第十六話 デッド・アウト・エンド
赤い月が夜闇を照らす、灰色の砂が舞う砂漠。
その広い砂漠の真ん中で、寺岡光輝は目を覚ました。
「はっ…!
こ、ここは何処だ?」
寺岡は、自分が置かれている状態を整理しようとした。
「ええと…確か並列世界で、『アブソール・ワールド・バインダー』に川村が取り込まれて…
それで、俺は…首を…」
寺岡は、自分の首や身体に触れてみる。
身体には、何の異常もない。
だが…
首を裂かれるあの恐ろしい感覚を、脳がしっかりと覚えている。
「あれは…何だったんだ?」
「へぇ…今度は、君のお出ましかい?
ねぇ…寺岡後輩?」
「…!?」
いきなり、後ろから話し掛けられて驚いた寺岡は、勢い良く声の方に振り向いた。
そこにいたのは、なんと死んだはずの黒川白刃だった。
「く、黒川先輩…!?
な、な、何でこんな場所で会うんですか!?」
「いやいや…その台詞を言いたいのは僕の方だよ」
「へ…?」
寺岡は、思わず間抜けな声を出した。
「く、黒川先輩…?
イマイチ意味が分からないんですが…」
黒川は、意外そうな顔をして言った。
「…あれ?
もしかして、自分が今何処にいるか分からないの?」
「はい、全然…」
「ここは…『狭間の砂漠』という場所だよ。
行くべき場所が分からない魂が行き着く場所。
冥界と現世の境目と言った所かな?」
黒川は、得意げにそう言った。
「冥界と現世の…狭間?」
「そう…要するに君は、あの世とこの世の間に存在する、今後の行き先を決める魂が、一時的に留まる場所だよ。
つまり君は、僕と同じく…死んだんだよ…」
「なっ、なんだと…!?」
寺岡光輝は、自分が置かれている状態をようやく理解した。
▼
寺岡は、かつての部長・黒川白刃に今までの成り行きを全て話した。
「そして俺は、あの攻撃で死んだ…
つまり、川村に息の根を止められたのか…」
「川村さんね…
まさか彼女が取り込まれるとはね…」
一部始終を聞いた黒川は、立ち上がって、何やら考え始めた。
「取り込まれたのは今日…だとすれば、まだ完全に同化していない…
寺岡、まだ何とかなるかも知れないよ?」
「え…!?
どうすればいいんですか!?」
黒川は、真剣な眼差しでそれを言った。
「お前が生き返って、『アブソール・ワールド・バインダー』だけを倒せばいい。
そうすれば、川村も無事に戻って来るよ」
「え…?
俺が生き返って、『アブソール・ワールド・バインダー』を倒す…!?」
黒川は、かなり驚いている寺岡を見て、ニヤリと笑って話を続けた。
「まあ、驚いて当然だよね。
確かに、君は人間としての人生は終わってしまった。
でも、君は適応者の一人だ。
管理人として、生まれ変わる事も出来るんだよ」
寺岡は、冷静にその事を理解しようとした。
「えーと、適応者は死ぬと、管理人として生まれ変わる…か。
確か、アスタリスクがそんな事言ってたな…」
「それなら話が早い。
もし、管理人になる気があるなら…管理人なって戦えばいい」
黒川はそう言って、寺岡に背を向けた。
「さてと、僕はそろそろ行かないといけないな…
いくら『狭間の砂漠』の案内人だとしても、あまり元の世界に干渉したりしたら、ルールに反するからね」
「案内人…?」
「そう…今の僕は、この『狭間の砂漠』に迷い込んだ魂を導く存在。
それが案内人という存在…」
「あっ…!!
まさか…あの時、アスタリスクが言ってたのって…」
寺岡は、その案内人の特徴に聞き覚えがあった。
(聞いた事がある…
アスタリスクのような管理人と同じような能力を持ち合わせ、とある場所に迷い込んだ魂を導いているといわれる、管理人にとても近い人種が存在…
これは、寺岡が病院に入院中の時に、毎晩のようにやって来たアスタリスクが、話してくれた話の一つだっけ?)
