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【夢幻の大陸詩】 砂上の堕天使  作者: 水城杏楠
八章  明日を見るなら
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「出かけてくる」

 唐突に【隻眼】そう告げた日、デリトナ荒野には数ヶ月ぶりの雨が静かに降っていた。

「どこに行くの?」

 彼が出かけるときには必ず行き先を告げる。エファイテュイアには様々な情報を隠さず伝えていたのだ。

「レキ=アードだ。前に話しただろう? 【紅葉】の病気が思わしくない……薬を取りに行く」

 彼の仲間の一人である【黒曜石】という男が最近拾った幼い娘である【紅葉】が病気がちであること、その薬が足りないことは、エファイテュイアも知っていた。

 裕福な貴族は、手に入れにくく高価な薬をいくつも持っているのだと彼は言う。

「【黒曜石】はまだ怪我が完治していないからな」

 その怪我は帝都レキ=アードの兵たちに拷問されてできた。あれから十日以上が過ぎているが、いまだに【黒曜石】は自分の足で歩くこともままならないらしい。

「大人しくしていろ。すぐに戻る」

【隻眼】はいつものように背を向けた。大きな背中。

(……あ、行っちゃう)

 そう思ったら、次の瞬間エファイテュイアでも予想していなかった言葉が口からすらりと出ていた。

 置いて行かれることには慣れていたつもりだったけれど。

「……わたしも、行きたい」

「何?」

 彼を立ち止まらせ、振り返らせるには確かに十分すぎる一言だっただろう。それを聞いた【隻眼】よりもむしろ、言ったエファイテュイアのほうが驚いていたのだから。

「何を言ったかわかっていないようだな」

「わかっているわ。わたし、【隻眼】と帝都に行きたいの!」

 レキ=アードに赴く危険性を彼女は知らない。

 そして、【隻眼】たちがしている非人道的な行ないの数々を。

「お前にはわからないかもしれんが、俺たちがしているのは盗みだ。エファ」

 彼女には隠さず話す、【隻眼】はそう決めている。

「構わないわ」

「その手が穢れてもいいというのか」

「貴方と墜ちていく未来なら怖くなんかないのに」

 エファイテュイアと【隻眼】では立場がまったく違う。もともと同じ目線でなど物事を見ることは出来ないのだ。

 だが、孤独を分かち合い、【隻眼】とともに墜ちていくことならできるーーー。

 何かが不安だった。

 今日に限って、そんなことを思ってしまった。いつも和やかに彼を送り、出迎えていたのに。

 ただ、ここで離れてはいけないのだと、直感がそう訴える。

「だめだ。俺はお前の未来は墜とせない……」

 彼は、エファイテュイアの頭を軽く抱きしめてやり、そのまま背を向けた。不安はそれでも消えなかった。


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