夢じゃない朝
次の日の朝。
うっすらと明るくなった薫の部屋にカーテンの隙間から朝日が差し込み、布団で寝ている薫の顔に直撃していた。
「うーん」
朝日の眩しさに、薫は目を覚ます。そのまま起き上がり、背中をボリボリとかいた。
薫の頭の中はまだボンヤリとしていた。
薫はとりあえず時計を見る。
「七時……」
いつもの起床時刻より少し遅い。
しかし遅刻するほどではない。
「たるい……」
疲れが取れていなかった。
疲れは睡眠欲を呼び寄せる。
眠気を取ろうと、薫は布団から出て洗面台に向かった。
洗面所に入って蛇口を捻り、水で顔を思い切り洗う。
「プハァ。すっきりした」
顔を拭いてタオルをおろすと、鏡に薫の顔が映っていた。
いつも通りの平凡な顔。
何十年と見続けてきた、見慣れている顔だ。
幼女なんかじゃない。
「やっぱり昨日のはただの夢だよな」
タオルを洗濯機に放り込み、薫は鼻歌で歯磨きを済ませ部屋に戻る。
「いやー、変な夢を見てしま――」
「朝からお元気ですね」
テーブルの上には、白い獣のヴィーゼルがいた。
「お腹が空きました。朝ごはんをお願いします」
昨日と同じように、感情の籠らない声でお願いをしてくる。
「夢じゃなかった……」
夢だと思い込めば夢になってくれるんじゃないかと、薫は最後の悪あがきをしてみたが、やはり意味はなかった。
昨日は魔法の説明を受けた後、しばらくしたら幼女の姿から元の姿に戻った。服も元の服に戻っていて、ヴィーゼルいわく、服ごと変身しているとのことだった。
「薫さんお腹が空きました。ボクは電子レンジの上にあったパンと冷蔵庫の中にあったベーコンと卵で、サンドイッチをお願いします」
「ああ、分かった。って何で冷蔵庫の中身まで知ってんだよ」
「そんなこと、どうでもいいじゃないですか。ボクはお腹が減ったんです。早く朝ごはんにしましょう。朝ごはんは一日の活力ですよ」
「……分かった」
薫も腹は減っていて、ヴィーゼルと言い合う気力はなかった。
部屋を出て、廊下のキッチンの前に立つ。
「簡単なのにするか」
箸とフライパンを取り出し、フライパンはコンロの上に置き火にかける。冷凍庫から出した冷凍ご飯を電子レンジにかけ、冷蔵庫からはベーコンと卵二個を取り出した。
ベーコンのパッケージを開き、箸でフライパンに広げて火にかける。じわりと溶け出した脂が、パチパチと音を出しながらはぜた。
縮み始めたベーコンを端に寄せ、今度は卵を割り入れる。卵はベーコンの脂でジュワジュワと焼け、その上に塩コショウを振りかけた。パンに挟むから、薫は塩コショウをいつもより濃い目にした。
卵を焼いている間に皿を二枚取り出し、片方には電子レンジの上に置いてあったパンを取ってのせる。
卵の黄身が半熟固めになったところで火を止め、一つはそのまま皿の上へ、もう一つはパンの上にのせた。カリカリに焼けたベーコンもそれぞれにのせ、パンの皿には仕上げにパンを重ねてサンドイッチにする。
解凍が終わったご飯と共に部屋に戻り、薫はパンがのった皿をヴィーゼルの前に置いた。
「いい匂いです」
薫も自分の食事をテーブルの上に置き、そのそばに座る。
「いただきます」
「いただきます」
この部屋で誰かと食べるのは初めてで、薫は何だかむず痒い変な気分になった。
ヴィーゼルは前足でサンドイッチを掴み、ハグハグとかぶりつく。そして、ふと止まって薫を見た。
「これ、おいしいです」
「……そうか」
少し赤く染まった頬をヴィーゼルに隠しながら、薫もご飯を食べ始めた。
「そうだ。俺はこれから仕事だが、ヴィーゼルはどうするんだ?」
「ほふふぁひょひょっふぉふぉふぃ」
ヴィーゼルはサンドイッチをくわえたまま喋る。
「それを飲み込んでから話せ」
「……ボクはちょっと外に出ます。シュテルン石を探さなければならないので」
「そういえば、シュテルン石ってどうやって探すんだ?」
昨日、シュテルン石のことを聞いた時には、その話をしていなかった。
「シュテルン石が特殊なエネルギーを吸い込むということは話しましたね?」
「ああ、それが溜まると実体化するって」
「まっさらなシュテルン石を探すことは困難ですが、エネルギーを吸い込んだシュテルン石は探知することが出来ます。ただ、その範囲がかなり狭い。エネルギーを溜め込めば溜め込むほど範囲は広がりますが、それでも、数キロといったところです。そして、そこまでエネルギーを溜め込めば、すぐにでも実体化します」
「つまり、実体化する前に回収するのは難しいってことか」
出来ることならば、魔法少女に変身せずシュテルン石を回収したかった薫は、目に見えてがっかりした。
「実体化すれば、範囲は数十キロと広がるんですけどね。とりあえず、この周辺から探してみます」
「是非とも頑張ってくれ」
薫は力を込めて言う。
その頑張りいかんによっては、薫が恥ずかしい思いをせずに済むのだから。
「さて、仕事に行く用意をするか」
食べ終わった皿をキッチンに持って行き、薫は朝の用意を始める。その間、ヴィーゼルはサンドイッチを食べ続けていた。
「ふぅ。お腹いっぱい。満足です」
「お、食べ終わったか」
薫はヴィーゼルの横に紙で出来た箱を置き、皿を片付ける。
「何ですか? これ」
ヴィーゼルは箱を開ける。中にはサンドイッチがぎっしり入っていた。具材はレタスとポテトサラダのようだ。
「ヴィーゼルの分のお弁当。いるだろ?」
皿をキッチンに置いてきた薫が、部屋に戻って来て答えた。
小さな身体には不似合いの量の弁当だったが、ヴィーゼルは意外とよく食べる。昨日は誕生日ケーキを全てたいらげていた。
魔法少女にまつわる件で食欲は失せていたのでケーキを食べられてもかまわなかったが、ホールケーキが小さな身体のどこに消えていくのかと薫は驚いた。
「ありがとうございます」
「おう。それ食って体力つけてシュテルン石を見付けてくれ」
ヴィーゼルはサンドイッチの箱を閉めて、それを部屋の隅に持って行く。
部屋の隅には見覚えのないクッションや小さな棚などが置かれ、いつの間にかヴィーゼルの巣が出来上がっていた。
ヴィーゼルのリュックもそこに置いてあり、ヴィーゼルはサンドイッチの箱をリュックにしまう。
「もうヴィーゼルも外に出られるか? 家の鍵をかけたいから一緒に出るぞ」
「大丈夫です。準備万端」
ヴィーゼルはリュックを背負った。
「よし、じゃー出るか」
薫も黒の手提げカバンを持ち、玄関に向かう。その後を、ヴィーゼルがテトテトと続いた。
薫が玄関を開くと、太陽の眩しさが目に入る。アパートの二階から見える空は、どこまでも青空が続き快晴だった。
「今日も一日晴れそうだな」
「いいお出かけ日和です」
薫は仕事へ、ヴィーゼルはシュテルン石探しへと出発した。




