第三話 ダミー・フェスティバル
俺がオカルト研究会に入って丸一日が経った。
俺はその日の授業が終わると、
真っ先にオカルト研究会の部室に向かった。
俺は、部室の扉を勢いよく開けた。
「どうも、こんにちはー」
「あ、寺岡君…」
「おっす、光輝!
初日から来るとはなかなかいい心掛けだね!」
現在部室に居たのは、川村と忍だった。
「あれ?黒川先輩は?」
「部長なら…
多分、部員勧誘だと思うわ…」
「あ…そうか。
でも、あの人…部員の勧誘できるのか?」
黒川先輩は、言うならばかなり口下手だ。
俺も初めて先輩に甲虫同好会に勧誘された時、半分ぐらい意味が分からなかった覚えがある。
「光輝!そんな事よりあたしの話を聞いてよ!」
「え、ああ…なんだ?」
忍は昔から下らない話を、よく俺に愚痴る。
今日は何を話すつもりなんだろうか。
「昨日ね、お賽銭箱に17円しか入ってなかったんだよ!」
「あー、中途半端だな…」
やっぱり下らない話だった。
しかも、この賽銭箱の話は、ほぼ毎日と聞かされている。
「この前なんか、捨て猫が6匹も入ってたんだよ!
皆、本来の神社の役目を分かってないよ!!」
「あのー、忍…?
それ、おとといも聞いたよ…」
忍の話は、こういうパターンも数が知れない。
その時、部室の扉が勢いよく開いた。
「みんなー、ただいまー」
「あ、黒川先輩!
部員勧誘お疲れ様です!」
「部長…お疲れ様です…」
「お、黒川先輩!
部員の勧誘できましたか?」
黒川先輩は、苦笑いをした。
「今回も全然駄目だったよ…
やっぱり、並列世界を知ってる人はあんまりいないね」
「それはそうですよ。
地道にやりましょう、地道に」
「ははは…そうだね」
▽
黒川先輩が戻って来た後、
オカルト研究会部員全員で、並列世界対策が始まった。
「寺岡、ちょっと見て欲しいものがあるんだが…」
「はい、何でしょう?」
俺は、黒川先輩から黒い表紙の本を渡された。
「これ…何ですか?」
「この本は、部員が並列世界で目撃した化け物の情報についてまとめた本…
いわゆる、モンスターブックってところだな」
「へぇ、なかなか手が込んでますね…」
「重要な情報だからね。
また化け物に遭遇した時、それなりに対応できるようにしておかないと困るだろ?」
「なるほど、じゃあ見てみますか…」
一番最初のページを開くと、見たことがある化け物の絵が描かれていた。
「こいつ…!!」
「ああ、この化け物は一番目撃数が多いんだよ。
僕達はとりあえず、ダミー・カットラーって呼んでる」
「ダミー・カットラー…ですか」
Dummy・cutler
日本語に訳すると、マネキンの刃物師。
俺にとって、あの化け物のインパクトは異常に強い。
「まあ、他にもいくつかあるから目を通しておいてくれよ?」
「はい、わかりました」
俺は、モンスターブックに目を通し始めた。
▽
俺がモンスターブックを全て読み切った時、外は夕方になりかけていた。
「うわっ!もうこんな時間になってのか…」
「寺岡君…貴方、随分読み耽ってたわ…」
「そうみたいだな…」
今、部室に居るのは俺と川村だけだった。
忍と黒川先輩はいないから、多分先に帰ったのだろう。
「何で川村は残ってたんだ?」
「寺岡君を待ってた…
私が…鍵持ってるから」
「ああ、悪いな…
俺達もそろそろ帰るか!」
「そうね…」
俺と川村は部室に鍵を掛けて、玄関までやって来た。
靴を履きながら、俺は川村に言った。
「あ、川村!
