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異世界で見つけた、父になる理由  作者: おこげ


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10/12

仕入れの道

昼前の市場を離れ、ガルドは石畳の通りを歩いていた。

高橋はその少し後ろをついていく。

市場の中心を離れると、町の景色は少しずつ変わっていく。

店が並ぶ通り。

鍛冶屋から聞こえる金属の音。

パン屋から漂う香ばしい匂い。

どこを見ても、この町の生活が動いているのが分かる。

「ガルドさん」

高橋は前を歩く背中に声をかけた。

「仕入れって、市場でやるんじゃないんですか?」

ガルドは振り向かずに答える。

「市場で全部揃うわけじゃない」

そう言って、通りの先を指した。

「農民から直接買うこともある」

高橋は少し驚く。

「直接…ですか」

「ああ」

ガルドは頷く。

「その方が安いこともあるし、質も分かる」

しばらく歩くと、町の門が見えてきた。

高い石の壁。

木でできた大きな門。

門の近くでは、荷車を引いた農民たちが並んでいた。

木箱に詰められた野菜。

袋に入った穀物。

籠いっぱいの果物。

高橋は思わず周りを見渡す。

(ここから町に入ってくるのか…)

市場で売られている品物の多くは、

こうして外から運ばれてきているのだ。

ガルドは一台の荷車の前で止まった。

荷車の横には、日焼けした男が立っている。

「ガルドか」

男が声をかけた。

「今日は早いな」

「野菜が少ないと聞いた」

ガルドは木箱を覗き込む。

「玉ねぎを見せろ」

農民の男は箱の蓋を開けた。

中には丸い玉ねぎがぎっしり入っている。

ガルドは一つ手に取り、重さを確かめた。

皮を少し剥く。

匂いも確認する。

その様子を、高橋はじっと見ていた。

(ちゃんと見てるんだな…)

