第十三話 レジスト/アクセプト
俺こと寺岡光輝は、現在後輩の柳川と先輩の里沙さんのパトロールに付き合っている。
前回とは違い、今回の里沙さんは割と大人しく、パトロールに専念していた。
どうも後輩が二人いるせいか緊張しているらしい。
本人が少し前の時、年下好き属性(ショタコンは何だか罪悪感を感じるから、なるべく使わない事にしよう)から早く抜けだせるようにしていると言っていたから、それが原因かもしれない。
そして、里沙さんがある程度の範囲を見回った時に、こう言い出した。
「ちょっと疲れたし、どこかでご飯でも食べない?」
そう言われると、確かに小腹が空いてきたような気がした。
今回も色々と(主に里沙さん関係のアクシデントに)エネルギー使ったからだろう。
「ああ、いいですよ。
柳川もいいよな?」
「はい、構いませんが」
「よし!それじゃあ二人共、早速行きましょう!」
いつもよりも、かなりご機嫌な里沙さんである。
そんなに後輩が好きなのか。
その時、俺の背筋に寒気が走っり、俺は思わず立ち止まった。
里沙さんと柳川も同じ気配を感じたようだった。
「寺岡先輩…今のは!?」
「へえー、お前にも分かるんだな…」
たちまち、周りの景色が赤く染っていく。
間違いなく並列世界の出現だった。
柳川は、目をまるくして周りを見渡して言った。
「これが…並列世界!?」
「その通りよ。
最近はなかなか出現してなかったけど…」
そして、里沙さんは辺りを見渡して言った。
「しかも、今回は出現範囲が広そうね。
進入部員の柳川君でも気配を感じるとなると…」
「せ、先輩…!!
何か来てますよ!?」
柳川が指さす先にいたのは、沢山の毒々しい色をした蛇のような化け物だった。
「こいつは、トーテム・スネイク…!」
「二人共、噛まれないように気をつけて!
トーテム・スネイクは神経を麻痺させる毒を持っているわ!」
俺は『フリー・シフト・カッター』を展開し、トーテム・スネイクを切り付ける。
里沙さんも柳川を庇うように、専用武器の『マテリアル・ドライバー』というショットガンを乱射している。
切っても切っても、次から次へとトーテム・スネイクが沸いて来る。
「くそっ…キリないな…
里沙さん、ここは一旦退いた方が…」
「そうね…
二人共、逃げるわよ!」
「は、はい!」
俺は逃げようとトーテム・スネイクに背を向けたその時、背後で柳川の悲鳴が聞こえた。
「あぐぅっ!!」
見ると、柳川は転んで足を押さえている。
一匹のトーテム・スネイクが柳川の足を引っ掛けたようだ。
そして、その首筋を目掛けてもう一匹のトーテム・スネイクが近付いて来ていた。
「柳川、早く逃げろ!」
「早く、柳川君!」
「わ、分かってますよ!」
柳川は足をくじいたらしく、ずるずると足を引きずって逃げている。
トーテム・スネイクはもう柳川の目の前に迫っていた。
このままだと、確実に噛まれてしまう。
「わ、うああぁぁ…!!」
「柳川っ…!」
俺は柳川に向かって走った。
そして、柳川に近付いているトーテム・スネイクをナイフで突き刺した。
「今だ、早く!」
「す、すいません…オレの足はまだ…」
その時、俺の首筋に痛みが走った。
トーテム・スネイクが首に噛み付いて来たのだった。
「っ…!離れろっ!」
無理に首からトーテム・スネイクを引きはがして、地面に叩き付ける。
俺に噛み付いていたトーテム・スネイクは、逃げるように穴のようなところに逃げて行った。
そして、それに続くかのようにトーテム・スネイクの大群は元いた穴のようなところに逃げていった。
俺はさっき噛まれた部分に手を当てる。
痛みどころか感覚すらあまり感じない。
手の平を見ると、大量の血がべっとりと付いていた。
完全に感覚が麻痺していた。
「あ…ああ…」
柳川が青ざめて俺を見ていた。
「柳川、大丈夫…か?」
「は、はい…
それよりも寺岡先輩…首が…」
「ああ、ちょっと油断した…」
里沙さんも俺の近くに駆け寄って来る。
「寺岡君、大丈夫!?」
「はい、何とか生きてます…
ただ…首の感覚が麻痺してるみたいです」
「やっぱりね…
とりあえずは止血しないと。
放って置くと、後々面倒臭い事になるわ」
「そうなんですか…」
「そう、だから安静にしてて」
いつもより里沙さんが頼もしく見える…のは俺の気のせいだろうか?