寺岡がそう考えていると、黒川が寺岡の顔を見て、ウンウンと頷いている。
「なるほど、管理人にとても近い人種…
確かに、そういう立ち位置になるかな?」
「っ…!?」
寺岡は、驚きを隠せなかった。
何しろ黒川が、自分の回想に対する的確な返事をしたからだ。
「な、なんで…
俺が、考えていたことを…?」
「それが僕等、案内人が持っている能力だよ。
君達みたいに、武器を出せたりしないけど…
代わりに、読心術や、思考操作みたいな人の心に関する能力に特化しているんだ」
「は、はぁ…」
寺岡は、ただ驚きながら話を聞いていた。
黒川は、話を続ける。
「それと、もう一つ…僕の考えた仮説を教えてあげるよ。
並列世界は、負の感情を持って死んだ人間の魂が行き着く場所って知ってるよね?
あと、負の感情は…苦しい死に方や、殺されたりしない限り抱かない感情だね」
「…?
そ、それが…どうかしたんですか?」
「つまり、並列世界は、人間が考える地獄に値する場所…にならないかな?」
「…!!」
寺岡は、確かにその通りだと思った。
今まで気付かないで戦ってきた寺岡だったが、黒川の仮説を聞いて、自分は地獄をさ迷う化け物を相手にしてきたと思い知った。
「つまり、俺達は地獄に堕ちた人間を相手に戦ってきた…という事なんですか!?」
「…そう考えるのが一番自然だね」
「なんてこった…
つまり…今、地獄が現世に干渉してきて、飲み込もうとしてるって事か!?
そんなの、まずいってもんじゃないぞ!!」
寺岡は、いてもたってもいられないようだった。
「先輩、今すぐ俺を元にいた場所に連れていってください!
あんな化け物放っておいたら、この世が地獄と化します!!」
「やっぱりね…
君なら、そう言うと思ったよ」
黒川は、何も無い空間に手を翳した。
すると、時空の裂け目のような空間が現れた。
「さあ、行くんだ。
僕らがいたあの世界を地獄の侵食から救うには、『アブソール・ワールド・バインダー』を倒すしかない…
そして、今それが出来るのは…君だけだ。
頼んだよ…管理人・寺岡光輝!!」
「…分かりました、行ってきます!
俺が世界を救えるならば…!!」
寺岡は、その黒い裂け目に飛び込んだ。
▼▼▼
その頃、並列世界では…
寺岡が殺され、絶望の中で、残された面子が戦っていた。
「よくも…よくも…私の大好きな寺岡君を!!」
中城里沙は、両手に『エクスプロード・ピリオド』という名のロケットランチャーを構えている。
「吹き飛べっ…!!」
里沙は、勢い良く引き金を引いた。
破壊の弾丸が、川村の体を乗っ取っている『アブソール・ワールド・バインダー』に向かって打ち出された。
しかし、取り付かれた川村は爪を使って、弾丸を切り裂いた。
切られたロケットランチャーは、その場で虚しく爆発した。
「…嘘!?」
里沙は、目の前の光景が信じられず、口を手で押さえている。
その里沙を余所に、取り付かれた川村は、無防備な忍に向かって突っ込んで来た。
「ころす…ころす!!」
「い、いや…
川村さん、止めて…!!」
忍に刃物が迫る。
意外な人物への不意打ちに、誰も対応できなかった。
「…何だと!?」
「まずい、このままだと三波さんが…!!」
忍の首筋に、刃物が当たると思ったその時…
爪型の刃物を何かが弾いた。
「ナ、何ガ起コッタノ!?」
「あの『アブソール・ワールド・バインダー』の攻撃を弾いただと!?
