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帝都レキ=アード。
多くの人々が行き交うアージェント大帝国最大の都市だ。第二帝都とまで言われるキトでさえ、この都市の人口の半分にも満たない。
前日の乱闘で半分近くの騎馬や剣使いを失った彼ら一行は、早急に皇城へ向かい、生き残った警備たちの手当てを要請した。動けない警備たちは、途中に立ち寄った大きなオアシスのそばに置いてきたので、彼らの救出を依頼すると皇帝側はそれにも応じた。
エファイテュイアの夫候補の双子は、現在皇太子という身分にある。どちらが皇帝になるのかは、いまだ決定されていなかったが、病がちの皇帝は間もなく譲位するだろう。そうなれば、次期皇帝を正式決定しなければならない日も近い。
エファイテュイアはその次期皇帝と婚姻を結ぶことになっていた。だが、いくら未来の皇妃とはいえ、そう簡単に目通りが実現するはずはない。
何もすることがないまま、帝都で無駄に三日が過ぎていた。
大勢の召し人たちによって飾り立てられかしずかれることに慣れている彼女でも、他人の城のそれも皇城ではさすがに居心地の悪さを覚えていた。
大臣が何度も部屋に来ては、あの方がたもお忙しいご身分でいらっしゃいますから、と言い訳のように口にするのにも慣れてきたころ、夜も更けてからようやくエファイテュイアは彼らの私室へ招かれることになったのだった。
* * *
「皇太子殿下。エファイテュイア様がお越しでございます」
「ーーー入れ」
低く、凛とした声が中から聞こえる。扉が開かれて、エファイテュイア一人だけが入室を許された。
広さはエファイテュイアの私室とさほど変わらないようだった。だが、飾りつけることの好きな彼女の私室には調度品やら小物が整然と置かれているが、この部屋には必要最低限のものしかない。がらんとした閑けさを覚える。
部屋には一人の男性がいたが、エファイテュイアからは背中しか見えなかった。机に向かってなにか書き物をしている。
裾の長いドレスの衣擦れの音を聞いても、彼は振り向きもしなかった。
少し眉をひそめた。
エファイテュイアには誰かに無視された経験がない。
「シェアライズ様?」
背中に呼びかけてみた。
シェアライズ・ケディ・アージェント。それが未来の夫候補の名であった。氷の貴公子と綽名され、ディルザードと並ぶ剣使いとの噂も高い。
だが、彼からの返事はない。
「シェアライズ様?」
絵師の描いた肖像画でしか知らない彼の顔を見てみたかった。エファイテュイアにはそれだけだったのだ。
「ーーー気安く呼ぶな」
「え?」
何を言われたのかよくわからず、彼女は聞き返した。
名に違わず、氷のような声音。それはエファイテュイアの心をも凍らせるかのように響く。
「見てのとおり、私は暇ではない。父上の手前、部屋には呼んだがさしたる用もない。婚姻などには興味がない」
冷たく突き放されて、エファイテュイアはきょとんと首を傾げた。
「でも、わたしは顔を見たいわ」
「何?」
シェアライズにとってはかなり的を外した言葉だったのだろう。思わず手を止めて、振り返った。エファイテュイアの瑠璃色の瞳と遭遇する。唖然とした色を浮かべたが、それはすぐに冷徹な眼差しに変化した。
すぐ視線が戻された。
「好きなだけいたら出て行け。婚姻の儀で会おう」
それきり、彼からの言葉はなかった。
エファイテュイアはしばらくじっとシェアライズの背中を見ていた。