ただ買うだけではない。

品質も確かめている。

ガルドは男に言う。

「銅貨十五枚」

農民はすぐ首を振る。

「二十だ」

「高い」

「今年は収穫が少ない」

二人の会話は短い。

だが真剣だった。

高橋は黙って聞いている。

会社でも似たような場面はあった。

仕入れ価格の交渉。

取引先との話し合い。

形は違うが、やっていることは似ている。

しばらく沈黙が続いた。

やがてガルドが言う。

「十八」

農民は少し考えた。

そして頷く。

「いいだろう」

交渉はそれで終わった。

ガルドは高橋を見る。

「箱を持て」

「はい」

高橋は木箱を持ち上げる。

思ったより重い。

荷車から屋台用の荷台へ運ぶ。

その作業をしながら、高橋は考えていた。

市場で売られる品物。

農村で作られる作物。

掲示板に書かれる情報。

すべてが繋がっている。

「どうだ」

ガルドが言う。

「何がですか?」

「仕入れだ」

高橋は正直に答えた。

「思っていたより…ちゃんと見て買うんですね」

ガルドは笑った。

「当たり前だ」

そして玉ねぎを指す。

「これが腐っていたらどうなる」

「売れません」

「そうだ」

ガルドは頷く。

「商売は信用だ」

「一度でも悪い品を売れば、客は来なくなる」

高橋は静かにその言葉を聞いた。

それは会社でも同じだった。

信用。

信頼。

リピーター。

どの世界でも、商売の基本は変わらない。

仕入れを終え、二人は町へ戻る。

門をくぐると、また市場のざわめきが聞こえてきた。

高橋は荷台を押しながら思う。

この町には、まだ知らないことがたくさんある。

市場の裏側。

農民の生活。

商人のやり取り。

だが、少しずつ理解できてきている。

ガルドの背中を見ながら、高橋は歩いた。


荷台を押しながら町へ戻ると、昼の市場は朝とは少し雰囲気が違っていた。

朝ほどの混雑はないが、人の流れはまだ続いている。

昼の買い物に来た町の人たちや、旅人の姿もちらほら見える。

高橋は荷台の重さを感じながら歩いていた。

玉ねぎの箱は思った以上に重い。

腕にじわりと力が入る。

「置くなよ」

前を歩くガルドが言う。

「市場までは我慢しろ」

「はい」

高橋は息を整えながら答えた。

市場に戻ると、ガルドの屋台はそのまま残っていた。

朝に並べたリンゴや野菜が、まだ半分ほど残っている。

高橋は荷台から箱を下ろした。

木箱が石畳に触れて、鈍い音がする。

「ふう…」

思わず息が漏れた。

ガルドは箱を開け、玉ねぎを一つ手に取った。

「悪くない」

そう言って頷く。

「これなら今日中に売れる」

高橋はその様子を見ながら聞いた。

「野菜って、毎日仕入れるんですか?」

ガルドは玉ねぎを並べながら答える。

「物による」

「日持ちする物は残す」

「腐る物はすぐ売る」

そして少しだけ声を落とした。

「売れ残れば損だ」

高橋は頷いた。

在庫管理。

言葉は違うが、やっていることはまさにそれだった。

会社でも同じだった。

仕入れすぎれば在庫になる。

少なければ機会損失になる。

バランスが大事だ。

ガルドは屋台に玉ねぎを並べ終えると、高橋を見る。

「値札を書け」

「え?」

「玉ねぎだ」

高橋は一瞬戸惑う。

「書いていいんですか?」

「練習だ」

ガルドは簡単に言った。

高橋は紙と炭を受け取る。

少し考えてから、ゆっくりと文字を書く。

玉ねぎ

銅貨三枚

書き終えてから、少し不安になった。

「これで合ってますか?」

ガルドは紙を見た。

「字はまだ下手だな」

「すみません」

「だが読める」

それだけ言うと、値札を屋台に置いた。

高橋は少しだけ胸をなで下ろす。

(ちゃんと通じるんだな)

その時、隣の屋台の商人が声をかけてきた。

「おいガルド」

中年の男だった。

魚を売っている屋台だ。

「新人か?」

ガルドは短く答える。

「ああ」

男は高橋を見る。

「どこから来たんだ?」

高橋は少し言葉を選ぶ。

この質問にはまだ慣れていない。

「遠くからです」

男は少し笑った。

「まあいい」

そして魚を指す。

「そのうち魚も売ってみろ」

「売れるぞ」

ガルドは鼻で笑う。

「臭いが屋台につく」

「それがいいんだよ」

男は笑って、自分の屋台に戻った。

高橋はその様子を見ながら思う。

市場には、いろんな商人がいる。

野菜。

果物。

魚。

肉。

それぞれが違う物を売り、同じ場所で商売をしている。

「高橋」

ガルドが呼ぶ。

「はい」

「昼飯にする」

そう言って、小さな袋を投げた。

中にはパンが二つ入っていた。

高橋はそれを受け取る。

「ありがとうございます」

屋台の裏に腰を下ろす。

パンは少し硬いが、噛むと小麦の味が広がる。

市場のざわめきを聞きながら食べる昼飯。

ふと、高橋は空を見上げた。

青い空だった。

(日本とは違う空だな…)

元の世界。

会社。

日常。

思い出すことはある。

だが――

今はこの町にいる。

ガルドの屋台で働き、

市場で物を売り、

文字を覚え、

町の仕組みを学んでいる。

パンを食べ終えると、ガルドが言った。

「午後は忙しくなる」

「そうなんですか?」

「夕方前に客が増える」

仕事はまだ続くらしい。

高橋は立ち上がり、屋台を見渡した。

並んだリンゴ。

玉ねぎ。

野菜。

この小さな屋台が、今の自分の仕事場だ。

まだ慣れないことばかりだが――

それでも高橋は思った。

この町での生活は、少しずつ形になってきている。

そして市場のざわめきの中で、

新しい一日が静かに進んでいくのだった

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