よかったら、一緒に帰るか?」
「え…?私と一緒に…?」
川村が驚いた顔をする。
「あ、嫌ならいいんだけど…」
「嫌じゃないわ…
さっきのは、驚いただけだから気にしないで…」
「そ、そうか…?」
「ええ…一緒に帰りましょう」
意外にも、川村は少し嬉しそうだった。
▽
夕方の空の下、俺と川村は並んで道を歩いていた。
そして、二人で色々と話していた。
「川村が初めて並列世界に行ったのはいつなんだ?」
「一ヶ月前ぐらいだと思う…
最初は…逃げ切ったけど、
その三日後にも並列世界に遭遇したの…」
「へー、随分早いな…」
「その時は…武器を持ってたから、化け物を倒せたわ…」
「お、川村の武器って?」
「…鎖よ」
「く、鎖!?
叩かれたら、なかなか痛そうだな…」
「大丈夫…寺岡君を叩いたりしないわ」
「ああ、そう願ってるよ…」
こういう感じで、ずっと二人で話していた。
家に帰る最後の分かれ道に差し掛かった時、川村が言った。
「寺岡君…私こっちだから」
「あ、そうか…
じゃあ、また明日な?」
「ええ…
また明日…会いましょう」
川村が反対側の道を歩いて行った。
俺は、手を振りながら川村の後ろ姿を見送っていた。
その時、俺は気が付いた。
川村が歩いて行った方の景色がおかしい事に。
その方角の空が異常に赤い。
まるで血の海のように…
そう、それはまるで…
あの並列世界に初めて行った時のようだった…
「…並列世界!?
という事は…川村が危ない!」
俺は急いで川村の後を追った。
▼
「川村!!待ってくれ!」
「て、寺岡君…!?」
俺は何とか川村に追いついた。
川村は、並列世界が出現したことに気が付いていないようだ。
「川村、並列世界が…!」
「並列世界が…どうしたの?」
「今、ここに並列世界が出現したのが見えたんだ!!」
「…!!」
その時、建物の陰から化け物が何体も出てきた。
俺が最初に出くわしたダミー・カットラーだった。
「出たな…ダミー・カットラー」
俺は、モンスターブックのダミー・カットラーの記述を思い返した。
『ダミー・カットラー』
《並列世界に最も多く生息していると考えられる、ダミー系の化け物の一種。
主に近距離戦闘を得意とする。
両手首に付いているナイフのような刃物の切れ味は異常に良い、下手をすれば指を切り落とされるので注意が必要。
弱点と考えられるのは、人間の顔面に当たる部分の空洞。
そこで体の全てをコントロールしていると考えられる。
つまりは、空洞を攻撃すれば、ダミー・カットラーを倒す事が可能である》
「よし、空洞を狙えば…」
「待って…寺岡君」
「え、どうしたんだ?」
「こいつらは…私が一人で片付けるわ」
「何、言ってるんだよ!?」
「だから、私が…こいつらを片付ける。
寺岡君は…向こうの奴をお願いするわ…」
「向こうって…?」
俺は川村が指を指した方向を見ると、また違う化け物がいた。
ダミー・カットラーに似ているが、手にナイフのような刃物が付いておらず、代わりにチェーンソーのようなものが付いている。
モンスターブックに載っている、現段階では危険度が最高の化け物だった。
「ダミー・サターン…!?
あんなのと…戦えってか!? 」
『ダミー・サターン』
《並列世界に最も多く生息していると考えられる、ダミー系の化け物の一種で、ダミー・カットラーの変異種だと思われる。
ダミー・カットラーを何体も引き連れて行動しているのが目撃さている事から、ダミーのリーダー格だと思われる。
ダミー・カットラーよりも一回り大きく、チェーンソーが特徴的。
手に付いているチェーンソーの切れ味は、ダミー・カットラーの刃物を遥かに越える。
ビルを切り倒したという目撃情報もある。
弱点は、ダミー・カットラーと同じ、
人間の顔面に当たる部分の空洞である》
俺は、近くにちょうど落ちていた鉄パイプを拾った。
「…ったく、人形祭かよっ!?
