第十四話 フォーマー・アンド・プレゼント
冴祓は、シグマ・レイティーナという管理人と戦闘を繰り返していた。
一進一退の戦いが続き、お互いにボロボロになっていた。
息切れをしながら、シグマは冴祓に言った。
「適応者でもない、ただの人間ごときに僕が…!!」
汗だくになった冴祓がニヤリと笑う。
「おいおい、どうした?
その程度でよく管理人って言えるな」
シグマはその言葉が頭にきたらしく、顔つきが一気に険しくなる。
「な…ナメるなっ!!」
シグマは、今までよりも格段に早く攻撃を仕掛けてきた。
「…やっと本気か?」
冴祓は刀を鞘に納めると、目を閉じて刀に意識を集中させる。
危機的状況だからこそ、冴祓はなるべく無心になろうとした。
(落ち着け…今だと思ったら、五歩先を切るイメージで…)
シグマは、目を閉じた冴祓にどんどん接近してきている。
「ほらほら、どうした!?
ははっ、もしかして諦めたのか!?」
勝ち誇ったように、シグマがハンマーを振り上げた。
(焦るな…まだだ…)
ハンマーが振り下ろされ、冴祓の頭を殴り付けようとしたその時だった。
(…今だ!!)
冴祓は、一気に刀を引き抜いた。
刹那の沈黙。
渾身の一刀が、シグマを切り付けた。
「痛っ…!?」
シグマは、切られた肩を押さえて地面に崩れ落ちた。
その顔は、痛みと驚きに歪んでいる。
「この僕がっ…何で人間ごときに!?」
冴祓はゆっくりと刀を納めると、ため息をついた。
そして、シグマを見下ろして言った。
「お前も堕ちたな。
まず、感情に左右され過ぎだ。
会った時のお前は…そんな奴じゃなかったぜ?」
▽
その一部始終を見ていたアスタリスクは、呆然とその光景を見ていた。
「ナ、ナンテ強サナノ…」
それに気付いた冴祓は、アスタリスクに近づいて言った。
「俺は別に強くないさ。
あいつが劣ろえたか、あいつより運が良かったかだけだ」
アスタリスクは、冴祓に一番聞きたい事を聞いた。
「ナンデ、私を助ケタノ…?」
「お前、寺岡が言ってたアスタリスクだろ?」
「…!!」
驚いているアスタリスクを見て、冴祓はニヤリと笑った。
「寺岡からお前の話はよく聞いてるぞ。
聞く限りだけど…お前、中々いい奴みたいだな」
「私ガイイ奴…?
ソレハ…彼ガ言ッテタ事ナノ ?」
「ああ、そうだ。
なんだったら、本人に確かめればいいんじゃないか?」
「イヤ…ソコマデシナイワ…」
二人が話していると、傷を押さえたシグマが会話に割り込んで来た。
「サエハラナギサ…
君もしばらく見ないうちに随分と変わった…」
冴祓は、軽くシグマを睨んで言った。
「フン…復讐は人を変えるって言ったのは、何処の誰だ?」
「ああ、確かそんな事…言ったか…」
アスタリスクは、冴祓の名前を聞いてハッとした。
「サエハラナギサ…!?
マサカ…ソンナハズハ…」
「事実だ、アスタリスク。
彼は、『異世界からの殲滅者』と呼ばれた男…」
しかし、当の本人は首を傾げている。
「え?俺って、そんなに有名なのか?
確かに、化け物を沢山殺してた時期は会ったが…」
シグマは、呆れたように言った。
「沢山殺してたのレベルじゃないぞ?
