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第十話 テゥルー・フィーリング

今、俺達の前にいるのは冴祓の妹だった化け物だ。


上半身が人間、下半身がクラゲという奇妙な姿である彼女は、刃物が付いた触手を引きずって近付いてきた。



「まずい、来る!!」



化け物の触手が俺達に向かって突っ込んで来た。


黒川先輩は、どこからか持って来たのか木刀で触手を振り払おうとした。



「このっ!あ、よっ!!」



黒川先輩は、なんだか頼りない声で木刀を振るう。

だがその声に反して、黒川先輩は木刀で見事に触手を弾き返している。


人は見かけだけで判断してはいけないな。



一方の川村は、鎖を使って自分の身を守っている。


あの鎖…良く切れないものだ。



冴祓は日本刀を振るい、触手を切り落として抵抗している。



「くそ、乙佳…何故なんだ!

もしかして、俺が助けられなくて、助けてやれなかったからか恨んでるのか…!?」



冴祓は敵として現れた妹に対して、かなり困惑していた。


見ていて、こちらもやり切れない気持ちになる。



そして俺は、その三人の後ろに立っていた。

しっかりと専用武器のナイフを握りしめて、怪我を自分が何かできないか考えていた。



「く…うっ…!!」



身構えようとすると、肋骨が折れた部分が痛む。


それを隣で見ていた忍が、俺に近付いて言った。



「光輝!そんな体で無理したら駄目だよ!!」


「分かってるって…

くそ、自分は何もできないなんてな…」


「それは、あたしも同じ。

いつも逃げてばっかりだし、この前も光輝に助けられて…」


「まあ、それは見捨てられないからな…」



忍は、俺の顔をしっかりと見ると言った。



「だから、今回は逃げない!!

光輝は、この前あたしを守ってくれた。

だから、今度はあたしが光輝を守る!」


「忍…お前…」



その言葉を聞いた時、急に気が遠くなってきた。

貧血にでもなったのだろうか。



「忍…わりぃ…早速お前に守って…もらう事になりそうだ…」


「え…?あ、光輝!?」



俺はそのまま意識を失い、倒れてしまった。







「ちょっと光輝!しっかりしてよ!!」



人が倒れる音と、三波の声がするのが冴祓には聞こえた。

恐らくは、寺岡が倒れたのだろう。


だが、今の俺にはそれを確かめる余裕などなかった。


自分の妹の化け物を触手を切り落とすのに必死だった。



「くそっ…!このまま続けば全滅するぞ!」



俺は、日本刀を振るいながら黒川に声をかけた。



「おい、黒川!何か手はないのか!?」


「今、考えてるよ!