川村…ここは任せたぞ!」
「ええ…わかったわ。
寺岡君…くれぐれも無理しないでね?」
「ああ、言われずともな…
いざという時は逃げるさ!」
俺はダミー・サターンに向かって走り出した。
▼
俺は、ダミー・サターンの目の前まで来た。
この距離では、逃げようにも逃げれない。
「さて、どうするかな…
勝てる気がしねえ…」
ダミー・サターンのチェーンソーが回転し始める。
そして、不自然な動きをしながら突っ込んできた。
「うわっ…!こっち来んな!」
俺は、咄嗟に左に体を移動させた。
それと同時に、ダミー・サターンが俺がさっきいた場所を切り付けた。
すると、地面に大きな亀裂が入った。
「くそ、当たったら一たまりもないな…
全く、川村も無茶言うぜ…」
俺は、切り付けた隙を狙って、ダミー・サターンに鉄パイプを振りかざした。
「せいっ!!」
ダミー・サターがもう片方の手に付いたチェーンソーを突き出してきた。
「…っ!?」
俺は咄嗟に鉄パイプで受け止める。
もちろん、鉄パイプは真っ二つに切り落とされる。
「しまった…鉄パイプが!!」
勢い余ったチェーンソーが俺の肩を掠めた。
「う、痛えっ…!!
やっぱり駄目かよ…」
俺の肩にざっくりと大きな切り傷ができた。
俺は傷口を庇いながら、化け物と距離を取った。
「くそ、やっぱり逃げるしかないのか!?」
俺は逃げながら、周りに使えるものがないか見渡した。
そこで、あるものが目に留まった。
頭がもぎ取られたダミー・カットラーの死体だった。
おそらく、川村が倒したのだろう。
「うわー、川村何したんだよ…
でもこれは…使かもな!」
俺はダミー・カットラーの腕を踏んで割り、腕に付いている刃物無理矢理外した。
意外にも、刃物には柄が付いていて、手を切る心配はなさそうだった。
それを手に取った時、後ろからチェーンソーの音が聞こえた。
「…うわっ!またかよ!!
…しつこい奴だな!」
俺は振り返って、刃物を手に取って身構えた。
「…ったく、いきなり来たりしないだろうな!?」
俺の言うことに従うように、ダミー・サターンが物陰から飛び掛かってきた。
俺は後ろに下がって、迎撃体制に入った。
「く、やっぱりかよ!」
俺は、ダミー・サターンが次の攻撃を予測して、ナイフを構えた。
その直後、ダミー・サターンが俺に向かって両手を振り上げて迫って来た。
「大丈夫だ、寺岡光輝…
お前ならいけるっ…!!」
俺は咄嗟にダミー・サターンの足元に潜り込んで、攻撃を避けた。
「下の方がなら隙できる…
これなら…!!」
俺は、ナイフを化け物の喉元目掛けて突き上げた。
しかし、ダミー・サターンは物凄い速さで腕を動かし、チェーンソーで攻撃を弾き返した。
「なっ…!?」
俺は攻撃を弾かれ、後ろに弾き返された。
さっき切り付けられた肩の傷口が痛む。
「くっ…!血が…!!
こいつの動きを少しでも動きを止められれば…!!」
ダミー・サターンが追い撃ちをかけるように、片腕をこちらに向けて突進してきた。
「まずい…このままだと殺られる…!!
うわあああああああああ!!」
しかし、いつまで経っても化け物は襲って来ない。
「な、何だ…?」
よく見ると、体に鎖が巻き付いている。
そして、向こう側から聞き覚えがある声が聞こえた。
「寺岡君…!大丈夫…!?」
「か、川村!!」
「…今のうちに攻撃して!
私がこいつを止められるのは…そう長くないわ…!」
「わ、わかった!」
俺は改めてナイフを構えてダミー・サターンに突っ込んだ。
「うおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
俺はダミー・サターンを押し倒し、頭目掛けてナイフを振り落とした。
ナイフがダミー・サターンの頭を貫通し、黒い液体が飛び散った。
ダミー・サターンは刺された後、しばらくの間、黒い液体を吹き出しながら、ガクガクと震えていたが、やがて一切動かなくなった。
「やったみたいだな…」
「…そうみたいね」
「くそ、肩が…痛っ…」
「あ、寺岡君大丈夫…?」
俺は肩からかなり出血していたようだった。
痛みで、肩の感覚が無かった。
「痛みで肩の感覚がない…結構ヤバいかもな…」
「寺岡君…!