今までに、五百体近くの化け物を殺しておいて…」
「え、そんなにやったか?」
「はぁ…全く、君はそんな事も覚えてないのか?」
化け物を殺した数を聞いただけでも普通のとは思えない。
たった一年で五百は、管理人でも相当なペースで化け物を倒さないと、そこまで達したりしない。
割と多く戦闘を経験しているアスタリスクですら、一年でせいぜい三百体ぐらいだった。
アスタリスクは改めて、目の前の人間の恐ろしさを知った。
人間は復讐に狂うと、化け物ですら凌駕する。
この冴祓渚がいい例だ。
アスタリスクは、昔の自分を思い出し、思わずため息をついた。
「ハァ…私モ人間ノ頃ハ…コンナ感ジダッタカシラ?」
アスタリスクの意識は、人間だった時の記憶を辿り始めた。
………
アスタリスクが生まれ育ったのは、とある国の工作員を育成する組織だった。
物心がついた頃から、自分のいる所は普通の家庭ではない事を分かっていた。
アスタリスクは、優秀な兵士の体細胞から造られたクローンの一人であり、もちろん家族などいるはずがなかった。
ただただ訓練に明け暮れ、他の兵士のクローン達と淡々と任務をこなすだけの日々を過ごしていた。
そして、そんな彼女の人生ががらりと変わったのは、ある人物との出会いだった。
自分と同じ人間から造られたクローン、アスティラス・ブレイクボーダーとの出会いだった。
ある日、突然として組織の訓練に入って来たアスティラスは、自分と非常によく似ていた。
アスタリスクは最初、自分によく似たアスティラスがどうも苦手だった。
戦闘時の思考回路、よく使う武器、破壊工作の手口…全てが似ていた。
そのくせに、どの分野から見ても、アスタリスクが圧倒的に優秀だった。
アスタリスクは、同じ人間のクローンとして、放って置くわけにはいけないので、仕方なく指導をしていた。
それが新しく追加された彼女の日常だった。
そんな中で、アスタリスクにはある感情が芽生えていく。
それは、姉としての妹に抱く母性的な感情だった。
この子を自分の手で守りたい、困っていたら手助けしたい、自分を頼って欲しい…そんな感情だった。
アスティラスは自分の唯一の家族として、アスタリスクは何があっても彼女を守ると誓った。
しかし、今から三年前…。
それは、日本へ逃げ出したターゲットをアスティラスと追跡する任務の最中での事だった。
現地で、並列世界に遭遇したのだった。
最初は、周りの変化に違和感を覚えていたが、そこまで気にする事はしなかった。
しかし、見たこともない化け物が出現した事で、この場所は普通ではないと知ったのだった。
二人は、護身用として持っていた拳銃で化け物に対抗した。
工作員という事もあり、それなり数のの化け物を倒した。
順調に、脱出への道を歩んでいるように思えた。
しかし、ある化け物の出現で事態は一変する。
後に、『アブソール・ワールド・バインダー』と呼ばれる存在だった。
『アブソール・ワールド・バインダー』の出現で、二人は、成す術も無く打ちのめされていく。
そして、とうとう二人は『アブソール・ワールド・バインダー』に殺された…
しかし、適応者だったアスタリスクは、管理人として生き返った。
管理人になったアスタリスクは、アスティラスがどうなったかは解らないかった。
そして、アスタリスクは姉として責任を胸に、アスティラスを探すと供に、化け物を殺し、自分の脱出も目指す事を決めた。
………
これが、アスタリスク過去の記憶だった。
彼女が物思いに耽っていると、聞き覚えがある声が聞こえた。
「おーい、アスタリスク!」
「アディア…!」
そして、そのアディアの後ろにいたのは、寺岡光輝だった。
「…テラオカコウキ!?
ナ、ナンデ貴方ガ…?」
「えーと、ちょっとこの人に呼ばれてね…」
「ツマリ…私ヲ、助ケニキテクレタノ?」
「まあ、そんなところかな?」
アスタリスクは、クスッと思わず笑った。
「ヤッパリ貴方…変ワッテルワネ…」
「え…?」
「イイエ、気ニシナイデ…
ソレヨリ、助ケニ来テクレテ…アリガトウ…」
「えっ、ああ…
それぐらい気にするなよ」
寺岡は、何だか驚いた顔をしていた。
さらに後ろの方で声がした。
「ちょっと!寺岡君をどこに連れていくつもり!?」
「そうだよテ寺岡先輩は皆の物だよ!!」
そう、いつもの部活のメンバーが集まって来たのだった。
アスタリスクは、いつもよりも疲れそうな人が来たと思い、ため息をついていた。
「ハア…日本人ッテ、皆コウナノカシラ?」
▽
並列世界が出現して、三時間が経とうとしていた。
今、川村と忍を除いた部員全員(管理人も含めて)が集結していた。
俺は川村と忍の二人に連絡しようとしたが、依然として携帯は繋がらない。
「くそっ…!!」
そんな俺を見て、里沙さんは言った。
「寺岡君、少し落ち着いて。
あの二人は、そう簡単にやられたりしないわよ」
「だけど…!」
「大丈夫よ。
お姉さんを信じなさい!!」