ただアドバイスをするなら、この化け物のタイプは普通の化け物と違って、頭を狙っても効果が薄いって事だけだね」


「じゃあ、どこを狙えばいいんだ!?」


「人間の心臓に当たる部分…

ようするに、胸を狙えばいいんだよ!」


「なるほど、心臓か…」



俺は触手を切り付けながら、化け物の上半身に目をやる。



「乙佳…お前を止める!!」



俺は兄として、乙佳を止める。

できるなら、知りもしない相手には倒されて欲しくない。


知りもしない相手に殺されるよりは、俺が乙佳を殺した方がいいに決まってる。


これが俺が考えた末に出した答えだった。







俺は乙佳の事を思い返した。

乙佳は歳が四つ離れた中学入学前の妹だった。


乙佳は優しくていい子だった。

俺の言う事はしっかり聞くし、いつも笑顔で、俺の回りの人間にもとても好かれていた。


そして病弱であった乙佳は、ほとんどの時間を病院で過ごしていた。

外に出掛けると、すぐに貧血で倒れてしまうからだ。


乙佳は、限られた時間しか外に出れなかった。

それでも、乙佳の笑顔は絶えたりしなかった。



しかし、今から約一年前…

俺との久々の散歩の途中、悲劇が起こった。



俺と乙佳は、入院している病院の前で散歩をしていた。

激しい運動ができない乙佳は車椅子に乗り、俺が車椅子を押していた。



「お兄ちゃん、イツカは中学校に行けるのかな?」



乙佳はこちらを向いて言った。

俺は優しく答えた。



「ああ、行けるさ。

このまま良くなれば、入学式前日には退院できるって先生も言ってたしな」


「ほ、本当!?」



それを聞いた乙佳の顔がぱあっと明るくなる。



「そうだよ、俺が嘘付いたりするか?」


「ううん、付かない。

イツカ、やっと退院できるんだね」


「乙佳、よかったな」


「うん…!」



乙佳は前に向き直って言った。



「イツカね…ただ助けられるだけなんて嫌だったの。

海で一匹漂ってるクラゲみたいに、ただ何もできないで、時間という波に流されるまま生きてるなんて…嫌だったの」


「乙佳…」



俺は乙佳の心情を知り、なんだか心が痛かった。


乙佳は、俺の表情を見ながら言った。



「お兄ちゃん、乙佳は退院できるんだからそんな暗い顔しないで!

イツカは、もう一人で大丈夫なんだから」



俺は、その言葉で気持ちを切り替える事ができた。



「そうか。

でも、俺をいつでも頼っていいんだからな」


「うん、お兄ちゃん…」



その時、回りの景色が赤くなりはじめた。


これが俺が初めての並列世界に遭遇した瞬間だった。



「なんだ…景色が赤い?」



そして、病院の陰から木でできた犬のような化け物が現れた。


その化け物は、体は犬のように小柄で、ぎこちなく四足歩行で歩いていた。


そして、顔の大半を口らしきパーツが占めていた。

その口から、金属のような輝きが見える。



明らかに危険な生き物がそこにいた。



「乙佳!逃げるぞ!!」


「う、うん…!」



俺は車椅子を走って押した。

どうにかして、この得体の知れない化け物から乙佳を守らなければならない。


案の定、犬のような化け物が後を追ってきた。

とてもじゃないが、車椅子を押しながら逃げれそうもない。



「くそっ!仕方ない…」



俺は車椅子から手を離し、乙佳を背後に待機させるような形で化け物と向き合った。



「お兄ちゃん…!?

何するつもりなの!?」


「このままじゃ、この化け物から逃げきれない…」



俺の中で、何をするか既に決めていた。



「だったら…返り討ちにしてやる!」


「お兄ちゃん、本気なの!?

そ、そんなの無茶だよ!」


「乙佳、俺がこいつの相手をしている間に逃げるんだ。

俺なら、お前が逃げれるぐらいは時間を稼げる」


「そんなの嫌だ!

私、お兄ちゃんと一緒に…」



俺は乙佳の言葉を遮って、自分の思いを告げた。



「本当なら、俺もそうしたい。

だけど、このまま二人で一緒に居ても一緒に殺されるだけだ」


「そんな…」


「乙佳…せめてお前には生きてほしいんだ!

