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【夢幻の大陸詩】 砂上の堕天使  作者: 水城杏楠
序章  願い事、ひとつだけ
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 ーーーどうしても欲しいものだとか、譲れないものだとか。

 心臓が止まるほどに痛々しく、甘美な気持ちなんかを、今までずっと知らずに十五年間も生きてきて……。

 でも、本当は憧れていたの。

 物語のように、狂おしく煌めいた未来と、そのずっと彼方にある激しい熱を帯びたタマシイの欠片に出逢うこと、を……。




      *   *   *




 無心になれと頭のどこかで命じられる。

 そうしたらあと少し。

 すとんと落ちるその一瞬。始まっていく。止まらなくなる。

 もうまわりはぼやけて見えなくなって。

 時の中に陶酔して。

 息をするのも忘れるくらいに。

 そして。

「ーーー来い」

 低く。

 大気を切り裂く声が耳朶を打った。厳然と。

 その言葉が契機になった。

 落としていた剣の切っ先を地面から放したと同時に、身体は意識せずとも軽やかに動き出す。柄を強く、握り直しながら。

 束ねた豊かな金髪が、動き出した風の中で踊る。大きな瑠璃色の瞳は、真っ直ぐに前を見据えた。四方を象牙色の壁に囲まれた中庭で、今その瞳が捉えるものはただ、ひとつ。

 無心で。

 右手に力を込めて、まずは左から横薙ぎに剣を動かす。ばっと相手が飛び退くのを眼ではないところで追いかけた。すぐに一歩踏み出してくる、これは予感。

 斜め下から振り上げる相手の刃を、両手で持った剣で受け止め薙ぎ払う。

 キーンと、鋭い金属の音が、静寂に崇高な響きを誘った。

 そのまま斜めに打ち下ろすが、相手に難なく受け止められていた。

「……っ」

「どうする?」

 風のような声が、耳のすぐそばで流れた。

 二つの刃は重なりあったまま、じりじりと時が刻まれてゆく。踏み込もうとするが、そのたびに相手の圧倒的な力に押されて戻される。このままでは体力を削るだけ。

 そう思った次の行動は素早いものだった。すぐさま一歩下がって距離を保ち、そのまま刃を振り上げた。

 だが。

「…………あっ」

「勝負、あったかな」

 そのときすでに、相手の持つ銀色の切っ先が喉元に突きつけられたあとだった。

 軽く、息を呑んだ。

「ーーー少し、遅いな」

 刃を持つ右手を振るわせることなく突きつけたまま、低い声がそう告げた。息一つ乱さず、悠然とした構えで。

「お前は力が弱い。体格も小さいのだから長く刃を合わせていては力負けすると何度も言っているだろう? むやみに刃を振り上げるな。隙ができやすい」

 頭の上のほうから冷静な言葉の数々が降ってくる様を、しばらく呆然と聞いていた。ようやくその刃が首筋からはずれ、それは金糸と翠玉の装飾に覆われた鞘に静かな音とともに戻っていく。剣が眠りにつくときの、音。

 カーン……。

 その音ではっと我に返った。しばらく反論のタイミングを逸していたのだ。カランと、手元から剣の柄が抜け落ちた。そんなことにも気づかずに。

「……ねぇ」

「それに足元がーーー」

「兄様っ!」

 なおも言葉を紡ぎかけた長身の青年を上目遣いに見上げて、高い声を少し荒げると、ようやく彼はその口を閉ざした。

「どうした? エファイテュイア」

 涼しい顔つきと真摯な瞳に見下ろされ、まだ少女でしかない小柄な身体のすべてで機嫌を損ねたことを主張してみせる。ふいっと横を向き、頬をふくらませて、拗ねた態度。

 青年は落とされた剣を拾い上げて、少女の腰に下がっている彼の持つものと同じ装飾の鞘に収めてやりながら、容貌のよく似た少女を少しかがんで覗き込んだ。

「おやおや。私はまた麗しき我が妹姫のご機嫌を損ねてしまったらしいな。ーーーライル、朝食のメニューは?」

「子羊の薄焼きソテーとトマトのシチュー、そしてザッカリアの実の絞りジュースとアイスクリームでございます、若君様」

 中庭の隅で控えていた男が澱みなくそう答えると、満足そうに青年は笑みを浮かべて頷いた。

 最後のメニューを聞いた途端はっと顔を上げた少女はというと、反射的に青年の顔を見上げたあと、しまったというようにその愛らしい顔を情けなくゆがめたのだった。

 いつもころころと豊かな感情を表現するその瞳が、今は完敗の悔しさに燃えている。

「ほら、そんな表情をしないで。お美しい顔が台無しだよ」

 再び俯こうとする少女のあごを、青年の白く長い人差し指が捕らえて上を向かせた。

「ーーーディルザード兄様のいじわるっ」

「ははは。今ごろ知ったのか」

 さらに拗ねた声を出してみせても、年長者の余裕と言うべきか、朗らかに笑っただけだった。

「さぁ、行こう」

 喧嘩を知らない仲睦まじい兄妹は、腕を組んで中庭をあとにした。



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