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【夢幻の大陸詩】 砂上の堕天使  作者: 水城杏楠
九章  白昼夢の領域
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(片眼の見えねぇガキなんさいらねぇ)

(じゃあ捨てちまいなよ。あたしらだって貧しいんだ。こんなガキ食っていかせらんないね)

 どこからか声が聞こえる。

 幻聴。

 わかっているのに、それは止まらない。

(あぁ、ほら泣くんじゃないよ)

(最後の最後まで手間のかかるガキだ)

(本当に。なんでこんな労働力にもならない子を産んじまったんだろうねぇ。片眼じゃ売ることもできないじゃないか)

 貧しい身なりをした男女が、厭わしそうな眼差しで見下ろしていた。そして、まるで穢らわしいものから逃げるようにして、背を向けて去っていった。

 子供はまだ、大声を上げて泣いている。

 これは現実じゃない。それがわかっているのに、どうしてこれほど鮮明なのだろう。

 自分で想像した夢の中に、束縛されている。

 どんな風に捨てられたのかなど、本当は何も知らないのに、無知こそが恐ろしくて、子供の頃から自分の捨てられた状況を勝手に想像して作り上げていた。

 蔑むように見下ろす夫婦の眼差しだとか。

 冷酷に突きつける言葉の数々だとか。

 それらが現実だったと思い込むことで、彼は逆に救われてきたのだ。

(ほら、早く帰って芋を売りにいかないとね)

(無駄な時間を食っちまったなァ)

 罪悪の欠片も感じていない口調で話している声が、彼らの姿が遠ざかって見えなくなった今でも聞こえている。

 もう、やめろ。

 聞きたく……ない。

 こんな右眼があるから、両親に嫌われて、いらないものだと思われて捨てられた。

 右眼が憎らしい。

 だから、抉り取った。いらないものを捨てるのは、簡単なことだ。その行動を叱るでもなく、諌めるでもなく、ただ静かに見守っていた【流砂】の顔を今でも忘れない。

「いつまで寝てんだよ、この蛮族がっ!」

 強い力で後頭部を蹴飛ばされ、夢か現実かわからない場所から引きずり出された。

 うっすらと左眼を開くと、【隻眼】の視界からは幻聴から解き放ってくれたらしい男の足が見えた。

 すぐ近くに床がある。

 腕を動かそうとしたが、動かなかった。後ろで縛られているからというよりも、殴られ痛めつけられてすでに感覚がないらしい。

 冷たい石の床に転がされているこの状況を思い出し、軽く口の端を歪めた。そうすることができるだけの余裕があることを確かめておきたかったのかもしれない。

「どうだ? 蛮族。喋る気になったか?」

 さっきとは違った方向から声がした。何人いるのだろう。二人か、三人か……。一人の男が今度は右足を蹴飛ばした。

「……っ!」

 激痛が全身を走ったが、声を上げることだけは堪えた。

 右足が折れているのかもしれない。鍛えられた何人もの男たちに殴られ、蹴飛ばされたのだ。口の中には苦い味が広がり、全身には無数の痣や傷があった。

「さっさと答えな! なぜ皇太子殿下を狙ったのだ!」

 胸元を捕まれて無理矢理上体を起こされた。そのまま男の拳が飛び、乾き始めていた頬と額の傷口から再び大量の血が噴き出す。

「……が……はっ」

「ほらっさっさと吐いちまえ。そうすりゃ楽になれるぜ」

 再び男の拳が飛んだ。

 何度も何度も。

 避ける気力などもちろんあるはずもない。【隻眼】はされるがままに殴られ続けていた。

「……おい。これ以上やれば死んでしまうぞ」

 また違った声が聞こえた。ひどく冷静な口調だったからか、男の拳が止んだ。

「だがこいつは蛮族だぞ!」

「ここで死ねば公開処刑ができなくなる」

 冷静すぎるその言葉に舌打ちしながらも、男は【隻眼】の胸元から乱暴に手を離した。再び床に転がされる。

「そりゃあ残念だもんな。しかたねぇや」

 彼ら帝都レキ=アードの人間は、デリトナ荒野の蛮族を卑しい存在として蔑み、自分たちこそ優雅で穢れなく、すべての行ないは正しいのだと信じている。

「……歪み、きった……愚、者   」

 薄れゆく意識の中で、虫の鳴くような声で呟いた【隻眼】の言葉は、誰の耳にも届かなかった。

 三つの足音が遠ざかり、重々しい鍵をかける音が聞こえた。


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