僕でもできない事を誰が…」
アスタリスク達が視線を向けた先にいたのは、管理人として復活した寺岡光輝だった。
「「「…テラオカコウキ!?」」」
「え…寺岡君!?」
「光輝…!!」
「お前、死んだんじゃ…」
寺岡は、自分の出現に驚いている部員と管理人に向かって、笑顔で振り向いて言った。
「まだ川村も助けてないし、他にもやりたい事があるからね…
戻ってきたよ、この地獄に!」
寺岡は、『アブソール・ワールド・バインダー』に取り付かれた川村に向き直った。
▼
「さあ、今度こそ決着を付けてやる!」
寺岡は、専用武器の『フリー・シフト・カッター』を片手に叫んだ。
その様子を、他の部員達が呆気に取られて見ていた。
「ど、どうして生き返ったりしたんだ?」
冴祓は、今だに現実を信じられずにそう言った。
それに対して、アスタリスクが冷静に答えた。
「テラオカコウキハ…生キ返ッタンジャナイ、管理人トシテ生マレ変ワッタノヨ」
「か、管理人だと!?」
「そうだよ、サエハラナギサ…
彼は適応者から、管理人として生きる道を選んだんだ」
アディアが、付け加えるように言う。
さらに、横にいたシグマが話を続ける。
「さらに言うとだな…
彼は管理人にならなくていいはずだったんだ。
つまり程度中途半端な覚悟で決断した訳じゃない。
自分がいる世界を、並列世界から守る為にな…」
「そんな…あの寺岡がか!?」
冴祓は、また寺岡に視線を向け直す。
「光輝…」
「寺岡君…」
「寺岡先輩…」
そう呟いたのは、忍と里沙と柳川だ。
今更自分達は、何もできない。
その三人がそう思っていた時、その三人の頭を、三人の管理人が軽く叩いた。
「「「ひゃっ!?」」」
三人は不意を突かれて、間抜けな悲鳴を上げた。
そんな三人を見たアディアは、やれやれとため息をついた。
「何ボーッとしてるの?
ほら、リサとミズホは戦う!
あとシノブは…サポートでもしてなよ!!」
しかし、一度攻撃を防がれた里沙は、あまり乗り気ではなさそうだった。
「でも、私なんかじゃ役に立てないわ…」
「そうですよ…
オレ達なんかじゃ何の力にもなれな…」
そう言いかけた二人の頭を、アディアはポカッと叩いた。
「「…痛い!」」
「このばかちん!!
二人共、そんな弱気だから駄目なんだよ!
ほら、私と一緒に、さっさと戦う!!」
アディアは、二人をズルズルと引きずって戦いに行った。
忍は、黙ってその一部始終を見ていた。
ただ、一人取り残されてしまって、何をすればいいか分からなかった。
その時、アスタリスクが急に話し掛けてきた。
「ミナミシノブ…チョット良イカシラ?」
「え、あ、はい!?」
忍は、思わず声が裏返る。
アスタリスクはなかなか話さない上、何を考えているのか分からないので少し恐い。
そんな忍を気にせず、アスタリスクは話を続ける。
「貴女…何モデキナイッテ思ッテルミタイネ」
「あ、はい…」
忍は、アスタリスクに対して何故か敬語になっていた。
アスタリスクが発する言葉は、どこか威圧感がある。
このプレッシャーは、管理人だからだろうか。
「貴女ハ、自分ガ思ッテイル程無力デハ無イワ…」
「え…?」
「ダカラ…アマリ自分ヲ攻メスギナイデ」
アスタリスクは、そう言って戦いの前線に向かった。
「あたしは…本当に役立たずじゃないのかな?」
忍は、何とも言えない気分でその場に突っ立っていた。
▼
「よし、寺岡とアスタリスクは主に攻撃に専念して。
他の面子はサポートに回って。
いくら攻撃しても、分離しない限りカワムラにはダメージがいかないから遠慮しないで攻撃して!」
このアディアの指揮により、『アブソール・ワールド・バインダー』との戦闘が始まった。
まず、シグマと冴祓が『アブソール・ワールド・バインダー』を襲撃した。
「シグマ…行くぞ!」
「言われなくても、分かっている!!」
冴祓が刀を抜き、『アブソール・ワールド・バインダー』に向かって突きを繰り出した。
「…切るのが駄目なら、刺すのはどうだい!?」
