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エジプト冥動・序

「……神よ」


 撃退士アッダーラ・ラフマンは武器を捨て、砂漠に膝を付いた。

 本当であればラフマンを殴ってでも立たせるはずの撃退士達も、目の前の光景を受け止めるのが精一杯で、他人をどうにかしている余裕など存在していない。

 空が見えなかった。

 東の空が白の色に、西の空が黒の色に染まっている。

 空の青は見えず、天使と悪魔の大軍が蒼穹を埋め尽くすように広がっていた。

 不倶戴天ふぐたいてんの宿敵である彼らが互いに争う事なく、粛々(しゅくしゅく)と人間達に向かってきている。

 中東諸部族撃退士同盟が発見した古代の遺跡、これがこの状況を生み出した原因だった。

 明らかに中東の物ではない建築様式で、年代測定や組成すら調べられない謎の物質から発見された一本の『矢』。

 それは持った者のアウルを数十倍、数百倍に増幅する性質を持ち、これからのアウル研究に多大な影響を与える、はずだった。

 どこから天魔に『矢』の存在が漏れたのか、突然現れた天魔に諸部族撃退士同盟五十万は壊滅し、残るのはラフマン達一万人程度だ。


「おい、そいつが原因なんだろ!? 捨てちまえ、捨てて逃げちまえばいいんだ!」


 何とか『矢』だけは持ち出せたが、もう士気は落ち切っている。


「馬鹿を抜かせ! この『矢』を天魔に渡してみろ、その時こそ人類の最後だ!」


 仲間達が命を賭けて持ち出したはずの『矢』すら売り、必死に助かろうとする仲間を、ラフマンは軽蔑出来なかった。

 十の頃から撃退士となり、二十年戦い続けてきたラフマンとてちらりとも考えなかったとは言えない。

 それだけ目の前の光景は救いようがない絶望だ。

 五十万人の撃退士を一日とかからず壊滅させた天魔達の数を数えるのと、夜空の星を数えるのではどちらが楽かすらわからない。


「ははっ」


 だから、その声を聞いた時、ラフマンはついに頭のイカれた奴が出たのだと考えた。

 しかし、ただイカれているとも思えない。

 その笑いは、力に満ちている。

 絶望しかないこの状況で、ただただ自信と力に満ちていた。


「おいおい、何やってるんだ、お前らは」


 静かな戦場に響き渡る声は、北から現れる。

 ボロボロな、どんな貧しい者でも着たくはないであろう汚れ切った外套がいとうを頭から被った姿は小柄。

 だが、声はどこまでも傲岸不遜ごうがんふそん


「見渡す限りの観客、ステージは晴れ。 これで気張らない奴がどこにいる?」


 足取りは軽く、星よりも多い天魔に脅える様子はまったく見えない。

 強い、砂混じりの風が吹いた。

 風でばさりとめくれる外套の下は、真っ赤な炎の色だ。

 炎の色をした長い髪が風に流され、赤が目を焼く。

 それは弱々しく吹き飛ばされる火の粉ではない。

 風を帯び、より燃え盛る強い炎の赤だ。

 停滞なんてくそくらえ、とばかりに女とは思えない鋭い眼光は、しっかとラフマン達を貫く。


「……なんだなんだ、随分とノリが悪いじゃないか。 仕方ない、私達が手本を見せてやる」


 女はすうっと深く息を吸い込むと、


「まずはメンバーの紹介だ、ドラム担当のフェリスッ!」


 砂漠の向こうまで響き渡るような大声で叫んだ。


「……なんだ?」


 しかし、何も起きない。

 前後左右を見渡しても、誰かが来るわけもなく、ただ不思議な沈黙が辺りに満ちた。


「……………ぃぃぃぃぃぃぃ」


 だからこそ、誰もが上を見上げ、分厚い天魔の包囲よりも遥か上より聞こえてきた妙な音に注目する。


「ヤッハァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」


「な、なんだ、こいつは!?」


 天空から落ちた雷が、天魔の中を縦横無尽に飛び回り、右に左に、上から下に、緩やかな弧を描いたと思えば鋭角に曲がるきらめきが踊り狂う。

 その度に天魔を打つ音と悲鳴が連続し、まるで打楽器のようにリズムが打ち鳴らされる。

 それを成したのは一人の少女だ。


「ごきげんよう、皆様。 そして、おっ死んでくださいなァァァァァァァァ!」


 金の髪を振り乱し、可愛らしい顔には愉悦の笑みを浮かべ、だが一定のリズムを刻み続ける辺り、冷静さを失ってはいない。

 しかし、所詮は一人だ。

 奇襲の衝撃から立ち直った天魔達が、フェリスを取り囲んでいく。

 これでは幾ら手練れだろうと、いつかは落とされてしまう。


「お次はベース、久遠ヶ原学園witz銀泉 始!」


「第三大隊、撃てェ!」


 色とりどりの光がフェリスを囲んでいた天魔達に突き刺さり、かなりの数の天魔が羽虫のように地に落ちていく。


「第一大隊、前へ! 第二大隊は突入援護だ!」


「応ッ!」


 地を揺るがすような叫びと共に、どこに伏せていたのか千人単位の部隊が落ちた天魔達に突撃を開始する。

 そうはさせじと無傷な天魔達が彼らに攻撃を仕掛けるが、後方に残った部隊の援護により、さほどの効果は上げられていない。

 ベースを演奏しているかの如く、メロディラインを作る指揮は、天魔達をたじろがせる。


「日本人だ……!」


「いや、欧米人までいるぞ!?」


 折り合いの悪い欧米諸国から、中東へ援軍が来た事などラフマンは聞いた事がない。

 それは不思議な感動を、ラフマンの胸の内に呼び起こす。

 肌の色も、髪の色も、国籍も関係なく天魔と戦う。

 言葉にすれば簡単な事だが、これまで出来なかった光景が目の前に広がっていた。


「さて、最後は……」


 小汚ないボロボロの外套だろうと、その身に宿る輝きは変わらない。

 胸の前で胸を組む女の背後で、ド派手な爆発が起きる。

 真っ赤に天まで立ち上がった火柱は、ついでとばかりに天魔を焼き払う。


「深井 紫子、ギター!」


 いつの間にか取り出したギターをかき鳴らした紫子は、にっこりとラフマン達に微笑んだ。

 その笑みはごくりと生唾を飲むほどに官能的ですらあり、唇に引いた真っ赤なルージュが目に焼き付く。


「お前らにほんの少しでも誇りが残っているのなら、私とちょっと世界でも救ってみないか?」


 ぎゅいんぎゅいんと三フレーズ弾くと、満足したのかラフマン達に背を向ける。

 その背は誰かに頼る事なく、ただこうあるべきだと全身全霊で叫んでいた。

 誇り、負け犬と成り下がっていたラフマンが、仲間達が、もう一度立ち上がるための最後のひとかけらの名前。


「どうだい?」


 聞かれるまでもない。

 その背に、その言葉にラフマンは叫びを返した。



挿絵(By みてみん)

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※この作品は出版デビューをかけたコンテスト
『エリュシオンライトノベルコンテスト』の最終選考作品です。
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