さあ、早く行くんだ!!」



乙佳は涙を堪えていたが、車椅子から立ち上がると、走り出した。



「乙佳…生きていてくれ!」


「…お兄ちゃんもね!」



乙佳が見えなくなるのを見届けると、化け物に向き合った。



「この…化け物め。

こっから先は、絶対遠さないからな!」



俺は近くに落ちていた太い木の棒を拾うと、化け物と睨み合った。


急に、化け物が飛びかかってきた。

俺は、反射的に木の棒で化け物を殴り付けた。


殴られた化け物は、ピクピクと震えながら倒れていた。



「うわっ、危なかった…」



俺は、まだ生きている化け物の止めを刺そうか迷った。

このまま放っておいてはマズイ気がしてならない。



「殺した方がいいよな…?」



俺は、その化け物の頭を思いっ切り踏み付けた。

化け物の周りから、黒い液体が辺りにほとばしった。



「うぇ…あまり気持ちが良いものではないな…」



その時、乙佳の悲鳴が遠くから聞こえた。



「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


「乙佳…!?」



俺は嫌な予感を胸に、悲鳴がする方に走った。







「あ…ああ……」



俺がその時目にしたのは、食い荒らされた乙佳の死体だった。



間違いなく…乙佳だ。


どうも否定しようがない。


でも、認めたくなかった。



俺が…俺が逃げるように言ったからだ…



俺が…おれが…オレガ…オレガ余計ナ事ヲ言ワナケレバ…



…オマエガソンナ事言ワナケレバ、コンナ事ニハナラナカッタンダ!!


俺の中で、もう一人の俺の言葉が響く。



「ああっ、ああああああああああああああっ!!

違う!俺は…俺はただ…!!

…助けたかっただけなんだ!!

こんなつもりはなかった…なかったんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」



その時、さっき倒した化け物が三体出てきた。

化け物の口がそれぞれ赤く染まっている。



「うううううぅぅぅぅぅぅ…殺したのはぁぁ、お前らかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!?」



その後の記憶はない。


どうやって化け物を殺し、どうやって並列世界から戻ってきたのか…まるで記憶がない。



ただ、自分が復讐に狂っいたのと、妹が食い殺されたことは分かる。







「おい、冴祓!

こんな時にボーッとするな!」


「はっ…!!」



俺は昔の乙佳の事で頭が一杯になっていて、すっかり今の状態を忘れていた。


今は、その妹の化け物との戦闘中だ。

化け物は、相変わらず触手で攻撃してくる。


ふと、黒川が言った。



「おい、冴祓!川村!

このままだと、きりがない!

この際、一気に攻めるよ!!」


「攻めるって?

こいつがそんな隙を見せるとは思えないが…」



黒川は触手を弾き返しながら続けた。



「僕が動きを止める。

その隙に攻撃するんだ!」


「俺が乙佳を…」


「そう、君が倒すんだ。

どうせ倒すなら、君がやった方がいいだろ?」


「そうだな…

俺がやるしかないみたいだな」



俺は、改めて刀を構える。

ひたすら攻撃できるタイミングを待った。


そして、しばらく触手を切り付けていると、傷付けられた触手の動きが一瞬遅くなった。



「今だ…!!」



俺は、弾力がある触手を踏んで本体である乙佳を目掛けて飛んだ。

そして、クラゲの笠ような部分に乗っかった。


しかし、後ろから触手が迫って来ていた。



「くそ、早…!!」



しかし、俺の前に黒川が立ちはだかった。


黒川の全身に、触手に付いている刃物が刺さる。



「く…やっぱり痛いな…」


「お前、何やってんだ!?」



血を吐きながら、黒川は俺に向かって叫んだ。



「ここは僕が食い止める!

その隙に冴祓は化け物を倒すんだ!!」


「お前でなんとかできる相手じゃないだろ!?」


「僕は大丈夫だ!

