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一日目

これはバレンタインにチョコを貰うためのハウツー本です。


三日前から始めるバレンタイン予防

                 結城紅


 バレンタインなんてクソくらえなどと思っていた二月十一日の朝。

 三日後のイベントに憂鬱としていた俺とは対照的にホームルーム前のクラスは明るい。話題は皆同じ、バレンタインだ。

 男子は今年何個貰えるか。女子は誰にあげるか思案しているのだろう。

 喧騒に満ちた教室の中、背後から二人の男子生徒が忍び寄ってきた。


「……ああ、ゆう十海とうみか」


「朝から元気ねーな」


「もっとシャキッとしねーとチョコ貰えねーぞ」


 元気がないなと心配してくれたのが勇、短く切り揃えられた髪と眼鏡が特徴的な男子だ。

 一方、チョコ貰えないなどとほざきやがったのが十海、長い茶髪とつり目が印象的な男子。両方共腐れ縁で繋がっている悪友だ。


「……何の用?」


「いや、今日はコレを持ってきてな」


 そう言って勇が取り出しのは一見普通の眼鏡。黒いフレームに少し角ばった、ありふれた眼鏡。

 一体これがなんだってんだ?


「まあ、兎に角かけてみろ」


「前みたいに爆発しないだろうな?」


「しない」


 こいつはちょくちょく変な物を作っては失敗し、教師に捨てられている。たまに成功するのだが、使用用途が不純すぎるので取り上げられる。

 ……暇だったし、かけてみるか。

 眼鏡を掛けると世界が一変した……などということはなく、至って平凡な教室の様相が写し出された。


「なにも変わんないけど」


「それで誰か適当な奴見てくれ」


 言われた通りに、近くの生徒……前の方にたむろっていた女子の一人に焦点を合わせる。

 すると、眼鏡からピピっと音が鳴り、女子生徒にロックオンのマークが被った。同時に、視界の右上に5という数字が表示される。


「勇、この数字はなんだ?」


「ああ、気づいたか。それはな……」


 もったいぶるように、勇がわざとらしく間を空けた。

 ゆっくりと息を吸い、二の句を継ぐ。


「『女子力』だ」


「な……ん……だと?」


 女子力って、確か……掃除とか料理できたりとか、兎に角女子の魅力的要素を指すものだよな。


「お前の貧困な想像力には哀れみを覚えるな」


 うるせえな。


「まあ、そんなとこだな。具体的には、料理を重視して数値を計測している」


「は、なんで?」


「おまっ、そんなこと決まってるだろ?」


 十海が会話に入ってきた。

 どうやらこいつは俺の知らない解答をもっているらしい。


「三日後はバレンタインだよな?」


「ああ、そうだな」


「誰がチョコ作れそうとか把握できたら便利じゃないか?」


 あー、そういうことね。

 でもさ、


「お前ら馬鹿じゃないか?」


「「は?」」


「よしんば作れたとしても、くれるかどうかは別だろ?」


 はっきり言って、俺達三人組はこの学校に置いて問題児、最大の汚点だ。周囲の人間からは軽蔑されている嫌いがある。

 そんな三人に「チョコくださいな」なんて言ってチョコをやる奴がいるだろうか。否、いるはずがない。有り得ないんだ。長年引きこもりだった人間が突然履歴書持ってハローワークに行くほど有り得ないんだよ。

 だが、この二人はそんな可能性に思考が回っていないらしく、


「大丈夫、土下座すればきっとくれるって!」


「お年玉をおろしてきた俺に死角はない」


 なんでこいつらはこんなにも馬鹿なのだろう。

 説得しても意味がなさそうなので、諦めて協力することにする。


「まあ、取り敢えず作れそうな人間を探すところからだな。ちなみに、女子力5ってどのくらいの位置づけにあるんだ?」


「辛うじてカップラーメンを作れるレベルだ」


 ショボイな!

 視点を外し、別の女子をロックオンする。


「勇、女子力10はどのくらいだ?」


「米が研げるレベルだな」


「じゃあ、15は?」


「カップラーメンが上手く作れるレベルだな」


「お、50は?」


「卵単体を使った料理が可能だ」


「75」


「塩とこしょうの区別がつくようになる」


「あ、120なんてどうだ?」


「朝食を作れるレベルだ。主にトーストと目玉焼きだな」


 ウチのクラス、女子力低すぎないか?

 料理を作る必要性がなくなってきているのは分かるけど……。

 半ば諦めかけて視点をグルリと右に移す。すると……


「なっ!?」


 右上の数字がどんどん上昇していく……!!


「300、500、1000、5000、12000!?」


 女子力1万2千……だと!?


「12000!? チョコどころか、ひとりでケーキが作れるレベルだ。大抵の定番料理もこなせる」


「な、なんてこった……、ウチのクラスにあんな化け物がいただなんて」


 俺の視線の先にいたのは――


「「委員長!」」


 俺の視線に勘づき、勇と十海が一斉に駆け出した。このクラスの学級委員長、もちろん女に。


「……げっ!?」


 委員長は振り返るなり心底唾棄するような表情で二人を睨めつけた。しかし、二人はそんな委員長に構うことなく猛然と向かっていく。

 さて、二人はここからどう巻き返してチョコまで持っていくのか。 

 ゆっくり見物といこう。俺は結果が見えているので行く気すら起きない。

 まず最初に十海が口を開いた。


「委員長、なんだか今日は綺麗ですね!」


 それは、いつもは綺麗じゃないと言いたいのだろうか。


「委員長、上履き変えたんですか。おニューですね、羨ましいです」


 褒めるなら委員長を褒めろ。あと、死語を使うな。

 委員長はいつになく丁寧な対応で迫る二人に露骨に嫌そうな顔をした。


「え、ちょっ、気持ち悪いからやめてくれない?」


 しかし二人は委員長の蔑むような視線に晒されても臆する様子を見せない。それどころか、笑顔を能面のように貼り付けて尚も言い募る。


「フッ……。気持ち悪い、か。僕の色香に惑わされたのかな」


 と、十海。


「最早俺の美しさは芸術すら越えた高次……神の域にまで達してしまった。美しさとは罪なものだな」


 と、勇。


 全くもって気持ち悪い。

 案の定、二人共委員長に足蹴にされている。


「ちか、よら、ないっ、でッ!!」


「この通りです! お願いしやす姉御ぉ!!」


 十海が足蹴にされつつも、堂に入った見事なフォームの土下座を披露した。ウチの父さんより土下座がうまい。こいつ、デキる!!

 一方、勇は。


「か、金なら幾らでもある! い、いくら欲しいんだ!?」


 死に際の金持ちのようなセリフをのたまっていた。

 お年玉をおろしてきただけあって勇の財布は中々肥えている。

 委員長は勇を足蹴にしつつ、財布を尻目に嘲笑的な笑みを浮かべた。


「私のチョコが欲しいんなら100万円持ってきな!」


「ちょっと待っててください。腎臓売ってきます」


「おい、早まるな勇!!」


 そこまでして欲しいか、チョコ!?



 結局、二人は足蹴にされただけ損をした。


「ヤバイ、俺何かが目覚めそう……」


「俺もだ……。委員長に蹴られてたら、なんか……」


 それは絶対に目覚めさせてはいけない。


 その日はスカ○ターで学校中の女子の女子力を計測し、女子力の高い子に土下座をするのを繰り返した。

 しかし、成果はゼロ。毎度足蹴にされるだけだ。3回目辺りから勇と十海が気持ち悪い嬌声を上げるようになった事以外、変わったことはなかった。

 当然俺は参加していない。

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