その状態じゃまずいわ…
早く手当てしないと…!」
「そうか…自分が情けないよ…
勝手にこんな状態になっちまって…」
「いいえ…貴方は最後まで戦ったわ。
情けなくなんかない…」
川村は傷口に何か当て始めた。
応急手当てをするみたいだ。
「そう…なのか?」
「ええ…貴方は、私を守ろうとしてくれたわ…
それだけでも十分よ…」
「あはは…仲間を助けるのは…当…然だろ…?」
俺は段々意識が遠くなっていった。
遠くで川村の声が聞こえる。
そして俺は、睡魔に負けて、意識を失った。
▼
気が付いた時、俺は見知らぬ部屋にいた。
清楚で、何だか落ち着く部屋だった。
「ここ…どこだ?」
すると、部屋の扉が開いた。
「あ、寺岡君…気が付いたのね…」
「川村…ここは?」
「私の家よ…」
「まあ、そうだろうな…」
俺は川村の家で寝ていたようだった。
「悪いな、手間かけたみたいでさ…」
「いいえ…気にしないで。
大した事はないし…」
ふと、横に置いてあるものに目が留まった。
それを見て俺はぞっとした。
「な…なんで、ダミー・サターンのチェーンソーが…!?」
「寺岡君があの化け物倒した後て…私が死体から奪ったの」
「あ、そうなんだ…」
川村がチェーンソーを手に取って言った。
「でも、電源の入れ方が…全然分からないの。
やっぱり…人間じゃ使えないのかしら?」
「うーん…そうなのか?
ちょっと貸してくれないか?」
俺は川村からチェーンソーを受け取る。
大部分は、普通のチェーンソーとなんら変わりはなかったが、
どこにも電源らしきボタンだけが無かった。
「念じて動いたりするか?」
「いいえ…駄目だったわ。
私がやっても…反応が全然無いわ…」
「ま、俺も駄目元でやってみるか…」
俺はチェーンソーの持って、動けと念じてみる。
すると、たちまちチェーンソーが高速回転し始めた。
「動いた…!!」
「な…!?」
チェーンソーから、すごい振動が伝わってくる。
このままだと落としそうだ。
「あ…危なっ!」
「寺岡君、一旦止めて…!」
「わ、わかってるって!」
俺は止まれと念じた。
すると、チェーンソーは急に大人しくなった。
「…何で急に動いたりしたんだろう?
川村がやっても、全然反応無かったんだろ?」
「そうね…私には動かせなかったわ」
川村は、何か考え込んでいるようだった。
「寺岡君…ちょっと聞いていいかしら?」
「ん、なんだ?」
「さっき並列世界に行った時の鉄パイプは…どこで手に入れたの?」
「足元に都合よく落ちてたんだよ。
それがどうかしたか?」
川村が俺の顔をまじまじと見はじめた。
「ねえ、寺岡君…」
「な、なんだよ…すごく顔が近いぞ…」
「貴方…並列世界になんらかの形で適応する才能があるんじゃないかしら?」
「て、適応…?」
「そう…私はそう思う。
並列世界に行った時…貴方の足元に都合よく鉄パイプが落ちていたのよね…?」
「ああ、2回ともな…」
「そんな都合がいい事…普通ならありえる…?
私でも、鎖は常に持ち歩いてるぐらいだし…」
「た、確かに…」
そして、川村の推測は続く。
「それに…そのチェーンソーも同じ事よ…
貴方にしか…反応しなかったわよね…?」
「…ああ、そうだ」
「つまり…私が言いたいのは…
貴方には、並列世界になんらかの形で適応する力…
他の人間にはない才能があるんじゃないかしら…?」
「そんなの…偶然だ。
俺にそんな事ができる力は多分ねえよ…」
俺は川村の家で、衝撃的な才能を持っていると推測された。
並列世界に適応する才能があるかもしれないと…