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それはイブの夜に  作者: 大平麻由理
一時間目 始まり
8/33

8.もう恋はしない その2

「あ、いけない。もうこんな時間だ。そろそろ家まで送っていくよ。今夜は林田さんと一緒に食事ができて楽しかった」


 ぎこちない笑みを見せたあと時計に目をやった植山が席を立とうとしている。

 このままでいいのだろうか。今ならまだ間に合う。一緒にスキーに行きたいと言えば、彼も思いなおしてくれるかもしれない。


「あの、植山先生」


 紗友子は勇気をふりしぼって訊ねた。なのに。


「あ、いいよ。ここの支払いはこっちにまかせて」

「いや、それは困ります。ここは私が……って、そうじゃなくて、ちょっと待ってください」


 思うように紗友子の真意が伝わらない。植山が目も合わせず勢いに任せて立ち上がり、素早く支払いを済ませ外に出る。

 紗友子が追いついた時にはすでに彼は運転席に座りエンジンをかけていた。助手席に乗り込みシートベルトを締めるや否や無言で車が走り始める。

 どうして素直に行きたいと言えなかったのだろう。もちろん、過去のあのことが紗友子の心にブレーキをかけているのは明らかだ。けれどその当時の恋人と植山は全くの別人であるし、新しい出会いで幸せをつかんだ人はいっぱいいるはずだ。


「植山先生、お願いです! どこかで止めてもらえませんか」

「え?」


 紗友子は自分でもびっくりするくらい大きな声を車内に響かせた。植山もあまりのことに驚いたのだろう。急に減速し、左前方に見えた公園そばにある駐車場に車を止めた。


「林田さん、急にどうしたの?」


 植山はハンドルに手をかけたまま、きょとんとした顔をこちらに向けた。


「あ、あの、急に叫んでしまってごめんなさい」

「それは別にかまわないんだけど。寒いけど、外に出ようか? それとも」

「あの、このままで。すみません……」


 植山がわかったと言って頷き、シートベルトを外して座り直した。


「先生。さっきラーメン店で先生がおっしゃったこと、まだ終わってませんよね。途中なんですけど」

「ラーメン店で? 僕が?」


 彼が何度も首を傾げ、こちらをのぞき込む。


「そうです。私のこと、いろいろ知りたいって。次は私の話す番だって、先生がおっしゃった」

「あ……。そうだったね。でも、こんな遅くまで女性を引き留めちゃいけないだろ? 君の彼にもご両親にも申し訳なくて」

「それですけど。あの、私。彼氏なんていません。本当にいないんです!」


 なぜかむきになってしまう。誤解を解きたい一心で声を荒らげた。


「え? あ、そうなんだ」


 一瞬目を見開いた植山だったが、表情が次第に和らいでいくのがわかった。


「だから、先生のスキーのお誘い、本当はとても嬉しかったんです」

「そっか、いないのか……。で、どうしたの? 無理してない?」

「無理なんてしてません。先生とスキーに行けたら、どんなに楽しいだろうって、本気でそう思いました。本当です。でも、だめなんです。行きたいのに、躊躇してしまう自分がいるんです」


 言えた。やっと本当の気持ちを伝えることが出来た。紗友子の心のしこりが徐々にほぐれていく。優しく受け止めてくれる彼にすべてを話してしまいそうになる。


「もしかして、林田さんのご両親が、そういうことに厳しいの?」

「いいえ、そうじゃないんです。親は私のことを信頼してくれてますし、職場の先輩とスキーに行くと言えば、快く送り出してくれると思います」

「そっか。なら、付き合っているわけでもない男と二人で旅行に行くなんて、やっぱり教師として無責任な行動は取れない、だからいい返事ができない、とか?」

「ふ、二人で?」


 なんとグループなどではなく、二人きりのスキーの誘いだったのだ。それはそれで衝撃的だったが、ますます彼から距離を置いてしまいそうになる自分が顔を見せ始める。


「二人って、やっぱまずいよね。いや、あの、変な下心があるとかじゃないんだ。そこははっきりと言わせて欲しい。春スキーの場所は限られているし、宿泊施設も相部屋のところもある。設備だって最小限なんだ。純粋に山とスキーを楽しみに行く、そんな旅行のつもりだったんだけど」

「植山先生。本当にスキーが好きなんですね。私だって、先生が滑っているところを見たいし、先生に教えてもらったら、もっとうまく滑れるようになるのかなって、夢を見てしまいます。でも……」


 全部話してしまいたい。けれど、こんなことを彼に知られたら、嫌われてしまうかもしれない。そう思うと何も言えなくなるのだ。

 

「林田さん。この際、言いたいことは全部言ってしまおうよ。なんとなくだけど。昔付き合っていた人と何かあった? 林田さんも言いたくないだろうし、僕だって、君の元カレの話なんて知りたくはない。けどね、全部吐き出してリセットしないと、前に進めないこともある。誰だって過去はある。僕はね、林田さんのすべてを受け止める覚悟はあるんだ。ずっと君を見てきて、いつしか君にあこがれて、決して手の届かない人だけど、いつか認めてもらえるよう頑張ろうって、毎日過ごしてきた。でもいつも失敗ばかりで、君に迷惑ばかりかけて。こんな僕だけど、話して楽になるのなら言って。君がこの先笑顔でいられるのなら、僕は何も怖くない」


 彼のはねた髪の毛も、よれよれのジャージ姿も。

 今の紗友子には、どんなにスタイリングされたヘアースタイルより、そして、びしっと決めたスーツ姿より、眩しく目に映った。

 




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