里沙さんは、何故かどや顔で『お姉さん』の部分を強調している。
『お姉さん』の響きが気に入っているのだろうか。
そして、何故だか分からないが里沙さんと話している内に、心配をしている自分が馬鹿馬鹿しくなってきた。
「そうですね。
心配しても、仕方ない…二人を信じて待ちますか!」
「あれ、私じゃなくて?」
「里沙さん…いい加減に、その何か如何わしい感じがする言い方は止めて下さい…」
「え、何か変な事言った?」
「いや、何でもないです…
ちょっと自意識過剰になりすぎたみたいです…」
俺は、自然とため息をついていた。
▽
それと同じ頃、川村と忍の二人は、化け物達から必死に逃げていた。
川村が鎖を鞭のように使い、化け物に対抗し、忍が川村より先に移動し、安全な逃げ道を確保する。
…という体制をとっていた。
そして、今も川村は化け物と戦っている。
「三波さん…今の内に…!」
「わ、わかった!!」
川村が、群れになったダミー・ハウンドを、鎖で威嚇し動きを止めている間に、忍は近くのマンホールの蓋を開けた。
「川村さん、とりあえずはこの中に逃げよう!!」
「…わかったわ!」
二人は、ダミー・ハウンド達からの攻撃を避けながら、急いでマンホールの中に入った。
下に着くと、辺りは真っ暗で、水が流れる音しか聞こえない。
「ここは…逃げるには、ちょっとまずかったかな?」
「降りてしまった今、そんな事を言っても仕方ないわ…
それよりも…」
川村の耳には、不規則な足音と金属音が聞こえていた。
「今は…自分の身を守る事だけを考えて…!」
川村は、暗闇に目を凝らして、音の正体を確かめようとした。
だが、なかなか形として見えてこなかった。
「全然見えないわね…
三波さん、くれぐれも私とはぐれたりしないで…」
「言われなくても、離れたりしないよ!!」
すると、突然辺りが明るくなった。
「…!?」
二人は、光から思わず目を背けた。
目が慣れてきて、目の前にいる者の姿が見えた。
そこにいたのは、体に鎖を纏った人型の化け物だった。
体は人間とほぼ変わりがなく、顔全体をサイコロのように、一面ずつ違う模様が描かれた立方体の仮面のような物を被っている。
その立方体の二面にそれぞれ一つずつ雑に開けられた穴があり、そこから視線を感じる。
そして、全身のほとんどに鎖が巻き付いている。
ちょうど手に巻き付いている鎖の先端部分には、指に重なるように五本の爪のような刃物が付いている。
「な、何なの…!?」
「分からないわ…
でも…明らかに人間ではない…
化け物…または、それ以上危険な何かというのは分かるわ…」
その仮面を付けた化け物は、ゆっくりと二人に近づいて来た。
二人は、本能的な危険を感じ、後ずさっていた。
「いやっ、来ないでっ!」
「三波さん…ちょっといいかしら?」
こんな時にも関わらず、川村は冷静に忍に話し掛けた。
「か、川村さん…な、何?」
「ここは…私が囮になるから、貴女は逃げて…」
「えぇ!?」
「貴女が…寺岡君達と合流して、私を助けに来て…
今は、それしかないわ…」
「そんな…あ、あたしなんかじゃ…」
そう言っている間に、敵は刻一刻と迫って来ている。
「三波さん、早く…!!」
「…!!
わかった…川村さん、必ず助けに来るからね!!」
忍は、全力で暗闇の中に走って行った。
残された川村は、謎の化け物を目の前にして、鎖を構えた。
「私は鎖を武器として使っているから、扱いには慣れている…
簡単に…化け物の鎖を相手にやられたりしない!!」
川村は、いつもよりも大きな声で自分に言い聞かせ、化け物に攻撃を仕掛けた。
▼
「オカシイ…絶対ニ、オカシイ…」
「ん?どうかした、アスタリスク?」
行動を共にしていた管理人の一人のアスタリスクが、何やらぶつぶつ言っていた。
「明ラカニ並列世界ノ出現範囲ト、出現時間ガ異常ナノ…
今マデ、コンナ強イエネルギーヲ持ッタ並列世界ノ干渉ハ見タコトガナイワ…」
「そうか、やっぱり異常なんだな…」
アスタリスクの顔付きが、いつもより険しい。
やはり、かなりまずい事なのだろう。
「いや、異常ってレベルじゃない!」
「あ、シグマさん…」
いきなり、冴祓にこてんぱんにされた、シグマ・レイティーナが会話に割り込んで来た。
日本刀で切られたのに、ぴんぴんとしているし、普通に歩いている。
随分と元気なものですね。
「僕の読みでは、『アブソール・ワールド・バインダー』の力が最高に達したんだと考えているんだ」
「あ、あのー…シグマさん?」
シグマは、話を夢中になって続けている。
「全ての並列世界の干渉は、あいつが原因だから…そうに決まってる!!」
「シーグーマーさーん」
ダメだ。
もう、シグマの一方通行なトークは止まらない。
「だから、僕はあんな化け物と戦うなんて反対だったんだよ。
今まで『アブソール・ワールド・バインダー』に挑んで何人死んだ事か…」
「わかった!わかったから!!