冴祓は、『アブソール・ワールド・バインダー』が取り付いている川村の体を、刀でズブリと刺した。
「うううぅぅぅっ…!」
取り付かれた川村は、うめき声を上げ、爪を振り回した。
「うわっ、危なっ…!」
「サエハラ、下がってて!」
シグマは、専用武器の『ジャスト・ストライク』で攻撃を受け止める。
「………っっっっっっっっっっっ!?」
取り付かれた川村が、驚きの声を上げる。
爪がハンマーに触れた途端、凄い勢いで川村の体を弾いた。
これは『ジャスト・ストライク』の特殊能力である。
「テラオカ…今だっ!」
「おう!!」
寺岡は、『フリー・シフト・カッター』を片手に飛び出した。
「その姿を変化させよ…『フリー・シフト・カッター』!!」
寺岡がそう叫ぶと、『フリー・シフト・カッター』の刄が大きく変化し始めた。
その変化が止まった時、『フリー・シフト・カッター』は巨大な剣となっていた。
長さと大きさを自由に変化させる…これが『フリー・シフト・カッター』の特殊能力だった。
「喰らえぇっ!!」
寺岡は、軽々と大剣を振るい、『アブソール・ワールド・バインダー』の立方体の形をした仮面を目掛けて振り下ろした。
そうはさせまいと、『アブソール・ワールド・バインダー』は爪で大剣を受け止める。
「ころす!ころす!!ころす!!!ころす!!!!」
「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
空中での鍔ぜり合いが繰り広げられ、二人の動きがピタリと止まった。
ガチャガチャと金属音を立てながら、二人は睨み合っているようだった。
その時、寺岡は突然ニヤリと笑った。
「よし…あとは頼んだよ、里沙さん!!」
「OKよ、寺岡君!」
里沙は、スコープ付きライフルの『エキスパート・ストライク』を出現させ、『アブソール・ワールド・バインダー』に狙いを定めた。
「よし、いけるわ!」
里沙は、引き金を引いた。
ライフルの弾丸が、空気を貫くような勢いで進む。
そして、見事に『アブソール・ワールド・バインダー』の頭部に命中した。
「ぐぐぐぐぐぐぐ…ががががががが…」
打たれた川村は、うめき声を上げながらふらついていた。
里沙が、見事に弱点を撃ち抜いたようだった。
「よしっ!里沙さんナイス!」
「ふふふ…私にかかれば、これぐらい朝飯前よ!」
冴祓とシグマも、一息ついていた。
「はあ…意外と楽勝だったな」
「うむ、仲間がいれば…恐れるに足りない相手だったな」
しかし、寺岡はどうも腑に落ちなかった。
(なんだこの落ち着かない感じは…?
まだ終わっていないような…嫌な予感がする…)
と次の瞬間、自分の身に終わりを感じた『アブソール・ワールド・バインダー』は、突然暴走を始めた。
「ああああぁぁ…ぶっっっころぉぉぉぉぉぉすすすすすすすぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」
「「「「「!?」」」」」
川村は、完全にぶっ壊れていた。
爪をがむしゃらに振り回して、全てを破壊しようというような勢いだった。
「くそっ…!往生際の悪い化け物め!!」
アディアがはっとして言った。
「まずい…このまま奴が暴れ続ければ、カワムラは奴のエネルギーとして完全に吸収されてしまう!!」
「…何っ!?」
会話に気を取られている寺岡に、無数の鎖が飛んで来て、寺岡の足に絡み付いた。
「あっ、しまった!!」
『アブソール・ワールド・バインダー』が俺の体をぐいぐい引っ張る。
「くそっ、離しやがれ…!!」
大剣だった『フリー・シフト・カッター』をナイフに変えて、鎖を切り落とす。
その隙を狙うかのように、両サイドから鋭利な爪が襲い掛かってきた。
「ちぃっ…嵌められたか!!」
寺岡は、右手の『フリー・シフト・カッター』に力を込めた。
「うおおおおおぉぉぉ!!」
「あはははははははははははははははははっ!!」
寺岡の叫び声に対して、川村は気味の悪い笑い声を上げた。
そして、爪が寺岡に振りかざされた。
ヒュッ…ザシュッ!!