「そういえば…寺岡君、止血に使える何か布のようなものは持ってない?」
「うーん…制服の下に着ているワイシャツぐらいしか…」
ふと、里沙さんが自分のワイシャツに目をやる。
という事は、まさか…
「私のでもいいよ…
私、寺岡君なら体見られ(ry」
「あー、いやいや!
自分ので結構です!!
自分ので大丈夫ですから止めて下さい!!」
「うふふ、やっぱり、寺岡君はかわいいわね!」
「大怪我してる人をからかうのは止めて下さいっ!!」
「うふふ、ごめんね。
でも、それだけ元気ならまだまだ大丈夫ね!」
それから里沙さんは、柳川に向かって言った。
「柳川君、何か持ってない?
何も無かったら、私のワイシャツになっちゃうけど」
「か、勘弁してくださいよ!
そういう風になるなら、オレのを使って下さい!」
柳川は、自分の制服を急いで脱ぎはじめる。
柳川の服なら何の問題もない。
…と思っていた俺が馬鹿だった。
「「…!!?」」
柳川がワイシャツを抜いた姿を見た時、俺と里沙さんは呆気に取られた。
柳川が下に着ていたのは、女物の下着だった。
そして、今気付いたが、胸に少し膨らみが…
里沙さんは、この世の物とは思えない物を見たような顔をしている。
多分、俺も同じような表情をしているのだろう。
「あ…ああ…あがが…」
「な、な…何で…女物の…」
柳川はこちらの反応を見て、意外そうな顔をしていた。
「あ、あれ?オレが女って事知りませんでしたっけ?」
「「…知らないよ!!」」
なんと、柳川は女子だった。
何処となく女子に似ている気はしなくは無かったけど。
「それで…何で男子の格好してたんだ?」
「実は…オレ、心が男の子気味なんですよね。
俺は女の子だけど、心は女の子じゃない。
ならば、せめて格好だけでも男の子という感じで…」
「そ、そうか…」
もう、どこをどう突っ込めばいいか分からない。
そんな事より、里沙さんの精神的なダメージを受けているらしく、口を押さえて涙目になっている。
「わ、わ、わ私のもう一人の後輩が…
お、お、おお女の子だなんて…」
「里沙さん…大丈夫ですか?」
「だ、だ大丈夫ぅ…
私は…へ、へ、へ、平気よ…」
「全然大丈夫じゃなさそうですね…」
▽
その後、俺は結局自分のワイシャツを破って応急処置をしてもらった。
柳川と里沙さんは、何かがっかりしているようだったが…
「寺岡君、私の…嫌いなのかしら?」
「寺岡先輩、オレのワイシャツ使えばよかったのに…
やっぱりオレの…見るの嫌なのかな?」
…と、二人がブツブツ言いながらこっちを見ている。
何か雰囲気が怖い。
女子と話すのは少し慣れたけれど、やっぱり生き物として理解するには、まだまだ時間が掛かりそうだ。
それはそうと、今だに並列世界は消える気配を見せなかった。
多分、この並列世界は、今まで一番最大の規模の並列世界だろう。
そして、里沙さんですら体験したことがない滞在時間、四時間が経過していた。
「おかしいわね…
これだけ時間が経っても並列世界が消えないなんて」
「やっぱり、今回の並列世界は異常ですよ。
出て来る化け物の数が異常に多過ぎるし…」
そう言った俺はバランスを崩して、倒れそうになった。
慌てて柳川が、バランスを崩した俺を受け止める。
「て、寺岡先輩…首、大丈夫ですか?」
「悪い…大分麻酔が回ってきたらしい…
もう、ほとんど全身の感覚が無いんだ…」
「…!