もういいよ、シグマ!もういいよ!!」
シグマは、俺の反応を見て、不満そうな顔をしている。
「んー、なぜだ?
せっかく、この僕が直々に説明してあげているのに…」
「いや、大体分かったから…
あんたには悪いが、無駄に話を聞くのは嫌だからさ」
シグマは、俺の言葉を聞き、うろたえていた。
「き、君は…!!
僕にそんな口を聞くなど…」
今度は、アスタリスクが会話に割り込んできた。
「何カ問題アルノ?」
「なん…だと!?
このテラオカは、僕に対する敬意が全くないんだぞ!?」
「ソレヲ強制サセヨウトスル貴女ノ方ガ、ドウカシテルト思ウケド…?」
「な、何だと!!
お前は、テラオカコウキの味方をするのか!?」
俺は、ぽかんとこの光景を見ていた。
そして、ため息をついて、他の面子の所に行くことにした。
何だか相手にするのも面倒臭いので、俺は彼女達は放っておくことにした。
とりあえずは…暇潰しに、冴祓と話す事にした。
「おーい、冴祓!」
「寺岡、どうした?」
「実は聞きたい事があってな…
シグマの事なんだが…」
「ああ、あいつの事か。
答えられる限りならいいぜ」
「そうか、まずお前が最初にシグマに会った時の事を聞きたいんだが…」
俺は、冴祓にシグマの事を聞きはじめた。
▽
冴祓と寺岡が話しているのを、何だか不満そうに見ている人物がいた。
寺岡と同じ適応者の一人、中城里沙だ。
(暇なら、私と話して欲しかったな…)
そんな事を思いつつ、里沙は二人を見つめていた。
ふと、誰かが里沙の肩を軽く叩いた。
「あ、あのー、中城先輩?」
「ん?」
振り向くと、柳川瑞穂が立っていた。
里沙とっては、男の子ではなかったのが唯一残念な新入部員だった。
「あ、柳川さん。
私に何か用でもあった?」
「はい、ちょっと先輩に聞きたい事が…」
そう言って柳川は、何処からか木刀を取り出した。
それを見て、里沙は思わず息を飲んだ。
里沙は、その木刀に見覚えがあった。
「そ、その木刀は…!?」
「そうです、黒川先輩の木刀です。
オレも何度も見たことがあるので分かります」
黒川白刃は、寺岡の前のオカルト研究会の部長であり、並列世界で戦ってあっさりと死んでしまった…
その黒川が、使っていた木刀が目の前にあった。
「柳川さん…何処でそれを?」
「オレにもよく分からないのですが…
寺岡先輩がオレを庇ってくれた時に、いつの間にか、手に持ってました」
「手に…持っていた?」
「はい、何もないはずの所から急に…」
「そう…」
里沙には、思い当たる事があった。
(今の話を聞く限りでは、特徴が専用武器とほぼ同じ…
まさかとは思うけど、この子は…)
里沙は、ある事を試してみる事にした。
「柳川さん、その木刀ちょっと貸してみて」
「…え?
あ、はい…どうぞ」
里沙は、少し前にアディアに教えてもらった適応者を見分ける方法を試してみた。
それは、適応者と管理人なら誰でもできる事だ。
里沙は木刀に手を沿え、こう呟いた。
「適応者の名において命じる、汝の名を示せ…」
木刀の側面に、文字が浮かび上がった。
「『リメイン・ツリーブレイダー』…
やっぱり、貴女は適応者みたいね…」
「え、オレが…ですか?」
会話をしていた二人の後ろで、突然マンホールから三波忍が出てきた。
「あっ!みんな!!
た、大変なんだよ!!」
「み、三波さん!?
どうかしたの?」
「あのね、川村さんが…」
その時…忍の話を遮るように、後ろのマンホールから、鎖を纏った化け物が飛び出して来た。
そして、その化け物の鎖に、川村ひよりが捕われていた…