武器が宙を切る音と、肉が裂ける音がした。
「ぐあっ…!!」
寺岡が悲鳴を上げて後ろに吹っ飛ばされる。
見ると、右肩から斜めに大きな切り傷があった。
「テラオカコウキ…!!」
「寺岡っ…!!」
「こ、光輝ぃ…!!」
心配する仲間達が見守る中、寺岡はゆっくりと立ち上がって言った。
「俺は、まだ大丈夫だ。
それに、ただ攻撃を喰らったわけじゃないんだ…」
「え…?」
「奴を見れば分かるさ…」
その言葉通り、『アブソール・ワールド・バインダー』に取り込まれた川村を見ると、その胴体に『フリー・シフト・カッター』が刺さっていた。
「う…うぐっ…おおおぉぉぉ…」
川村が苦痛の声を上げている。
今の攻撃で、かなりのダメージを受けたようだ。
「うううぅぅぅぅぅぅっ…うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」
「…!!」
いきなり、『アブソール・ワールド・バインダー』に取り込まれた川村が、叫び出した。
それを見て、シグマがはっとする。
彼女には、心当たりがあった。
追い詰められた化け物が取る行動の一つ…
「おい、テラオカ!
今すぐ、そこから離れろ!!
奴は、自爆する気なんだ!!」
「…自爆!?」
「もう、カワムラは諦めろ!
カワムラは、奴と一体化したままだ。
これ以上僕達にできる事は…」
すると、寺岡は傷口を押さえながら立ち上って言った。
「ふざけんな…
こんな事までして…諦められる訳無いだろうが!!」
寺岡は、『フリー・シフト・カッター』を強く握り直した。
「む、無茶言うな!
カワムラと奴分離させないと、カワムラは帰って…」
「だったら…自爆する前に分離させればいいんだろ?
簡単じゃねぇか…」
「しかし、それはあくまでも可能の範囲だ!
成功率は一桁も無いぞ!?」
「ゼロよりは…マシだァ!!」
そう言って、寺岡は『アブソール・ワールド・バインダー』に取り付かれた川村に向かって突っ込んだ。
「あ、おい!
待つんだ、テラオカ!!」
「まあ、シグマ…少しは落ち着きなよ」
シグマが振り返ると、そこにはアディアが立っていた。
「…アディア!?
おまえは、テラオカが心配じゃないのか!?」
「もちろん、心配だよ。
けど…彼は男の管理人だよ?
私達とは違う…きっと、未知の力を秘めているはずだよ」
「…ソウヨ。
テラオカコウキヲ、信ジマショウ?」
「…っ!?
アスタリスクまで!?」
気が付くと、アスタリスクも横に立っていた。
「でも、さすがにテラオカ一人じゃね…
私が、彼のサポートに行くよ」
「な、何を勝手に…」
「君の武器だと、カワムラもろごと奴をぶっ飛ばしてしまう。
テラオカのサポートにはとてもじゃないけど向かないよ」
「くっ…!」
シグマは、悔しそうに唸る。
その横で、アスタリスクが何か言いたげにこちらを見ている。
「アスタリスク…あんたの出る幕じゃないよ」
「デモ…」
「あんたは、私にもしもの事があったら動いて。
それまで私達を見守ってて」
そう言って、アディアは寺岡に続いた。
その後ろを、別の人影が追っていた。
「ア、アレハ…ヤナギカワミズホ!?」
▼
「テラオカ、待って!」
「えっ、アディア!?」
寺岡の後を追っていたアディアが、寺岡に追い付いた。
アディアが追いかけて来た事に、寺岡はかなり意外そうな顔をしていた。
「私が援護するわ!
貴方は、私が奴に攻撃を仕掛けたら、すぐに追撃して!」
「わ、わかった!」
まず、アディアが『クローズ・ギロチン』で『アブソール・ワールド・バインダー』に攻撃を仕掛ける。
『アブソール・ワールド・バインダー』は、爪でそれを弾き返す。
「このっ!喰らえ!」
アディアは、弾かれた反動を利用して一回転し、再び斧を振りかざす。
『アブソール・ワールド・バインダー』は、その攻撃に対応出来ず、左腕に付いている爪を失った。
「ううう…ぅぅっ!!」
片方の爪を使えなくされた『アブソール・ワールド・バインダー』は、唸りながら残った爪をアディアに向けて突き出した。
「わっ…!」
「アディア…!!」
刺されそうになっているアディアを見た寺岡は、『フリー・シフト・カッター』を片手に『アブソール・ワールド・バインダー』に急接近する。
「アディアに…手を出すな!!