すいません…オレのせいで…」
柳川の表情が暗くなる。
自分に責任があると、自分を責めているみたいだった。
俺は、できる限りの明るい表情で、柳川に言った。
「…そんな事気にするなよ。
大事な後輩なんだ…守って当然だろ?」
「寺岡先輩…」
柳川は、潤んだ瞳をこちらに向けて来る。
俺は思わず、目を背ける。
おい、そんな目で俺を見るな。
元男子の女子にそんな目で見られると、どう反応すればいいか分からないから。
すると、里沙さんはわざとらしく咳ばらいをした。
「ゴホン…寺岡君?」
「は、はいぃっ!?
何ですか…?」
急に話し掛けて来たので、声が裏返ってしまった。
里沙さんはため息をついて言った。
「はあ…まだここは並列世界なんだから、もっと緊張感を持ってくれないと困るよ?」
「は、はい…
すいませんでした…」
「ちゃんとしてね?
寺岡君はもう二年生なんだからそこら辺はちゃんとして…」
里沙さんがそう言いかけた時だった。
目の前に黒装束の女の子が吹っ飛んで来た。
黒装束…つまり、管理人だ。
「なっ…管理人!?」
俺の言葉に、その栗色の髪の管理人がガバッと起き上がり反応した。
「もしかして、貴方は…テラオカコウキ!?」
「え…」
いきなり名前を呼ばれて、俺は不意を突かれた。
「まあ、そうだけど…」
「…やっぱり!!
私の名前はアディア・ブロックウェイ。
君の噂は、アスタリスクからよくよく聞くよ」
「は、はあ…どうも」
俺は、何だかどう反応すればいいか分からないから、とりあえず挨拶した。
そして、アディアは俺の手を掴んで言った。
「お願い!助けて!!
アスタリスクが危ないんだ!
ほら、行くよ!!」
「え、ええ!?
今から行くのか!?」
「そうだよ、早く!!」
アディアは、俺の手を掴んだまま走り出した。
そして、呆然としている里沙さんと柳川にこう言った。
「貴女達も来て!
今回はかなりまずいから…」
何か言いたそうな二人を余所にして、アディアはさらに走るペースを上げた。
▼
その頃、アスタリスクは、激しい戦闘を続けていた。
相手は、正体不明の管理人。
専用武器は、この巨大なハンマーだろう。
「ほら、背中がお留守だよ!」
背中を思いっ切り殴られ、アスタリスクは廃ビルにたたき付けられる。
「クゥッ…!!」
アスタリスクは体勢を立て直すと、槍を構えて突進した。
「ハアァッ!」
アスタリスクの槍を、その少女がハンマーの金属部分で受け止める。
「ナ…!?」
「全然甘いよ!」
その少女は、槍を弾き返すと、アスタリスクの頭を殴り付けた。
「アグッ…」
殴られたアスタリスクは、地面にたたき付けられた。
少女は薄笑いを浮かべながら、アスタリスクに鉄槌を振り下ろす。
その時、ある人物の声が響いた。
「その辺にしておきな!」
「…!?」
思わず、少女の手が止まる。
その視線の先に居たのは、冴祓渚だった。
「お前らの敵は化け物じゃないのか?
なのに、仲間同士で何をしてるんだ?」
「君には関係ないよ…サエハラナギサ!!」
少女はそう言うと、いきなり冴祓に攻撃を仕掛けた。
冴祓は、それを簡単に避けた。
「おおっと、危ない危ない…
全く、お前らはよく分からない奴らだな!」
攻撃を外した少女は、アスタリスクに対する殺意を冴祓に向けた。
「僕の邪魔するなら、たとえ君でも容赦しないよ!」
冴祓はため息をついて、刀を構えて身構える。
「やれるなら、やってみな。
シグマ・レイティーナ…!!」
二人は同時に、武器を構えて突進する。
辺りに響いた金属音が、戦いの始まりを告げた。