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第3話 何もない1日

その日は、何も起きなかった。

朝、目が覚めて、身支度をする。

外に出ると、畑ではもう作業が始まっていたけれど、

私に声をかけてくる人はいない。

集会所に顔を出しても、

村長は首を横に振った。

「今日は急ぎはない」

「休んでいていい」

それだけだった。

少し、戸惑う。

前の世界では、

何もすることがない時間は、不安の塊だった。

役に立っていない。

ここにいる意味がない。

そんな考えが、自然と頭に浮かぶ。

でも、この村は静かだった。

誰も私を急かさない。

責める人もいない。

私は、集会所の隅で帳簿を開いた。

昨日まとめた数字を、もう一度だけ確認する。

間違いはない。

直すところもない。

それ以上、やることはなかった。

昼、外から子どもたちの笑い声が聞こえる。

風が通り抜け、紙が少しだけ揺れた。

今日は、問題がない日だ。

それは、

誰かが困っていないということ。

村が、ちゃんと回っているということ。

そう思うと、

胸の奥のざわつきが、少しだけ静まった。

夕方、集会所を出ようとすると、

年配の女性が声をかけてきた。

「ちょっと、いいかい」

手に持っていたのは、小さな袋だった。

「この前、帳簿を整えてくれただろう」

「あれのおかげで、物の行き違いがなくなった」

中には、焼いたパンが入っていた。

「大したことはしていません」

そう言うと、

女性は少しだけ困ったように笑った。

「それでも、助かったんだよ」

それだけだった。

胸の奥が、じんわりと温かくなる。

前の世界では、

結果を出さなければ、

感謝されることはなかった。

でも、ここでは違う。

大きなことじゃなくていい。

目立たなくてもいい。

できることを、できる分だけ。

夜、部屋に戻り、

机の上にノートを開く。

――今日は、何も起きなかった。

――でも、ありがとうと言われた。

その下に、もう一行書き足す。

――それで、十分だ。

灯りを消すと、

外から虫の声が聞こえた。

私は、静かな闇の中で、

ゆっくりと目を閉じた。

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