お前の相手は俺だ…!!」
そう言って、寺岡は『フリー・シフト・カッター』を両手持ちの剣に変化させる。
川村の体に取り付いた『アブソール・ワールド・バインダー』は、不敵な笑い声を上げて、攻撃対象を寺岡に変える。
寺岡は、『フリー・シフト・カッター』で『アブソール・ワールド・バインダー』の仮面を狙い、『アブソール・ワールド・バインダー』は、右腕に付いている爪で寺岡の心臓を狙っている。
「あはははっ!あははははははっ!!あははははははははははははははははははははははははははははっ!!!」
「うおりゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
…刹那の沈黙。
そして、決着が付いた。
寺岡は、『アブソール・ワールド・バインダー』の攻撃を体を反らして避け、見事に仮面に剣を突き刺した。
「…ああ…ぐ…あぁ…ぁぁぁ………………」
『アブソール・ワールド・バインダー』に取り付かれた川村が、力を無くして地面に倒れ込んだ。
すると、川村の体からいくつもの鎖で構成された球体が出てきた。
「テラオカ…!!
『アブソール・ワールド・バインダー』がカワムラの体から分離した…!!
…今のうちに攻撃して!!
さあ、早く…!!」
しかし、先程の殆ど力を使い切った寺岡は、簡単に動く事はできなかった。
「すまない…体が思うように動かない…」
「そんな…!!」
鎖で構成された球体が、川村の体に入り込もうと、川村の胴体に近づいていた。
「まずい…!!
このままじゃ、また取り込まれて…」
その時だった。
その鎖の球体を、見た事がある木刀が突き刺した。
それは、柳川の最初で、最大の攻撃だった。
「あはは…危なかったですね」
「や、柳川…!!」
アスタリスクに刺された鎖の球体は、バラバラに砕け散った。
これで、長かった『アブソール・ワールド・バインダー』との戦いが終わったのだった。
「あ…おい、川村はどうなった!?」
寺岡は、急いで川村の近くに駆け寄る。
川村は、目を閉じたまま動かない。
「川村!?
目を覚ませよ、川村っ!!」
アスタリスクは、寺岡に近付いて言った。
「大丈夫…疲レテ寝テイルダケヨ。
憑依サレテ、無駄ナチカラヲ使イスギタノヨ…」
「そ、そうか…良かった…」
気が抜けた寺岡は、その場に座り込んだ。
他の部員達も、寺岡に近付いて来た。
真っ先に隣に来たのは、中城里沙だった。
「すごいわ、寺岡君!
これで…ようやく事件解決したね!」
「おいおい、中城…
お前、殆ど何もできてなかったじゃねえか」
「うっ…否定できないわ…
で、でも…さ、冴祓君だって人の事言えないじゃない!
刀が効かなくて、呆然としてる人がよくまあ…そんな事が言えるわね!」
それを聞いた冴祓の顔が、珍しく動揺していた。
「あ、あれはな…
予想外過ぎて理解に時間がかかっただけだ!」
「ふふふ…まあ、そういう事にしておいてあげるわ♪」
里沙は、今まで冴祓に散々馬鹿にされていたので、何だか楽しそうだった。
そして、二人が色々と言い争っている間に、柳川と忍が寺岡の隣にやって来た。
「光輝…大丈夫?」
「寺岡先輩…お怪我はありませんか?」
「ああ、二人共…あの時、最初に攻撃を喰らった時の切り傷しか無いよ」
「あ、そうだった!!
包帯、包帯とかない!?」
「はい、あります!
先輩、これを使って下さい!!」
「あれ…?
お前、包帯持ってたんだな…
なんで、俺が噛まれた時に使わなかったんだ?」
「あ、いや…気のせいですよ!
うん、間違いなく先輩の気のせいですよ!!」
「ああ…そうか?」
寺岡は、内心では絶対嘘だと思いながら、包帯を受け取る。
そして、寺岡が傷の治療をしていると、アスタリスクがある事に気が付いた。
「…!!
