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【夢幻の大陸詩】 砂上の堕天使  作者: 水城杏楠
十章  何処までも続く道
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 小さな手は、ただ大気を掴んだ。

「……あ」

 疾風のように、【落陽】がエファイテュイアの前を駆け抜けていった。

 再び後ろから抱きかかえられ、引き戻されたのだ。【隻眼】の手はエファイテュイアを掴み損ねて通り過ぎる。入り口近くで馬に乗って待つ【刃】の隣で、【隻眼】も馬を止めた。

 声を上げたのは、ディルザードではない。

 観客すべての視線が、ただ一人の男に集中した。

 人を威圧し、牽制することに慣れている声。

「……皇太子殿下がお立ちになっているぞ」

「氷の貴公子、だ」

 口々にそんな呟きが湧き上がった。

 シェアライズ・ケディ・アージェント。氷の貴公子の異名を持つ、この国の皇太子であった。

「何をしている! 彼らは蛮族にして大罪人ぞ。捕らえよ」

 よく通る朗々とした声だった。威圧的な態度。騒いでいた街人のすべてが、その声に聞きほれた。めったに直の声など聞く好機はないのだから。

 彼の隣に座っていたもう一人の皇太子も立ち上がった。華の貴公子、ルジェンリューズ・ケディ・アージェントである。

「彼らに正しき制裁を」

 皇太子二人が動き出したことで、混乱し始めていた会場に冷静さが戻った。が、この雰囲気を感じて【刃】がはっと手綱を握り締めた。

「まずいぞ、兵が来る……!」

 この広場を警備していた兵たちはすでに【刃】が絶命させてしまったが、その奥にはどれほどの兵が控えているのか計り知れない。なんといっても帝都レキ=アードである。そうなれば逃げ道はない。

「行くぞ、【隻眼】っ!」

「……だが、エファが」

「もう無理だ。お嬢さんなら殺されはしないだろうが、オレたちは違うんだぞっ!」

 だが、【隻眼】は動けなかった。【刃】が強引に【落陽】の手綱を掴んで走らせた。

「エファっ!」

「……【隻眼】っ」

 彼女が皇太子たちから【隻眼】に視線を戻したとき、すでに彼の姿は入り口付近のどこにも見えなかった。ディルザードの腕に抱かれたまま、彼女の身体は小刻みに震えていた。



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