第4話 無能力者でもできること
それは、小さな変化から始まった。
集会所で帳簿を整理していると、
一人の村人が、遠慮がちに声をかけてきた。
「これ、見てもらえるか?」
差し出されたのは、
数字がいくつか書かれた紙だった。
畑の収穫量と、物の受け渡し。
少しだけ、数が合っていない。
「たぶん、書き写すときにずれたんだと思います」
そう伝えると、
相手は安心したように息を吐いた。
「そうか、助かった」
それだけのことだった。
でも、その日を境に、
似たような声かけが、少しずつ増えた。
「これで合ってるか?」
「前の分、確認してほしい」
どれも急ぎじゃない。
どれも、大きな問題じゃない。
私は、無理のない範囲で、
一つずつ目を通した。
焦らない。
抱え込まない。
前の世界で学んだ、
「潰れないためのやり方」を、ここでは守れる。
夕方、村長が声をかけてきた。
「最近、頼まれているな」
責める調子ではなかった。
「無理はするな」
「できる分でいい」
私は、うなずいた。
「はい。できるところまでにします」
それでいい、と言われた気がした。
数日後、
若い男が集会所を訪ねてきた。
少し緊張した顔で、
手に紙を握りしめている。
「その……帳簿のことで」
話を聞くと、
家同士の物のやり取りが、
うまく噛み合っていないらしい。
私は、二人分の記録を並べた。
数字は、ほとんど同じ。
ただ、書き方が違うだけだった。
「ここですね」
そう指さすと、
男は目を丸くした。
「そんなことで、揉めてたのか……」
帰り際、
彼は深く頭を下げた。
「ありがとう」
その言葉は、
前よりも、少しだけ重かった。
夜、部屋に戻る。
ノートを開き、
今日のことを書く。
――相談が、少し増えた。
――でも、無理はしていない。
一行、間を空けて、
こう書き足す。
――頼られるのは、怖くない。
書き終えて、ペンを置く。
私は、勇者じゃない。
問題を一瞬で解決する力もない。
それでも。
静かに話を聞いて、
ゆっくり整えることはできる。
それで、この村が少し楽になるなら。
それは、
私にできる、ちゃんとした仕事だ。
灯りを消すと、
外は静かだった。
私は、安心したまま、
眠りについた。