並列世界ノ様子ガ…オカシイ!」
「…え?」
「サッキマデ、アンナ大キナ時空裂ケ目ハ無カッタハズ…」
「じ、時空の裂け目?」
少し離れた所の、斜めに空間を裂いたような場所を凝視しているアスタリスクの代わりに、アディアが答えた。
「時空の裂け目は、この並列世界と現世を繋いでいる門みたいなものだよ。
出現率はとても低いから、管理人の中でもあまり知られていないけど、その裂け目から生還した人間を、私達は何度も見ている…」
「そ、それはつまり…」
「『アブソール・ワールド・バインダー』が死んだ今…現世に戻る為の唯一の手段だよ。
出現時間も短いから、急いだ方がいい…」
「…!」
寺岡は、急いで部員全員に呼び掛けた。
「おい、皆!
多分、話は聞いてたよな?
急いで、時空の裂け目に入るんだ!」
部員全員は頷いて、裂け目の目の前で集合した。
寺岡も川村を瀬尾って、裂け目の前まで来た。
しかし、誰も裂け目に入ろうとしなかった。
「ん、どうしたんだ…皆?」
「寺岡先輩は…どうなるんですか?
本当に…管理人になったんですよね?」
柳川は、心配そうにこちらを見ている。
里沙さんも同じようにこちらを見ている。
「管理人になったって事は、まさか…」
「そうだね…俺はこの世界に縛られる。
おそらくは…二度と現世に戻れない…」
「そ、そんな…!!」
それを聞いた忍が、涙目で俺に抱き着いて来た。
「そんな嫌だよ…!
光輝に二度と会えないなんて…
だったら、あたしも残る!!」
「し、忍…」
「いやだぁ…いやだよぉ…光輝ぃ…」
寺岡は、忍に少し笑って言った。
「おい、泣くなよ。
俺は、別に死ぬ訳じゃないんだ…
もしかしたら…また会えるかもしれないぜ?」
「ほ、本当…?」
「ああ、希望を捨てないでいればな」
そう言って、ゆっくりと忍から離れる。
「じゃあ、川村と忍は頼んだよ…冴祓!」
「な、なんで俺なんだ!?」
そういうやり取りをしている内に、時空の裂け目が揺らぎだした。
シグマが、全員を急かす。
「…早くするんだ!
もうすぐ裂け目が消滅する!!」
管理人と寺岡を除く全員が、裂け目に一人ずつ入って行った。
そして、最後に川村を背負った冴祓と忍が裂け目に入る番になった時、寺岡が口を開いた。
「冴祓、忍…!」
「…?」
「寺岡、どうした?」
寺岡は、何とも言えない複雑そうな笑顔で言った。
「川村を…頼んだぞ。
俺がいない分相手してやってくれ…」
「わかったよ、光輝…」
「ったく、最後にそんなお願いかよ…
他に言う事無いのか?」
「ああ、そうだな…言ってなかったな…」
寺岡は、二人に向き直ると言った。
「それじゃ、またな?」
「またな…か。
フン、いいだろう…!
精々死んだりしないようにな!!」
「あ、当たり前だ!」
それから、泣きそうな忍が言った。
「光輝…!
あたし、待ってるからね!!」
「ああ、わかった!
それまで、元気にしてれよ!!」
「うん…!」
それから、二人は裂け目に飛び込んで行った。
それからすぐに、裂け目はいつもの空間に飲み込まれた。
この瞬間…並列世界は、完全に現世から遮断された。
この場に残っているのは、アスタリスクとアディア、シグマ、そして…寺岡光輝だけだった。
その時の寺岡の目には、涙が浮かんでいた。
「…泣イテルノ?」
「…泣いちゃ悪いか?
あいつらの前で泣くのは、我慢してたんだからさ…」
寺岡は、袖で涙を拭う。
それを見ていたシグマは、やれやれという感じで言った。
「全く…君は男なんだからな?
男なら、もっとしっかりできないのか?」
「う、うるせーな!
冴祓に勝てない奴が何を…」
「あ、あれは偶然だ…!!」
それから始まった二人の口喧嘩を見ているアスタリスクとアディアは、面白そうにその光景を見ていた。
「あーあ、早速喧嘩になってるよ。
これからこんな調子で…大丈夫かな?」
「クス…私ニモ分カラナイワ。
デモ、ソンナニ仲ハ悪クナサソウヨ?」
アスタリスクは、寺岡に向かって独り言を言った。
「コレカラヨレシク…コウキ」