのだろうか。

「やっぱ、楽しかったんだよな……」

 クーヤは小さく溜め息をついた。

 銭湯で過ごした、一日にも満たない時間が、クーヤにはとてつもなく楽しかったのだ。だから、強く心に残った。また、あの場所で笑いたいと思えた。

 どこか、レーンの冷静さに助けられたような気がした。


 *


 レーンは自分の幻と相手の幻を立て続けに発生させていた。

 互いに戦い合うレーンとティーン、レイヴィアの三人を至る所に配置する。自分の位置しか把握できなくなるほどに、大量に。

「レーンッ!」

 ティーンが叫ぶ。

「お前、俺が用意しておいた回避策使わなかったんだよな?」

「罪人の提案など受けるものか!」

「プライドと、レグナの勢力と、どっちが大切なんだよ?」

「何が言いたい?」

「いや、別に。俺にはどっちも全然いらねぇし」

 イラつくティーンを嘲笑い、レーンは敵を翻弄する。

「ま、せっかく俺がバランス調整しておいてやったのにな」

「何だと?」

 レーンの言葉に、ティーンが苛立った声を返す。どこにレーンがいるのか判らないため、常に周囲に気を配っている。レーンは彼の動きを真似て、幻のティーンにも投影させた。

 言葉を交わすティーンとは対照的に、レーンだけを攻撃し続けているレイヴィアの動きも真似る。幻のレイヴィアが幻影のティーンへ攻撃を始めた。

「やっぱり気付いてねぇのか。なぁ、今確認されてる宝珠って、偶数だろ?」

 レーンの言葉に、ティーンは愕然と目を見開いた。一度だけ、喉を鳴らして唾を飲み込む。

 レグナとリヴドで確認されている宝珠の数は、偶数だ。

 もし、レーンが追放されたとなれば、残る宝珠は奇数になる。これでは、レグナとリヴドに宝珠が均等には行き渡らない。結果として、はみ出した一つの宝珠を取り合う形になる。

 レーンが用意した回避策は、両者のバランスが均等になるようにするものだった。だが、奇数のものを二つの世界で均等に分けることはできない。

「はみ出た分は、俺が持ってるんだな、これが」

 レーンの口の端がつり上がる。

 奇数になっているのなら、偶数にすればいい。レーンは、はみ出るだろう一つの宝珠を密かに持ち出していたのだ。

 故に、レグナとリヴドに残された宝珠は偶数になる。偶数なら、均等に分割できるはずだ。均等に分散されたなら、バランスは保てる。

「つーわけで、そろそろ苦しんで貰うぜ」

 喉を鳴らして、レーンは笑った。

 レーンが左手に宝珠を取り出す。レーンが持ち出した宝珠『刻光こくこう』は光を司る。光が関わるありとあらゆる事象を操り、支配下に置く力だ。

「キサマ……!」

 ティーンもレイヴィアも目を閉ざす。

 光を視認せぬように、との考えなのだろうが、甘い。光の一部は瞼を透過する。目を閉ざした程度で無効化は不可能だ。

 レーンは光を操り、ティーンとレイヴィアの視覚神経を刺激する。『刻影』の幻をより現実的に認識できるよう、『刻光』の力を媒介にして彼らに直接流し込んだ。

「精神掌握」

 レーンの呟きと同時に、ティーンとレイヴィアの動きが止まった。

 彼らの精神と、肉体を切り離したのだ。いや、彼らの精神には思い通りに身体が動いているという幻を投影しているに過ぎない。実際には肉体にまで脳の指示が届かないだけで。

「どんなものにも、光と影がある」

 掌握したティーンとレイヴィアの中に、彼らの心の闇を投げ入れる。

 彼らが自分自身で最も恐ろしいと思うものが、目の前に現れているはずだ。並の人間ならこの時点で発狂しているが、レーンの力を知っている上に、自らも宝珠を扱う二人はまだ耐えている。

「崩壊」

 レーンが告げる。

 左手の『刻光』を突き出し、右手は胸にあてる。

 ティーン達の身体の感覚を戻し、光によるダメージを全身にぶつける。微弱な物理的エネルギーしか持たない光だが、『刻影』の力と併用すれば破壊力は高めることができる。

 レーンの身体の一部となった宝珠『刻影』によって精神に与えられたダメージは、肉体にフィードバックされる。生じた傷を光で刺激し、感じるダメージを幻によって精神的な部分で増幅させる。これを繰り返すことでレーンの望むままに相手の身体を痛め付けることができるのだ。

 ティーンの右腕が砂のように崩れ落ちる。

 突然のことに、ティーンの表情が歪んだ。ティーンはただ呆然と、ぼろぼろと崩れ落ちていく自らの身体に目を見開いていた。

「女性を殺したくはないけど、相手が相手だからなぁ」

 レーンは哀しげに呟いた。

 溜め息混じりに、レイヴィアを見つめる。彼女は、レーンを睨み返していた。

 レーンは一筋の閃光を放ち、レイヴィアの額を射抜いた。倒れるレイヴィアに目を伏せ、レーンは溜め息をつく。

 精神に干渉する『刻影』は、生物に対して凄まじいまでの効果を発揮する。特に、自我という理性を持つ人間に対して、精神干渉は様々な効力を発揮する。他者を鼓舞し、潜在能力を解放することもできれば、逆も然り。レーンの攻撃を完全に防げる宝珠は一つか二つしかない。故に、レーンは恐れられていたのだ。

 振り返れば、クーヤとサイが立っていた。レーンの戦いを目の当たりにしたサイは、言葉を失っている。クーヤは、目を伏せていた。

「とりあえず終わったな」

 レーンは溜め息混じりに呟いた。

 今まで避けてきた戦いを行ったことで、いつものような笑みを浮かべることができない。

 精神に干渉して相手の命を奪う『刻影』を、レーンはあまり好んでいない。どうしても、酷な戦い方になってしまうから。

「帰るぞ、空也」

 レーンの言葉に、クーヤが伏せていた顔を上げた。

「行くアテがないならうちで働け。お前に頼みたい仕事がある」

「……いいのか?」

「愛称は太郎だけどな」

「いつか殺す」

 クーヤがぽつりと呟いた。

「やれるものならやってみろ」

 レーンは口元に笑みを浮かべる。

 ようやく、笑えた。

 サイは、どこか羨ましそうに二人のやりとりを眺めていた。

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