いいから行ってくれ!!」



黒川は、自分に刺さった刃物を無理矢理抜き取ると、触手に猛攻し始めた。



「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」



俺は、黒川に背を向けて走り出した。


おそらく、彼は俺が戻るときには生きてはいないだろう。



「く、黒川…すまない…!!」







そして、俺は乙佳の目の前に来た。

無意識に鞘から刀を抜く。



「乙佳…許してくれ!」



俺は乙佳の心臓目掛けて刀を突き出した。


しかし、乙佳が虚ろな目を見開いた。

俺は驚いて動きを止めた。



「…!!」



なんと、乙佳が口を開いた。

まっすぐに俺を見ている。



「そこにいるのは…お兄ちゃんなの?」


「乙佳…!?」


「やっぱり…お兄ちゃんだ…

声で分かるよ…」



乙佳は、変わり果てた姿にも関わらず笑顔を見せた。



「お兄ちゃんは変わらないね…

でも、イツカはこんな姿になっちゃって…」


「乙佳…どうしてそんな姿になったんだ?」


「化け物に襲われて、目が覚めたら今の姿になってたの…」



乙佳は、悲しそうに言った。



「それからね…イツカの体は勝手に動くようになったの…

自分の目に映った人達は…みんなイツカの触手に絡まれて死んじゃうの…

こんな悪い事すぐにでも止めたかったけど…

イツカの体は言うことを聞かないの…」


「乙佳…」



それの話を聞いた俺は、辛かっただろうなと思った。


乙佳は優しい性格だ。

自分の目の前で人が死んで、それが自分が殺したともなれば、精神的ショックも大きかっただろう。


乙佳は、とうとうこんな事を言い出した。



「だからね、お兄ちゃんが…乙佳を殺して…

乙佳はこれ以上悪い子になりたくないよ…」



俺は、思わず戸惑った。

改めて本人に殺して言われると何か抵抗を感じる。



「お、俺にそんな事…」


「お兄ちゃんお願い…

は、早くしないとまた誰か死んじゃう…

あ、ああああああっ!!」



突然乙佳が悲鳴を上げた。

頭を抱えて震えている。



「嫌だ…嫌だよ…

このままじゃ…またイツカがイツカじゃなくなる…」


「おい、乙佳!?」


「嫌…嫌ぁ…いやあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」



その時、触手が俺の両サイドから覆いかぶさるように襲ってきた。



「くうっ…!!」



咄嗟に避けるたが、肩を刃物が掠る。

掠ったその刃物から濃い血の匂いがした。


それは、黒川を殺したという事を示していた。



「く…やっぱり黒川も!!」



俺は刀で触手を切り付けて対抗する。

触手は相変わらず勢いを弱める事なく襲って来る。


それを防いでいるうちに、俺は暴走して意識が朦朧としている乙佳が、何かを言い続けているのに気付いた。



「お兄…ちゃん……イ…ツカを…殺……して…イツ…カを殺し………て…」



この時の俺はおかしくなりそうだった。

ただ、死ぬ事がが乙佳の俺に対する最後の願いだ。


俺は、無理に決心をつけ、日本刀に力を加えると一気に乙佳に突っ込む。



「乙佳…乙佳あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」



走っている内に、触手が俺の体を切り付けて肩や膝から血がドクドクと流れている。


しかし、その時の俺は何も感じなかった。

俺の心が狂気と絶望を埋め尽くしていたからだ。



「うううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっ…!!」



俺は何とも奇妙な唸り声をあげて、乙佳の心臓目掛けて刀を突き刺した。


乙佳の体がビクンと震える。

刀を刺した傷口から黒い液体が流れ出ている。


俺は自分がしたことが恐ろしくなり、さっさと日本刀を引き抜いた。







俺は妹の乙佳の心臓を突き刺した。


しかし、俺に刺された乙佳は、この死に際のような状態で笑顔を作って言った。



「お兄ちゃん…もう、これでお別れだね…

ずっと一緒に居てくれて、助けてくれてありがとう…」


「く、乙佳ぁっ…!」



俺は、涙目になりながら悲痛の声を上げていた。



「そんなに悲しそうにしないでお兄ちゃん…

せめて、笑顔で送ってよ…」



俺は涙を拭き、無言で頷いて、無理に笑顔を作った。



「お兄ちゃん、最後まで言うこと聞いてくれてありがとう…

イツカは…お兄ちゃんと会えて幸せだったよ…

イツカは…お兄ちゃんが大好きだったよ…

イツカは………」



声が途切れ、乙佳は黒い灰と化した。


俺は何とも言えない気分で、その場に立ち尽くすしかできなかった。



景色がいつものように戻り、遠くに仲間達の声が聞こえる。



俺にとっては、複雑な心境での生還だった。


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